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「じゃあ、【技術】ってのは何か? それは【三位一体】だ。まず、『感じる』もっと厳密に言えば『五感』だ。見る・聴く・嗅ぐ・触る・味わう、これが技術だ。俺達は味覚なんて使わないけど、食堂のおばさんは味覚を使っている。素材や機械を見る。機械から異音が聴こえる。機械から異臭がする。触ったらいつもと違う。正社員に成りたきゃお前は感覚を研ぎ澄ませないといけない」
室井は格闘家の師匠のように寺田に話し続ける。自分は正社員で、寺田は期間従業員である。社会通念上、室井の方が信用力は有るし、収入も社会的地位も高い。雇用契約が室井に『老練な師匠』を彼自身に演出させ憑依させる。
しかしその実態は、室井が就職した頃は景気が良く高卒でも日製に就職出来たに過ぎない。現代ならば室井のような男が正社員雇用を勝ち取ることは難しい。少なくとも今の日製では無理である。室井は今、寺田と同じ職場で働けているから全く気付いていないが、自分が就職した時点での情勢と異なっていることは念頭に無い。故に室井の話は、少なくとも今の寺田にとっては無意味だった。
だが寺田は、正社員に登用されるヒントが隠されていると思って、有り難そうに聴いていた。
「2つめの技術は『頭』だ。自動車会社は肉体労働と思われているが、それは絶対ではない。日々の生産台数、コスト管理、バカだと出来ない作業は一杯ある。俺も工長経験者だから分かるんだ。玄田だって毎日パソコン持って格闘している。数字と戦っているんだよ。本当は上からキツい物言いを受けているが、俺達に隠してな」
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