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期間従業員達はその場で作業着のズボンを穿き、Tシャツの上にジャンパーを羽織り、帽子を被らされた。入社が決定したわけでもないのに制服を着させられるのはおかしいのでは? と違和感を抱く反面、制服を着たと云うアリバイが出来たことで健康上の理由から帰らされることも無さそうだと云う安心感も寺田は同時に得た。
こうして制服に着替えさせられた彼らは研修棟からさらに北側に歩かされた後、横断歩道を渡って右折しろと言われた。車軸課と塗装課に挟まれた事務棟が見えて、さらに歩いた所に平屋の診療所が在った。一行はその診療所に入らされると、何処の会社でも行っている健康診断が始まった。初めに身長体重視力聴力の検査をして、握力や血圧を計測し、採尿を指図され、指定された紙コップに尿を集めてトイレと検査室を繋いでいる小窓の棚に置いた。注射で採血された後は肺のレントゲン写真を撮影した。
寺田は診療所の医者や看護師の中にあの茶髪のショートカットの女の子が居るんじゃないかと探したが、全員おばさんだった。
寺田の身長は173㎝、体重58kg、視力は両目とも1.0、聴力も問題無し。朝食を抜くように指示されていたから血液も尿も既定の数値に届かず問題無し。持病も無い。心臓の音も問題無し。
健康上の理由から入社を断念させられた者は一人も居なかった。
再び研修等に戻されて、契約書を書かされる。時給は1200円。3ケ月出勤率が90%ならば8万円貰うことが出来る。交代手当、赴任旅費、最初の1か月のみ食費補助で3万円貰うことが出来る。工場敷地内及び寮の食堂では社員証を兼ねたカードを通し、翌日の給与から天引きされる。求人広告と異なる部分は無かった。
この後、寺田達はノートパソコンからスクリーンに投影したPowerPointのプレゼンを見させられた。作業は必ず安全第一で絶対ケガをしないように言われた。敷地内は『車優先』と教わった後に絶対にケガをするなと言われると、寺田は矛盾している感覚を得た。作業は『安全』『正確性』『素早く』の優先順位で、3Kの象徴たる工場でありながら、しつこいほど安全に対する意識を強めるように寺田達に教えてくる。
『安全なくして作業無し』
寺田は危険な作業が伴うからこそ安全を意識するように言うのだろうと分析した。
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