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 マイクロバスの扉が閉まった。結局、利用者は寺田だけだった。定刻通りに『日製自動車』のバスは発車した。  寺田はゲームを一旦止めて、窓から風景を見始めた。  JR石橋駅の周りは霞ヶ関駅ほどではないが、鉄道駅も近いのでまだ住宅が並んでいた。しかし何度かマイクロバスが道を曲がって、ぐんぐん進んで行くと田んぼしか無くなってくる。川越市だって、上尾市や鶴ヶ島市、川島町などに向かうと田園地帯が広がっている箇所なら在るが、それにしても埼玉のそれより広大なモノに寺田は感じた。道路自体が埼玉より若干広い。東京は道が狭苦しいのだが、埼玉から栃木と北上するに従って比例して家と家との距離、道幅が広がって行くなら、東北や北海道はアメリカのように広大な道路が敷かれている気がした。マイクロバスが国道4号線に入ると、ロードサイドビジネスが成立するから、お馴染みのフランチャイズチェーンのファミレスや牛丼屋を目にすることが出来た。  『日製自動車』の工場が見えた。広いには違いないのだが、マイクロバスが正門に接近し過ぎたせいで、寺田の目からは3,000,000㎡の長円形のテストコース付き工場の巨大さは全く感じられない。寺田から見えたのは警備員が常駐するゲートと自動車を展示しているガラス張りのホールと中庭、敷地内外に植えられている桜だった。浅学なる寺田でも植えられている木々が桜と分かったのは、桜木が鮮やかな朱華色(はねずいろ)を光らせていたから。もう少し夏に近くて完全なる緑色になっていたら、杉なのか(もみ)なのかも寺田には分からない。  マイクロバスが停車すると運転手が扉を開けて、常駐の警備員がマイクロバスに入って来る。警備員は社員証を確認するのが仕事だ。運転手が気を利かせて警備員に答える。 「あっ、この方、今度新しく期間で入る子です」 「そうですか、ではこちらで降りて下さい」 「ありがとうございました」 寺田は運転手に礼を言いながら立ち上がり、マイクロバスから降車した。警備員も一緒に降りるとマイクロバスの扉は閉じられ、工場敷地内へ進入して行った。  寺田は警備員に質問した。 「すみません。白鵬寮は何処ですか?」 「白鵬寮はこの道を真っ直ぐ進んだ後、あの信号、丁度スーパーがある所を左折して、セブンイレブンがある所を右に曲がって進めば左手に白鵬寮が見えます」 「ありがとうございます」
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