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「相手のことは考えなくていいよ。麦さんは自分のことだけ考えればいい。『元夫も傷ついた』という考えだって、麦さんの頭のなかだけのことかもしれないよ」
「私だけがそう思っているってこと? 」
「言ってみればそう。人が何を考えているかなんて、絶対にわかりっこないんだよ。その人のことは、その人にしかわからない。同じ出来事でも、人がいるだけ解釈の仕方がある。『フツーはこう思う』とか言うけど、『フツー』って何だろうね。その人の『フツー』はその人だけの『フツー』ってこともあるよ」
「そんなこと言ったら、世界はめちゃくちゃになっちゃう。常識そのものがなくなっちゃうじゃない」
「確かに社会に必要な一般常識っていうものはあるよね。でも今現在、世界がめちゃくちゃじゃない、と言い切れるかな。常識っていうより、考えや感じ方って言ったほうがいいな。考えや感じ方は人それぞれだと思うんだけど」
「それならわかる。元夫はその違いが理解できなかった。『私はこう思う、こう感じる』って話しても『そんなはずはない、それは間違ってる』って言うから、私はもう話すこと自体をやめてしまった」
いっつーは、子どもにするように私の頭をやさしくポンポンした。
「違いを認められないなら『私』も『あなた』も存在しないじゃない? あの人は、すべてのことに『自分』を求めていたから、私はもう一緒にはいられなかった」
「うん。麦さんは、いつでも、ずっと、頑張ってたんだよね」
「そうよー。頑張ってきたわよー」
「いっぱい頑張ってきたし、いっぱい傷ついた。だからもう、力抜いていい。これ以上傷つかなくていいよ」
「…やめてよ。泣けてくる」
「泣いていいんだよ。それが今の自分を認めること。泣くほど頑張ってきた自分、泣くほど傷ついた自分、それが今の麦さんだろ」
「……」
「泣くほど頑張ってきたし、泣くほど傷ついた、だからこそ、もう頑張りつづけなくていい、もう傷つかなくていいんだよ」
私は両手で顔を覆った。
「見ないでよ…私の泣き顔、きったないから…」
「きったなくていいよ。きったない顔の麦さん、見たい」
「…やだ。…絶対、見せない」
「なら、隠してやるからさ」
いっつーが近づいてきて両腕で私を包みこんだ。私はいっつーの腕のなかで、いっつーの胸で泣いた。
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