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奥様はゆらりゆらりと長い髪を揺らしがら、ゆっくりと野川様の首から手を離した。
そして、古民家の前にある大きな松の木に腰を下ろし、話を続けた。
彼は少し離れたところから、此方を伺っていた。
口火を切ったのは私からだった。
「以前、何度かうちに参拝されていましたよね野川さんとおふたりで。それはそれは仲睦まじく幸せそうにみえました」
”ええ、あの人と結婚してから十年。本当に幸せだった。あの人、本当に優しかった。わたしには勿体ないくらいにいい旦那様だったの。愛してるの。でも、わたしが流行り病で死んでしまって、魂が抜けた人形のように気落ちしてしまったの。わたしはあの人のことが心配で仏様のもとへ行けなかった。あの人の笑顔をもう一度見たくて、彼のそばにいた。どんなにわたしが呼び掛けても彼にわたしの声は届かなかった。あの人、わたしの後を追いたいって死にたいって何度も呟いてた。わたし、彼が心からそう思うなら、わたしの手で彼を今の苦しみから解き放ってあげようと思った・・・”
奥様の瞳から大粒の涙が流れていた。
愛するがゆえに苦しむ姿にわたしは猛烈にどうすればいいのかわからなかった。こんなときに掛ける言葉なんてわからない。でも、辛い気持ちはわかるから。わたしもそんな経験が一度だけあるから。人にとって死は恐ろしく辛いってことだけはわかるから。
わたしの精一杯をぶつけよう。
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