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 川越駅まではあっと言う間。寺田は右手のiPhoneを凝視しながら立ち上がり、扉の前まで歩く。扉が開くのと同時に一瞬だけ前方を見て、人にぶつからないようにしながら歩き出す。降車が終わると再びiPhoneに目を向ける。急いでいる人が寺田の横を通過していく。寺田はパズドラに夢中だ。急いでいないから無理をしない。階段を登るのは面倒だからエレベーターを使った。  駅のホームから上階の改札広場に着くと、寺田はiPhoneから一旦目を離し、iPhoneの表面(オモテめん)をカバーで覆う。カバーにPASMOが挟んである。改札機は寺田のPASMOを無事に探知して彼が駅から出るのを許可した。寺田は改札口から出ると左に曲がり、JR線を目指す。川越駅は人がそこそこ多い。出店のように通路の端を陣取って菓子などを並べて売っている者が居るが、その数は少ない。平日だから観光客も少なく、JR山手線の駅よりはずっと歩き易い。  JR線の改札はそれほど遠くない。2分も掛からずに辿り着くと、寺田は東武東上線を出たのと同じ要領でiPhoneのカバーを改札機にタッチして中に入った。残高は十分にチャージされている。  寺田は下階のホームに降りてりんかい線直通新木場行きの列車に乗り込んだ。端っこの席は全て埋まっていたが、席は空いていた。寺田は左片方に若い女性が着席している座席に着き、パズドラを再開した。 (これから東京に遊びに行くなら、どれほど良いだろうか)  寺田は都落ちする自分の気を紛らわすためにパズドラに集中する。寺田が向かおうとしているのは栃木県に在るJR石橋駅だ。東京に出勤するなら兎も角、わざわざ田舎に下らなければならない我が身の不幸を寺田は呪っていた。  寺田智浩は埼玉県川越市で生まれ育った。ただし、観光客で人がごった返す蔵造りの観光地ではなく、80年代から90年代に掛けて発生したバブル経済やドーナツ化現象で建てられた閑静な住宅街。学区の小学校と中学校を出た後、近所に在る川越西高等学校に入学して卒業。自宅から近いだけでなく、自分の偏差値で入れたからだ。その後、同じく近所に在る東京国際大学に入学し、卒業している。ここまで全て現役だ。  ところが、寺田は新卒で就職出来なかった。
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