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その夜は、菜月にひとりにして欲しいと頼み、父の家に泊まる事にした。
母が、父が逝ったリビングのソファーに座り、テーブルにノートを置き考えた。
後ろを振り返ると和室がある。
母が部屋として使い、母を見送った後、父が酔っ払いながら聞きたくもない夫婦の話をしてくれた部屋だ。
僕のベビーベッドが置かれ、昼間はここで海音が産まれるまで母と過ごした。
幼稚園に入るまでは母に怒られた記憶はあまりない。
「こ~ら、青ちゃん、だめでしょ?」
その程度だ。
好き嫌いや父の鞄にいたずらした時、本気で母が怒った事はない。
「母さん、生きてたら、見てあげたら?って言うのかな? でもさ、母さんのプライベートが書いてあるかもしれないだろ?僕も菜月もさ、そういうのを子供に見られるのは嫌だし、母さんだってそうだろ?死んだ後まで知られたくない事…あるよな?」
未だ決心がつかない。
「見てあげたら?お父さんだって、お母さんのプライバシーは大事にしていると思う。」
声が聞こえて振り返ると、海音が居た。
「びっ……くりしたぁ。母さんかと思った。」
「あはは。最近、また一段と似てきたでしょ?」
僕の隣に座り、ノートを手に取る。
躊躇なく表紙をめくる。
「あ、おい!」
「開かなきゃ始まらない。そして終わらない。」
「そりゃあ……そうだろうな。」
呟いて、海音の手にあるノートを覗いた。
「最初のページは普通だね?」
海音が言う。
「だな?」
名前、両親、兄弟の名前。生まれた場所。
当時の家族の様子。
母と同じ様に自分の人生を振り返った記録だ。
海音と二人で、父の人生を見て行く。
中学生になる頃、その人の記述があった。
「長い黒髪に白い肌、大きくない身長、16、7歳位のお姉さんが迎えに来た。
おじさんと似合わなくて、でも雰囲気は合ってて不思議で驚いた。」
「おじさんだって……。」
「うっさい!」
そこからずっと後、高校生になると始めて名前が出る。
「何気ない会話の中で、不意に出た名前…初音。あの人の名前が分かった日だった。」
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