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 クローゼットと呼ぶにはあまりに和式過ぎる箪笥(たんす)が出入口の右に備え付けられている。寺田は箪笥内の鉄棒にハンガーを通したトップスを掛けていく。トップスの大半はTシャツで胸元に色々と絵柄が描かれているが、見た目だけで選んできた寺田は何の絵がTシャツに描かれているか知らない。扉の裏側に姿見と呼ぶには頼りない小さな文庫本サイズの鏡がくっ付いている。寺田がその鏡を覗くと、自分の顔の目元や鼻しか映っていなかった。押し入れの下に箪笥の引き出しがあるが使わず、ハンガーを掛けた下の棚板にジーンズや下着類を畳んで積んで置いた。直に乗せるのは気が引けるほど材木が古いので、ドラッグストアで防ダニ用のシートを買って敷こうと寺田は考えた。  ダンボールから衣類を取り出し終えた寺田は一息つこうと、換気するために開けていたサッシの下へ歩いて行く。  寺田は窓から栃木県河内郡上三川町を見つめる。白鵬寮のA棟は前方に社員寮の5階建てが無いから上三川町を一望出来る。5階建てなんて大してことないはずだが、周囲に白鵬寮の高さに匹敵する建造物がほとんど建っていないから、タワーマンションの最上階から見物する気分を得た。手前に在る2階建ての一軒家やアパート達は日製自動車の社員達が住むことを想定して建てられたのだろうが、寺田の階からはゴジラが踏み潰すために置かれたように見えた。傾斜の有る丘に滑り台を設置している白鵬公園、その奥に深緑に包まれた白鵬神社が在るが、到着したばかりで上三川町の知識を有していない寺田にとってはただの森だ。右手に、田舎に不相応な妙に近代的な意匠設計の4階建ての上三川町役場が小さく見えている。役場の手前に広い芝生の敷地を有する上三川いきいきプラザが在る。埼玉からやってきた寺田にとっては街の全てが埼玉県の縮小だった。 (随分と長閑な所だ)  埼玉県も『ダサイタマ』と揶揄されるが、それにしても栃木県は時間がゆっくり流れているようだった。寺田は『都落ち』を改めて意識したが、ゴミゴミした東京や埼玉よりも住み易そうとプラスに考えることにした。
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