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「ラン科の植物の英名Orchid の語源って、ギリシャ語で睾丸って意味らしいわ。球根の形がそれに似てるからよ。
この花粉って、プラスチック状の塊になることもあるそうよ。」
ジョークのつもりが、怒らせてしまった。
季節は梅雨。
この雨で、ツリフネソウが吹き飛んでしまっていないか心配だ。
日曜日。
美しい雲の浮かぶ気持ちのいい空の下、長靴に履き替えて例の装備で行ってみる。
昨日までの雨が洗った大気は、やはり清々しく、歩道橋から見える例の建物も、まるで本物の荘厳な宮殿のように思える。
湿地エリアに着くと、大丈夫だ。
草の多くは風雨に薙がれていたが、目当ての草はちゃんと蕾を膨らませている。
その薄い紫の下に垂れ下がった雫を見て一安心し、写真に収めて帰ろうとすると。
倒れた草の陰で何かが動いた。
それは草むらから駈け出すと、田中の畦道に立った。
白い毛並みにしなやかな四肢。揺れる尾。
犬、じゃない。
あれは、狐だ。
こんなところにもいたのか。
私と目が合う。
そこに、何かひとの思考の枠さえ超えた意思の伝達のような何かを一瞬感じ、そしてそれは走り去っていった。
カメラを構えることも忘れ、私はただその感慨の中に身を任せ立ちすくんでいた。
その蒸し暑い帰り道、その謎の感覚は冷めやらぬままだった。
そして浮かれるように、街を彷徨っていた。
自転車を引きずりながらどこをどう歩いたのか、私は駅前の大きなショッピングモールの中の画材店にいた。
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