典子

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 店のマスターがメニューを持って来た。七十歳くらいだろうか、いぶし銀という雰囲気の格好良いマスターだ。僕は窓際の彼女が気になってメニューなんてどうでも良かったが、とりあえずアメリカンコーヒーを一杯頼んだ。  さて男なら皆同じ思いをしたことがあるだろう。そう僕は彼女に話しかけようかどうか迷っていた。まぁだいたいこういう時は話しかけずに終わって、後から後悔して何度も同じ店に来て、二度と会えないというのがよくあるパターンだ。  昔の人はこんな時に「柳の下にいつも泥鰌はいない」なんて言ったものだろう。いやちょっと意味が違うか。  そしてこの僕も、ご多分に漏れず声をかけず仕舞いで帰って来た。こんな時はいつも帰ってきてから 「ああ、あの時声をかけていれば、今頃二人で楽しくお話しているかもしれないし、もしかしたら偶然恋人が居なくていい感じになれたかもしれないのに」  とかそんなことばかり考える。さっきフラれた彼女とうまくいったのは、偶然というかタイミングが良かったというか、前の彼氏と喧嘩別れをして直ぐに僕と会って、お互いに映画が好きで話が合ったりなんかして、とんとん拍子にことが運んだのだ。  あの時は「これは運命だ」なんて思ったが、まぁあっさりとフラれた訳だ。     
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