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「いや、そういうんじゃないんだが。」
聖くんは、窓の外を見やり、ため息をつくと言った。
「俺の町の、竹市高校、あるだろ。」
「ええ。」
そこは、とりあえず高卒資格が取れればいいと思う生徒がいくような学校だったが。
「そこの女生徒が、援交を繰り返したあげくにとうとうそれが売春になってな。
孕ませちまってうちの診療所に来た。」
「そ、そう。」
「診察室で泣き喚きながら母親と言い争う声が家にまで聞こえてきたよ。
結局、産婦人科のある病院に紹介して堕ろすことになった。学校もやめることになるだろうな。」
「そんなことがあったの・・・」
保険や倫理の教育が行きとどかないところはこの街の中にもある。
とても祭りのことなど言い出せる雰囲気ではなくなってしまった。
本来この世に生まれ落ちてくるはずだったその命は、浮世の経済と、一時の欲求に翻弄された挙句にその胎内で屠られるのだ。
人間社会における生命の扱いは、その人間に対してすら悲痛で残酷なことが多すぎる。
だから私は、生き物自体はもちろん好きだが、ペットショップなど見るのも嫌なのだ。
その残酷さから目を背けるための綺麗なケージ。まるでセロファンやパラフィンで包んだような。
そんなことを考えているうちに、結局祭りのことを話せないまま一学期は終わってしまった。
だが、夏休み中も部活動はある。
透明骨格標本。
これもまた生命からグロテスクな本質を抜いて見せたものなのかもしれないが、ともあれ硬骨染色に入る。
アリザリンレッド染色液を氷酢酸とグリセリンで溶く。
ディスカスを入れ、染まるのを待つ。
十分な時間をおくと、魚は、その体を構成していた硬骨と軟骨が、蠱惑的な紺と緋に染まる。
私たちの汗の結晶。このディスカスの命の証し。
「やったわね。」
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