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夏の祭典
祭りの日。
結局、女友達数人と約束していくことになった。
弟も友人を連れて出て行った。何かあったら私の携帯に連絡しろと言ってある。
みんなそれぞれ自分の浴衣を着ており、私もあの浴衣に着替える。
民俗学のことばでは、『ハレ』というらしい、非日常の演出が中川道を包む。
電気は落とされ、協賛店の名が書かれた提灯が灯り。
賑わう露店。
お面屋。一枚200円。
みんなで買ってつけようということになり、あの湿地で見たような、白の狐、赤の眉のあるものがあったので、私はそれにした。
ここでの遊びに心が騒ぐは、子供のころからあまり変わりない。
ヨーヨー釣り。射的。金魚すくい。型抜き。
しかし、ふとあるものが目に止まってしまった。
浴衣を着て歩く聖くん。隣には、見世子。
「・・・・・・・」
「どうしたの、椿。」
「ううん。・・・・・なんでもない。」
神輿の声。
褌に法被の男衆。
その上。
何か白い光が乗っていた。
何だろう。
目を凝らして見ると、それは次第に形をなしてくる。
ああ、わかった。
あれは、あの狐だ。
それは私を見ると、何か笑ったような感じを放ち、そして、消えた。
「どしたの、椿。」
「ううん。何でもない。」
祭りも終わって蝉の声。
蒸し暑さと、入道雲。
一階の仏壇と神棚のある和室で、お父さんがお盆参りの支度をしている。
近所の寺には、我が家の墓。
壇を整え、備えの米と線香を用意するのを手伝った。
祖父は私が生まれて間もなく亡くなってしまったが、私が物心ついてからその鬼籍に入ったひとは、祖母。
私が六歳の時、優しかった祖母が家で脳梗塞を起こして倒れ、往診の医師と家族に看取られた。
冷たくなった手。呼気をなくした躰。
ぬくもりのある鼓動を失った、抜け殻のような何かと思った。
その時不思議と感慨はなく、ただ、生命は、温かみの無いものを遺して去るのだと、それだけを思った。
「さあ、おじいちゃんとおばあちゃんが待ってる。」
『椎名家』と書かれた提灯。
昔は私が持っていたが、今は弟がそうしている。
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