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帳と岡嶋が働くネットカフェには、今朝から決して多いとは言えないが客がちらほらと来ていた。
平日の午前中からネットカフェに来るのは、いったい何をしてる人達なのだろうかと思うが、まあおそらく自分たちと大して変わらないのだろう。
特に目標もなくフリーターを続けている自分は、他人のあれこれを偉そうに詮索する資格もない。そもそもそんなものに資格などないのだろうが。
何にせよ、はっきりしていることがあった。今ここにいる誰もが、今日という日を楽しんではいないということだ。
バイトを終え、夕暮の中、毎日と変わらぬ帰路に着く。
帳はいつも通り、スーパーに寄って一人分の食材を手に我が家に帰ろうと考えていた。見慣れた道が、心なしか今日はいつにも増して寂しく見えた。
「あの」
不意に声をかけられ振り返ると、そこには見知らぬ女性が立っていた。
歳は自分と同じくらいの20代後半か。長い黒髪と眼鏡が真面目そうな印象を与える。
念の為周りを見渡してみたが、どうやら他には誰もいないようで、やはり声をかけられたのは自分だということを確認する。
「ええと、なんでしょうか?」
女性と話すことは仕事以外ほとんどないので、若干緊張してしまう。
「突然すみません。あの、これ・・・」
そう言って女性が取り出したのは、掌サイズの小さな箱だった。
「受け取ってもらえませんか・・・?」
「え?」
まさか。これは。
「お願いします」
深々と頭を下げる女性。
これは、アレですよね?などとは聞けるはずもなく、帳は思わぬ現状にあたふたした。なるべく表に出さぬように。
自分に?うそ!何かの間違いじゃなくて?でもこんな一生懸命にお願いされて、受け取らないのも悪いよな。いや、でも知らない人だよ?いやいや、待て。なんとなく見た事がないでもない。もしかしたら、ネットカフェに客として来てて自分のことを見ていたのかもしれない。人の好みは千差万別。一万人に一人くらいは俺のことがタイプという人もいるのかもしれない!なんかもう、そもそもそんなことどうでもいいほどに嬉しい!というわけで!
「ありがとうございます!」
帳は仕事中でもなかなか出ない程の心からのお礼を言うと、女性の手から箱を受け取った。
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