夏の祭り

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 「今日はバレエ、『春の祭典』を観ます。」  担当の中年の女性の 先生は言った。  授業は、みんなでできるものはリコーダーとピアニカくらいしかない合奏に、合唱、そしてたまにあるクラシック鑑賞。   日本人にはあまり馴染みのない音楽というのが先生の考えたコンセプトらしく、今回はロシアの作曲家ストラヴィンスキーが作曲して1913年にフランスで初演されたこのバレエ音楽のビデオ。  始まる。ファゴットの重厚な音が流れ、ニジンスキーと言うひとが振り付けを担当したらしいバレエ。  それは、なんだかよくわからないものだった。  古代スラブ人の民族衣装をまとったダンサー達が踊りだす。  春のロンド。大地への接吻。  なんとも形容しがたいその世界に、居眠りを始める者もいたが、何人かは見入っていた。  生贄の儀式。  たぶん私たちと同年代を想定しているような村の娘たちが集まり、話になって踊る。  その中から、生贄の乙女が一人選ばれる。  詳しくはないが、これはたぶん当時の形式の中では異端だったのだろう音楽の奏鳴とともに、生贄の乙女は躍り狂う。  そして力尽き果て倒れたところでバレエは終わった。  こういう命をかけた祭りというものは今でもあるようだが、それをどこかでやらないと人間は気が済まないのだろうか。  先生の解説では、このバレエは、初演の時に観客が賛美派と否定派に分かれてその場で取っ組み合いになったらしい。  ただ私は、これは昇華される一つの生命として人間を描いたのなら、一つの表現と思った。  しかし、私の思いは昇華どころか、そろそろホルマリンに固着されつつあるだろうあの魚みたいに押しとどめられたままだ。  教室に戻る時、男友達と話している聖くんの輪に、なんとか入りたいと思うが、なかなかできず結局次の授業となる。
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