事情はそれぞれ

110/173
前へ
/233ページ
次へ
「まぁ今回はたまたまよね。コウジもこの娘に歌わせてなけりゃ、その能力を見落とすとこだったもん」 「……ま、何でも試してみるもんだな。女も度胸、ということで」 「そうだ! お姉さんのお名前まだ聞いてないっ! 教えて下さ」 「ストップ! ストップだ、コルト。それは聞かない方がいい」 「え? どうして? だって私の」  恩人、だろうな。  それは否定しねぇよ。  けどな。 「名前覚えたところでどうする? またここに来る可能性はある。けど普通は来ることは考えないぞ? だって自分の身をみずから危険に晒すんだ。そんなことを考えるのはまともな奴じゃねぇ」 「まぁ確かにただ危険な場所に行くだけだったら、頭どっかおかしいわな。俺はやっぱ、宝物目当てにダンジョンに潜り込むからな。トレジャーハンター系に偏ってる。だからこうして何度もきてるわけだ」  そういう弓戦士は三回目くらいか? 「俺はこいつの名前も知らない。何度来られても名前を覚えるつもりはない。唯一知ってるのはコルトだけだ。そいつは初めてここに来ただろ。ここに来る奴を平等に接待するには、みんなの名前、素性をなるべく知ろうとしないようにするくらいだな」 「コウジってば硬いわねー。聞かれりゃ答えるけど、ここの管理責任者のコウジがそういうなら言わないでおくわ」 「あぁ。そうしてくれ」  変に親しみを覚えて、厄介なしがらみができちまったら対処しようがねえしな。 「でも私も二回もコルトちゃんの歌声の世話になったから、もう行くね。ありがとねコルトちゃん。それとコウジも」  俺はついでかよ。まあいいけどさ。 「おう。無事に帰って、二度とくんなよ?」 「はは、どうだろね。じゃあね」  コルトは目をキラキラさせながら、女魔法剣士を見送っていた。  何か、明るい未来が見えてそうで何よりだな。 「んじゃコルトー。これからは一日三回、やってもらおうかな。お前にしかできない新たな仕事だ。照れたりしてる場合じゃねぇぞ」 「うっ……。は、はいっ」  ……なんか、ちょっと頼りがいが感じられるようになったのは気のせいかね? うん。
/233ページ

最初のコメントを投稿しよう!

465人が本棚に入れています
本棚に追加