答えを求めて

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  その日の教室はみんな浮き足立っていた。若い男の人が講師ともなれば、多少、年を多く経ようともかつての乙女たちの心をくすぐらないわけにはいかない。しかもこの若先生、背格好がすらりとしているうえに、なかなかの器量好しときている。小栗さんはこまごまと世話をやき、教室一おしゃべりの大葉さんはいつにもまして声が高い。  キッチンに食欲をくすぐる匂いが満ちてくると試食の準備。毎回みんなでお茶を飲みながら作った料理を試食する。生徒は十数人ほどなので新しく入った人がいるときは、いつもこのときに自己紹介をしあう。 「今日は若先生、初めてですからみんなで自己紹介しましょうね。ではまず、私から」  小栗さんがうきうきと提案すると全員が大賛成。つぎつぎ自己紹介が進んでいく。 「次、佐代さんよ」  呼ばれた私はごくんと口の中のものを流しこみながらゆっくり立ち上がった。 「…佐代です。市内から通っています。この教室に来て5年ほどになります」 「さよ、さん? って名字? 名前じゃなくて? 」  若先生がたずねた。 「はい。名字です。よく間違われます」 「お名前は麦穂さんっていうのよね」  小栗さんがすかさず補足した。 「よろしくお願いします」  試食がおわりあと片づけがすむと、生徒さんはぼちぼち帰っていくのだが、今日は皆さんキレが悪い。私は保育園に子どもを迎えにいくのでもう行かなくてはならない。 「小栗さん。お先に失礼します」 「佐代さんありがとう。おつかれさま」  若先生もこちらに顔を向けて言った。 「おつかれさまでした」  私は軽く会釈すると急いでキッチンを出た。保育園で星也が待ってる。 「お母さん! 遅いよ! 」  保育園に着くと星也が飛びついてきた。保育延長の子は星也をいれて3人だけになっていた。 「ごめんね。今日は初めての先生だったから…」 「お腹すいたー。なんかいい匂いがする。今日は何作ったの? 」 「今日は炊き込みごはんだよ。帰ったら宙と一緒に食べようね」  小学生の宙には家の鍵を持たせてあるから、料理教室がある日は学校から帰ってきてひとりで家で待っているはず。  自転車の荷台に取りつけられた子供用キャリアに星也を持ちあげて乗せる。 「よいしょ。重くなったなあ」  走り出した自転車がきる風は昼間とは違い少し肌寒い。 「帰ってみんなでご飯食べようね」
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