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 寺田は言われた通り、工場から歩き始めた。工場の傍では商売が成立するから、ドラッグストアやスーパーが軒を連ねている。道のすぐ横は国道4号線だから、バスから見えたファミレスや牛丼屋も簡単に利用出来るだろう。 (運転免許も無いのに自動車工場で働くのか)  寺田は運転免許を持っていなかった。埼玉では移動は全て自転車だった。仲間と遠出する時だって他人の車を利用するだけだった。高校も大学も全部自転車で済ませられる。東京に行くなら東上線を使えば良い。そんな状況で車を使おうなんて思えなかった。寺田は白鵬寮を目指して歩きながらエントリーシートに普通自動車免許と書けば、Fラン大学の自分も日製自動車の社員になれたのではないかと妄想する。運転免許も持っていない奴を自動車会社が正社員として雇うこと自体がおかしい。今思えば当たり前に導き出せるのに、当時の寺田は大企業だから落とされたとしか考えが及ばなかった。だがくよくよしていても仕方が無い。 (絶対に正社員に登用されるんだ)  寺田が見た期間従業員の募集要項には赤文字で正社員登用有りと書かれていた。新卒採用では正社員に成ることは出来なかったが、期間従業員からの繰り上がりする可能性だってゼロではない。今は奨学金返済のために働くが、 (俺は絶対に正社員に上がってみせる!) (終身雇用を勝ち取ってやる!) セブンイレブンの角を曲がりながら、寺田は情熱を燃やしていた。
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