答えを求めて

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答えを求めて

 料理教室の2日前、先生の助手をしている小栗さんから電話があった。 「えっ、先生が事故に? 」 「そうなのよ。歩いていてバイクと接触したんですって。命に別状はないけれど足を痛めてね、とりあえずしばらく入院だそうよ」 「じゃあ今度の教室はお休みですか? 」 「もう材料を頼んであるから休めないのよ。代わりに先生のお孫さんが来てくださるんですって」  雨宮先生のお孫さん…。前に先生から聞いたことがある。料理家を目指して専門学校へ通い、卒業後は高名な料理家に師事していたとか。 「お孫さんも初めてで勝手がわからないでしょうから、佐代さん、早めに行って用意をお願いできる? 教室の鍵は佐代さんも持ってるわよね」  私は正式な助手ではないが生徒歴が一番長いので、教室では助手の小栗さんの手伝いをしている。生徒さんたちも、先生と小栗さんが忙しい時は私にあれこれ聞いてくる。今のような状況では私がするべきことなのだろう。  当日、私はいつもより早目に教室へ行った。雨宮先生のご自宅の隣に、教室専用の建物がある。  教室の出入口の鍵をあけて中にはいると、ステンレス製のキッチンシンクが、使われたあときれいに磨かれたそのままに、輝きながら私を待っていた。シンクは先生用のものがひとつと、生徒さん用のものがふたつある。  教室の南側は先生のお宅の庭に面していて、カフェ風の折れ扉で全開放できるようになっている。扉の向こうは落ちついた茶色の木のデッキが、ゆったり広々と設えてある。デッキは木の枠組みで囲ってあり、庭の木々の緑や蔦性の植物がからまり真夏でも涼を誘う。耐候性のオーニングも備えつけてあるので、料理教室で作った料理をみんなでそこで食べることもある。  私はエプロンと、頭にバンダナをつけて身支度を整え、教室の支度を始めた。生徒さん用の椅子を並べ、食材が届いたらすぐ仕分けができるように計量カップやはかりも揃えた。 「小栗さんも食材も来ないなあ」    手持ち無沙汰のまま椅子のひとつに腰かけ、ステンレス製のキッチンのワークトップを指先でそっとなでていた。ひんやり冷たく、つるつるした感触が心地よい。  教室の出入口の横にはもうひとつドアがある。生徒さん用の洗面所とトイレ、そして渡り廊下へと通じるドアである。渡り廊下の奥は、扉をひとつ挟んで、先生のご自宅へとつながっている。  そのドアが開いていて、男の人がひとり立っていた。    誰もいないと思っていた私は一瞬、全身が総毛だちこわばった。それに料理教室はいつも女性ばかりなので、このキッチンに男の人がいること自体、違和感があった。  その男の人はずいぶん背が高く、ドア枠に頭がぶつかりそうなくらいだ。額に少しくせのある茶色がかった髪がわずかにかかり、こちらを見つめつづけている。その視線が、私の驚きを緊張に変える。 「ど、どちら様ですか? 」  思わずひっくり返ってしまった声で尋ねると、男の人は低い声でゆっくりと答えた。 「あ、雨宮です。今日からここの料理教室の講師を…」 「雨宮? じゃあ先生のお孫さん? 」  男の人だったの!
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