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「それでね、みお、ぼくは……」
続けようとしたのは名前だったか、状況だったか、ふと、ぼくは口を止めた。
違う。何も言えなかったんだ。
「……………?」
みおが不思議そうにぼくの顔を覗き込んだ。
そりゃそうだよね、急に止まったら、困るよね。
でも、何も言えない。
だって
「ぼくは……誰?」
ぼくは、何一つ覚えてなかったんだから。
「………………。」
みおは怪訝そうにぼくを見ている。
声は聞こえずとも、「はぁ?」と聞こえそうだ。
冷や汗が頬をつたうのが分かった。
「ぼ、ぼくは…えっと…」
名前、分からない
年齢、分からない
何をしていた、分からない
どこから来た、分からない
分からない、分からない、分からない。
何一つ、思い出せない。
「え、えっと、ええと…」
思い出そうとすればする程、焦りが込み上がってくる。
頭の中は真っ白なのに、どうにもゴチャゴチャした感情が溢れてしまう。
困惑のあまり、みおに視線を向けると、彼女も同じように困った顔をしていた。
その顔に、焦りが更に募る。…ううん、焦りじゃない。
これは、多分、
不安
「み、みお、違うんだ!ぼくは、ううん、おれは?わたしは…?」
ああ、困った、零れてしまう。
コレだけしか無いのに、零れてしまう。
見捨てられてしまう
――見捨てないで!
置いていかれてしまう
――置いていかないで!!
1人は嫌だ
――ひとりにしないで!!!
「みおぁっ!?」
顔を上げた瞬間、ぼくはみおから強烈な平手打ちを頂いた。
「……みお…?」
頬を抑え、その場に座り込みながら澪に目線を向けると、
「………ごめん。」
あまりにも、冷た過ぎる目で見下ろしていた。
その目線にゴチャゴチャした思考は静かに身を潜めた。
ふぅ、と息をつくと、みおはゆっくり手を差し伸べた。起こしてくれる様だ。
「…みお、取り乱してごめんなさい。ぼく、何も覚えてないみたいで…、記憶喪失ってやつなのかなぁ?」
「………。」
「ん?」
みおは、ぼくを引き起こして、そのまま、ぼくの手に文字を書いた。
「…しろ?」
こくん、と頷き、みおは僕を指さし、音の出ない口を
「し」
「ろ」
と動かした。
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