ヒトデナシ

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屈強な看守が見守る窓ひとつない部屋の中・・・患者Aはいつものように 手錠をした両手を机の下に置き、うなだれた状態でわたしの目の前に座っていた。  「今日はと、け、る、というこの文字から美しい言葉を連想させよう」 わたしの言葉にぴくっと反応する患者A。 患者Aは連続殺人鬼だ・・・過去に子供を含む男女100人以上を 虐殺した筋金入りのサイコパスだ。 うなだれていた患者Aは顔を上げて、こちらを無表情で数秒間見つめた。 面会するたびに思うことだが彼の目には魂がまるで宿っていない感じが する・・・それにこちらの心の内を見透されそうな気分にもなるのだ。 気を強く持たねば。 手錠の鎖と鎖をこすらせて発生する異様で不快な音が聞こえた。 ここからでは手錠は机の下で見えないがそれが彼の癖だった。 「先生・・・それが今日のお題ですか?」 丁寧で落ち着き払った口調だ・・・気品さえ感じられる。 わたしはきびきびした感じで答えた。 「そうだ。さあ、始めよう・・・まずは と からだ」 患者Aは少し考えこんでいる様子だったがすぐに答え始めた。 「取り壊す、憑り殺す、研ぎ石で刺す」 わたしはがっかりした。もう半年目だが効果はない・・・ また殺人を連想している。 「待った。否定的な単語や何よりも殺人に関係する文章はやめよう」 「そうでした・・・では次は け で」 「はじめたまえ」 「け・・・蹴り殺す、頸動脈を切る、血液を抜き取る」 わたしはため息をついた。 彼はわたしの反応を楽しんでいる様子だった。 少し強い口調で言った。 「わたしの話は理解できているね?殺人はなしだ」 首をぐるりとまわすと彼は言った。 「先生、では手本を見せていただきたい」 また始まった。いつもわたしをもてあそぶ。 彼の口調にわたしは少し苛立ちを隠せなかった。 通常の患者なら三ヵ月で効果は出ている・・・ 「今、先生はこう思っている・・・なぜこの患者には効果がないのかと」 彼のその言葉に動揺したわたしは無表情を繕うのに必死だった。 人を観察して感情を読み解く能力がずば抜けている・・・ やはり、興味深い研究対象だ・・・脅威さえ感じるが・・・ 何を恐れることがある?彼は所詮、囚われの身、主導権はこちらにある。 わたしは腕組みをして淡々と答えた。 「と・・・トロフィーをもらう・・・鳥が飛び立つ」 彼はわざとらしく深くうなずき、感嘆の声を上げた。 「なるほど・・・素晴らしい」
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