事情はそれぞれ

111/173
前へ
/233ページ
次へ
死にそうな顔でやって来る冒険者達。 それはずっと前から変わらない。 だが、すっかり変わったこともある。 完全に回復して部屋を出て行くまでの期間。 そして、出て行くときの彼らの表情だ。 コルトに歌を歌わせることを課してからだった。 最初は赤面しながら弱々しいハミングやスキャットだった。 それでも効果は、俺の握り飯に次ぐ癒しの効果があった。 けどそれも今のうちだ。 こいつが自信満々で歌えるようになったら、間違いなく俺の握り飯はこいつの歌の補助になるだろう。 一日三回、時々四回。 一ヶ月も続けてれば、自信も少しずつついてくる。 けどコルトの場合、その癒しの能力に対する自信じゃなく、歌唱力の自信のようだ。 ほぼ同じようなもんだろうが、目に見える自分の成長が楽しいんだろうな。 部屋を後にする連中の、礼を言う言葉も力がこもってきたのを感じる。 俺にしてみりゃ、一々うるさい。 「ご恩は一生忘れません」 とか言う奴がいるが、覚えてようが忘れてようが、俺の生活に変化はないからだ。 ただ、死にそうな顔してた奴が元気になっていく様子を見るだけで、割とうれしく感じる。 部屋の掃除をするときれいになっていく。 それを見て気持ちが清々しくなるのと似てる。 まぁこっちが勝手にそう思ってるだけなんだけどな。 けどコルトは、そう言われることに一々感激してる。 今までのコルトの仕事は、はっきり言えば誰にでもできる仕事だったからな。 それが自分にしかできないことが見つかった上、そのことで礼を言われてる。 「いえ! こちらこそありがとうございます!」 などと礼を返している。 言われた冒険者は、感激のあまりに力がこめられたコルトからの握手をされ、逆に戸惑ってたりもする。 何か面白いな、この現象。 しかしコルトは、礼を言う一人一人に一ヶ月間もよくそれを続けていられるもんだ。 その人数は、当然数え切れない。 「彼女は一体何者だ?」 俺にそう聞く奴も多い。 俺はここぞとばかり、ドヤ顔で答える。 「見ての通り、エルフだが、仕事はキュウセイシュだよ」
/233ページ

最初のコメントを投稿しよう!

465人が本棚に入れています
本棚に追加