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「いくら、知沙さんの方が大哉との付き合いが長いと言っても、お二人の間には子供がいないわけでしょう?私はできちゃったんだから、産んで育てないといけないわ。自分達で作ったのに、中絶なんて、せっかくお腹に宿ってくれた命に対して、あまりに無責任だもの。だから知沙さんには、大哉と別れて欲しいの」
その旨を伝えるべく、杏菜は大哉の飲み仲間から、こっそり知沙についての情報を聞き出し、住所を突き止め、押しかけてきたという事だった。
常日頃から、教師として教育現場に勤める知沙には、子供や命の大切さについての杏菜の言い分も、十分に理解できた。
しかし子供ができたという、肝心なその証拠もないのに、いきなり別れて欲しいと言うのには、どうも納得がいかない。
杏菜の話を聞いて、そのように思っていた知沙。
すると、そんな知沙の心中を察したらしい杏菜は更に、知沙の前に、使用済みの妊娠検査薬を提示してきた。
それは確かに、陽性の反応を示している。
「これでも、信じてくれないかしら?」
迫真の表情で、知沙を見つめる杏菜。
それを見て、この話の信憑性の高さを確信した知沙は、杏菜の目を見つめて、ゆっくりと告げた。
「三日間だけ、時間が欲しい」
あれから三日目の、今日―。
「あと、十分くらいか」
携帯電話で時間を確認した知沙は、反射的に、そう小さく呟く。
あと十分程で、大哉が知沙の部屋に来る事になっている。
大哉には、杏菜が知沙の元に来たという事は伝えていない。
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