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伊集は、C部落に最も近い駅で降り、そこからは折り畳み自転車で向かった。
基本的には、公共機関はなるべく利用してはならない。人目に記憶されないように、機関から備品として支給されている、一般的な中古の軽自動車での移動が理想ではある。
午後9時すぎ、C村に到着した伊集は、そのまま村をひとまわりし、万が一にも、家明かりが点いていないかどうかを確認した。
「よし、とっととやっちまうか」
伊集は日頃から持ち歩いている"ある薬品"を取り出し、一軒一軒の家屋に向かって噴霧して回った。
薬品を噴霧した箇所からは、音も匂いもなく、みえない炎が燃えているかのように、家屋がじわじわと溶けていく。
「今回も楽勝だな」
コーラを飲みながら、家屋が溶けていく様子を眺めることが習慣になっていた。
とそのときだった。目の前が点滅した。受信だ。
「こちら伊集」
コーラの蓋を閉めながら応えた。
「完了したか?」
「はい、もうすこしでぜんぶ溶け終わります」
「ご苦労」
「いえいえ、どうっ……」
通信が切れた。
「なんだよ、もうすこし話してくれたっていいじゃねえか……冷たいんだよな、実際……」
小石を蹴った。溶けている家屋の、むき出しになった鉄筋に当たり、ぼそぼそと崩れ落ちた。
伊集は部落のなかを巡回し、各家屋の溶け具合を確かめてまわった。
周囲は山に囲まれている。外灯は機能しておらず、電気やガスや水道の供給はとっくに停止している。無人の村の暗闇は、暗さよりも悲しみでできていた。
C部落が廃村に認定されたのは三年前だ。伊集らが所属している機関と行政の間に、なんらかの繋がりがあり、依頼を受けたのかもしれない。
この部落を消滅してくれ。と。
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