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 上り坂が終わった所で、先頭に立つ人事課の社員が大声で後ろの期間従業員達に伝える。 「皆さん、この後左に曲がって横断歩道を渡ります。会社敷地内は車優先です。気を付けて渡って下さい」 (車優先……)  モンストを遊びながら耳にした『車優先』って言葉が寺田の(かん)に障って、寺田は横断歩道を渡る直前、工場の敷地に目をやった。  自動車工場の敷地内は、まさに車が優先されている社会だった。大型トラックが行き来するため、日本とは思えないほど道幅が広い。車線は前後の2本だけだが、道の横幅に一軒家を3軒は余裕で並べられる。10tトラックだけでなく、大型の観光用バスもある。寺田達が入った南門から見ると、すぐ右に鋳造の大きな工場が在る。鋳造の工場と判ったのは『鋳造』と書かれた看板があるからだ。工場の中の様子は分からないが、灼熱した金属を思い浮かべられるような重々しい雰囲気を醸す黒々としたノコギリ屋根や煙突は見えない。建物の外壁は白く、寺田の位置からは屋根を確認出来ない。其処ら辺の中小企業の社屋と云われても違和感は無い。  寺田は『鋳造』と云う漢字を『いぞう』と読んでいた。  南門の右側に鋳造の工場が在って、その左に大きな道路が在る。その左にも大きな工場が見えるが、一般に工場を連想するあの三角形の屋根を持つ建物は見えない。もしかしたら傾いているのかもしれないが、寺田の目からは屋根が平に見えた。  寺田はこれから自分が入るかもしれない建物より、道路の方が気になる。横断歩道を渡りながら、『車優先』と聞かされ、如何にも自動車会社の本音が現れているシステムに感じていたからだ。  自動車は交通事故や煽り運転、飲酒運転など、ネガティブな部分ばかりが報道されがちである。スポンサー契約でバカ高い広告費を払っておきながら、自社製品に子供が轢き殺されたニュースなどを報道されるのは、自動車会社としては面白くないのだろう。  寺田は横断歩道を渡る時だけゲームを止め、歩行者通路を進んだ。横断歩道が終わると、寺田は再びモンストで遊び始める。寺田を注意する者は誰も居ない。
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