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って、握り飯はほとんどなくなっていた。
整然と並んでいた列だったせいか、騒ぎが起きなかった。
おかげで握り飯がいつなくなったか分からなかった。
残り二個になった時、俺は全員に呼びかけた。
「握り飯はこれで終わりだぜー」
「まだ残ってるじゃないか。早く食わねぇと腐るんじゃねぇのか?」
「まだって、もう二個しかねぇよ。それぐれぇ我慢しろ。立ってらんないくらい辛いやつはいねぇだろ? 実際立ってるんだから」
二十人近い体が丈夫そうな奴らは一斉に文句を言う。
けどな。
「こいつに労いの言葉くらいかける気はねぇのか。もっともこいつの仕事を最初から見てる奴はいないだろうから分らんか」
顎でコルトを差す。
騒ぎがない分握り飯の配給はスムーズで混乱もなかった。
こいつがいなかったら、俺はこんなにゆったりとした気分でこの部屋にいられなかった。
「……ん? え? 私、何かやらかしました?」
当の本人がきょとんとしてる。
確かに役には立ったけど、手伝いますって言われた時はここまで役に立つなんて夢にも思わなかった。
「ほれ、この二個はお前の分だ」
何か困惑しているぞ?
腹減ってないのか?
「え? あの、私に食事の用意はできないって……」
「これが食事に見えるか? せいぜい非常食か、長く持たない保存食だろうが。いいから食え!」
「あ、有り難うございます……」
握り飯二個じゃこいつの空腹は満たされまい。
だが今はこれで間に合わせてもらおう。
さてと……。
「このグローブ、こっちで使えそうだから試してみる。少しでも売り上げの足しにしたいしな。んじゃ今日のここでの俺の仕事はお終い。明日は朝の八時ごろに顔を出す」
朝、なんて言ってみたが、この部屋の小窓は俺にしか見えない。
コルト含めてこいつら全員、今が朝か夜かは分からないんだよな。
ある意味気の毒と言えば気の毒だ。
時計の一つでも持ち込んでみるか。
「あ、はい、お疲れさまでした」
階段に向かう俺の後ろから、夜の時間はもう少し遅くしてほしいという声が聞こえてきた。
こっちにも生活があるんだ。
ここでとんでもない宝物が出てくるなら考えてもいいが、まずないだろ。
ならそんな声も気にしなくていいよな。
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