第1章

26/26
前へ
/26ページ
次へ
 胸の中に、小さいけれど安堵の気持ちが広がるのを覚えていた。  ここは、あの職場じゃない。  これが、当たり前のごく普通の会社なんだ。  私はやっと、当たり前の仕事に巡り会えたんだ。  胸のうちに広がった安心感が、分厚く積もった不信感と絶望を溶かしてゆくような気がした。  まだ、ほんの僅かだけれど。  それでも、それはじんわりと暖かく温もるものでーーーー 「じゃ、あたしはこのお嬢さんとご一緒したらいいのね」 「はい?」  向けられた言葉に我に返れば、スーツ姿の女性が響子の方を向いて微笑んでいた。郷谷が、細い目を更に糸のように変えた。 「うっかりしていました。美樹さんです。あまり見えないかもしれませんけど、ドクターです。櫻井さんと同じようにオフィスで仕事をしてもらうので、一緒になることが多いかと思います」  紹介されているのだと気づき、響子は慌てて立ち上がった。 「櫻井響子です、よろしくお願いします」
/26ページ

最初のコメントを投稿しよう!

12人が本棚に入れています
本棚に追加