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 玄田は工場建物内の丁度中央に位置した小さな四角いプレハブ小屋に寺田を案内した。此処が玄田組の部屋である。  大きな工場の中にプレハブ小屋。屋下に屋を架すとはこのことだ。しかしプレハブ小屋に通されると、その必要性を寺田は思い知った。小屋に入ると空気が綺麗だったからだ。本当に綺麗なのではない。少なくとも普通に吸えただけで有り難かった。  桜が舞い散る外路から車軸工場の中に入って、まず寺田が感じたのは臭さだった。室内に溜まった埃だけではない。黝色(ゆうしょく)鈍色(にびいろ)の鋳物の金属。工作機器に使われる油。腐った雨水。数多くのプレハブ小屋に備え付けられたエアコンの室外機が埃被っている羽根を気ままに回し、汚濁した空気を場内に充満させる。そりゃ、臭いはずだ。寺田は埃の霧に突入したように思っていた。単に室内が暗いだけではない。工場の空気が黒く感じた。『皮膚呼吸』を意識した。ジメジメしているだけでなく、露出している顔や手の汗腺を、湿った(くろがね)の塵が塞ぎ込んで来る。とりあえず、顔を洗いたかった。  そんな中、バニラ色の照明を光らせるプレハブ小屋に入った途端、空気のオアシスに到着した。 (マスクを買おう) 金を稼ぎに栃木に来たのに、あれを買おう、これを買おうと出費が嵩んでいてバカらしかった。
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