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むしろ食物連鎖の高位に位置した特性ゆえに環境の変化に対応しきれずに滅んだ生き物の方が多いくらいだ。
こうした知識が、社会のほとんどに浸透していないと思う。
だからそうした齟齬が生んだ歪みを、厭うことは同年代の御多分に洩れず私も多い。
しかし。もしこの映画のように、神だか、人知をはるかに超えた知的生命体だかが私たちを見たら、人間の本能に則って行われる生活様式も産業活動も、あるいは芸術や科学でさえも、生命の一種が行う習性として『科学的』に記述されたり分類されたりするんだろうか。
例えば、私が聖くんともっと話したいと思ってることも。
そんなことを思った。
次の時間は日本史。
入ってきた担当の小林武史先生は、背は私よりも低いくらいの小柄なひとだが、その体躯にもどこか威厳をかんじさせる風格があり、実際このひとはちょっとした剣道家でもあるらしい。
剣道部の顧問もやっており、聞けば六段の腕前だそうだ。
「さて諸君。先週から江戸時代中期の文化について勉強してきたが、江戸時代といえば武士の時代というイメージが強いだろう。
しかしだ。歴史というものを客観的に捉えるなら、そのイメージにはだいぶ後世になって脚色されたものが混じっていることは知っておかなければなるまい。」
先生は話し続けた。
「例えば、武士道精神とは、戦国時代の動乱の中で形作られたと諸君は思うかもしれないが、その時代には、例えば裏切りや駆け引き、二君に使えるといったことは平然と行われていた。
武士とはかくあるべきといった意識が生まれたのは、江戸時代の平和な世になって人心にある程度余裕が生まれてからのことだ。
その江戸時代にあっても、例えば切腹は名誉ある死に方とされ、十三歳で元服を迎えた武士はまずこの作法を習ったが、これもやはり建前上のことで、全ての武士が切腹を命じられればなんのためらいもなしに潔く腹を切れたわけではなかったようだ。
実際には、小刀の代わりに扇が置かれ、これに手をかければ後ろの介錯人が首を刎ねるという『扇腹』という方法で代替することがほとんどだったらしい。」
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