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 プレハブの中央には、正四辺形状に長机が幾つも並べられていた。人が一人通れるか否かの通路を周りに確保しながら、冷蔵庫や資料を搭載した硝子戸の本棚、ノートパソコンを載せる事務机などが壁際に置かれている。  寺田は長机の前に置かれた椅子に座らされた。玄田はガラス戸の本棚から大きなキングファイルを1冊引き出すと、寺田が座る前の机に置いた。玄田は表紙を捲ると、 「標準作業書だ。仕事は此処に書かれた手順通りにやってもらう。全部読んだら、ページの此処の欄にサインを書いてくれ」 玄田はそう言うと、自分は壁際の事務机に座って、ノートパソコンを叩き始めた。  寺田は随分あっさりした指図に感じた。  寺田は今頃新卒社員になった同学年の連中も同じような扱いを受けているのか考えた。日製自動車ほどの大企業でもこの通りなら、他の会社も大したこと無いだろうなと安心する。  実際には勿論そうではない。寺田がこれから行う仕事は単純作業でしかない。会社は寺田のキャリアアップなど考えていないのだ。しかし正社員登用を勝ち取るつもりの寺田は、本棚に並んだ全ての標準作業書を読んでマスターするつもりでいた。  何故なら、会社の求人広告に『正社員登用制度有り』と赤文字で書かれていたからだ。寺田はその言葉を信じていた。
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