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「……順手に持ったナイフは、持ち手の肘より下は斬ることが出来ません。刃物が振り上げられたなら、肘だけ見ておけばいいですよ。その下は絶対に安全ですから」
「あ……はい……」
私は呆然と立ち尽くし、気の抜けた返事をした。
一瞬だった。
刃物を持つだけで震えていた、怯えた不審者。一方、普段から警棒を持ち、暴力に抵抗のない教師。
初めから相手になるはずがなかったんだ。
「お見事です」
「さすがです、教頭」
教員たちが賛辞を贈る。その口元は歪んでいるものの、目は笑っていなかった。
(!? ……!?)
口々に彼女を褒め称える彼らに、私はむしろ怯えた目を向けた。
今、何が起こったのか見ていなかったのか?
学校に、不審者が現れて、全員殺されそうになって、正当防衛とはいえ、人の骨を叩き折ったんだぞ……? それを、「お見事」で済ませていいのか? 「さすがです」と言っていいのか……?
こんな異常を……。
あ、そうか。
異常じゃ、ないんだ。
ここではこれが普通なんだ。
「ありがとうございます」
彼女はほんの少しはにかんで、答えた。
「それでは、この不審者が一人で来たのか、他にも共犯がいるのか、調べなければなりませんね?」
「え、ええ……」
互いに顔を見合わせた教員たちの頬が引きつった。
彼女はゆっくりと不審者に近づき、廊下に転がった包丁を踏みつけ、シャララと蹴り滑らせて手の届かないところにやった。
彼女が『打人鞭』を振り上げる。
私はギュッと目を瞑り、目の前の暴力から目を逸らした。
「うぐぅううう!!!」
ドスッ、という嫌な音と、くぐもった男の悲鳴。
恐る恐る、薄く目を開けてみるとうつ伏せにノビた不審者が肩を抑え、痛みに悶えていた。
「あなたは一人ですか? それとも、他に共犯者がいますか?」
落ち着いた声で尋ねながら、彼女は男の右足の膝のあたりに思い切り『打人鞭』を振り下ろした。
「あああああ!!」
男の悲鳴。私は震える手で耳を塞いだ。
それでもなぜか、血飛沫を浴びる彼女から目を背けることはできなかった。
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