夏の祭り

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 一限目。国語。古文。 「―――さて、引き続き万葉集について勉強しよう。  この中に、『賀陸奥国出金詔書歌(みちのくのくににくがねをいだすしょうしょをほぐうた)』というものがある。  これは奈良時代、疫病の流行などによって藤原氏ら有力な豪族が力を失い、国は乱れ人心は頽廃したときのこと。  事態を憂いた時の聖武天皇は、仏に救いを求めた。  このあたりのことは歴史の小林先生から習ったか。  そして、天皇は東大寺に大仏を建立された。  これが有名な奈良の大仏だな。  そのようなおり、陸奥国、今でいう東北地方で、金が発見された。  これで大仏の装飾ができると喜んだ天皇は、改めて側近の一人であった大伴家持(おおとものやかもち)らにさらなる忠誠を求める詔を出された。  次に述べるのは、家持がこれに応えて読んだ長歌の一節だ。」  海ゆかば 水漬(みづ)(かばね)  山ゆかば 草生(くさむ)す屍  大君(おおきみ)の 辺にこそ死なめ  かへりみはせじ 「『海で水につけられた屍となろうとも、山で草の蒸した屍となろうとも、私の魂は常に天皇のそばにある。何も省みることはない』これが大意だ。  この歌は太平洋戦争の折に軍歌として用いられ、作曲家 信時潔(のぶとききよし)によって荘厳な旋律がつけられた。そして多くの若者がこの歌とともに戦場に送られ、そして散っていった。  この学校は戦前からあると聞いているが、当時はここでもそうした教育が行われていたのだろう。 ―――だが、時代が変われば教育の精神の表層などたやすく変わる。  その中でも安易に変わったりはしないものを、私は一教師として模索しておるよ。」
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