夏の祭り

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 次の日曜日。  ホルマリンの固定はまだ済まないだろうから、 一人で野外観察をすることにした。  古い靴に、ジーンズと、薄手のトレーナー。  スマートフォンに入っている地図アプリ。  これとデジカメが相棒だ。  生物を撮影したら、その日時と場所をアプリ上にポイントしておく。  このデータの集大成としてロードマップができる。  空は高く、緑は青々。  自転車をこぐペダルも心なしか軽く。  「生物のお宅にお邪魔させていただくように。」  環境を不必要に壊さないよう、生物に痛みや恐怖を与えないよう。  これが、この部で教えられている観測の基本精神。  そして、ロードマップは、環境を三つのエリアに大分して描かれている。  一つは、雑木林エリア。  半自然、半人工の森林で、雑多な木々が生え、最も多くの生物が観測できる。  次に、草原エリア。  生態系構造は比較的単純で、文字通り木はほとんどなく、主に草のみからなる地帯。  秋にはススキが見頃になる。  最後。今から向かおうとしている、湿地エリア。  貯水池と水田の周りにある。  底の浅い沼地で、水陸両用の生態が観測できる。  ここ松街の市街から少し離れれば、この三つとも存在している。  そしてこの土地に暮らす人々は、古くからこれらを産業に利用してきた。  遠目に小高く見える山中の雑木林からは、薪や、堆肥を作るための落ち葉などをとり、草原からは、屋根を葺くためのカヤや、家畜の餌をとる。  そして水田を何代にもわたって営んでいたが、江戸時代、都から陸奥(むつ)に下る街道が引かれ、宿場町としても栄えた。  今は片側二車線の車道となっているその中川道の、自転車を押して登った歩道橋の上。  私たちのライフラインを賄う様々な量販店や飲食店、そして昔ながらの店に混じってその名残のようなものも見える。
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