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 通勤通学(ラッシュ)が終わった直後だから椅子に座ることが出来た。次々と乗り降りする利用客達の尻に擦り切られて、色褪せた黄緑色の天鵞絨(ベルベット)の座席の端に寺田智浩は腰を下ろし、カバーで防護しているiPhoneを見始める。どんなに消極的な性格でも、人々は電車内ではソファの端の席を積極的に狙う。寺田の場合、降りるのは2駅先の川越駅なので有難味は薄い。  寺田の服装はジーンズにパーカー。灰色のパーカーはGAP、紺色のジーンズはユニクロ。胸のGAPのロゴに反してギャップなど感じられない平凡な衣装。ジーンズの左ポケットに長財布を入れている。寺田がほとんど手ぶらなのは、埼玉では桜も散りかけている温暖な4月中旬であること、そして大きな荷物はクロネコヤマトで先に現地まで送っていたからだ。  寺田智浩は川越や東京方面へ遊びに行く以外、電車に乗る機会は無かった。最寄り駅は東武東上線霞ヶ関駅。池袋駅への運賃が先に位置する川越市駅や川越駅と同額であること以外何の取り柄も無い。東武東上線の終電は1つ手前の川越市駅で終わるため、うかうかと東京で遊んでいられない。  寺田は就職活動のために髪の毛も真ん中より短く切っている黒髪。22歳で若いから大学は卒業したが、まだ学生に見える。顔だけは細面で肌の色も白く、見た目には女ウケは悪く無さそうだが、寺田は今も女性を知らない。  寺田はiPhoneでゲームを始める。音は消してある。やっているのは高校時代から慣れ親しんでいるパズル&ドラゴンズ(パズドラ)。高校時代にスマートフォンを買い与えられて以来、ゲーム機を買うことは無くなった。寺田のiPhoneにはゲームアプリがいっぱい入っている。定番のモンスターストライク(モンスト)やポケモンGO、白猫プロジェクト、シャドウバースから、一般に知名度が低いゲームも多数ダウンロードされている。整理されたトップ画面ではなく、ダウンロードされた順にアプリを並べると画面がゲームで埋まる。寺田自身はゲーマーの自覚は無いが、暇潰しにスマホでゲームをやり、飽きたら新しい物をと云った具合に続けていたらアプリがゲームばかりになった。  寺田のスマホがiPhoneなのは、他の人も使っているからだ。
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