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 寺田はおばさんに言われた通り、自分のクロネコボックスを両腕で抱えながら自分の部屋へ運び始めた。廊下を歩くのは苦ではないが、エレベーターの無い5階までの階段は寺田でなくてもしんどい。 (エレベーターの無い5階建てなんて本当に団地じゃん) 寺田が心中で愚痴を溢しながら、階段を登り終わると508号室へ少しだけ歩き、鍵を差し込んで扉を開いた。 (酷い所だ……) 広さは6畳の1ルームだが、畳部屋だった。埃被った畳に黴が生えたような腐った異臭が部屋全体に漂っていた。寺田はクロネコボックスのダンボールを置くと、まずサッシの窓を右に開いて網戸を通して換気し始めた。押し入れを開くと、どれが敷布団と掛布団とマットレスなのか皆目見当が付かないボロくて薄い布団達が上段に、下段には年代物の折り畳み机と小さな薄型テレビがある。部屋の隅に小さな冷蔵庫が置かれていた。出入口にある靴箱を開けると、以前部屋を使っていた元従業員が喫煙者だったのか毒ガスに等しい異臭が鼻を刺したのですぐに閉めた。寺田は確信した。 (煙草を吸う事自体がマナー違反だ)  ダンボールの中身は歯磨きなどの他は衣類しかない。シャンプーやお風呂セットは現地で購入すると決めていた。  寺田は部屋の真ん中で一旦胡坐を掻いて、嘆いた。 「これがタダと云うことか」 この場所まで歩いていた時の正社員登用を目指すと誓っていた彼の情熱の焔は早くも消えかけていた。
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