事情はそれぞれ

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 ……でも、酒場に行ったときに歌う人はたまに見かけたけど、見てる人はあんまりいなかったような気がする。  うーん……どうなんだろ。 「まぁでも効果も当然だけど、聞く人が気持ちよく聞ける声を出さないと、有り難がられることもないよ?」  ……それもそうだよね。  嫌々歌って、聞く人を不愉快にさせて、だけど体力とか回復させて、だけど恨まれこそすれ感謝されないって、どんだけ可哀そうな歌い手さんなんだろ。 「場所にあった声量になるように調節できるようになって、喉を傷めず、声を響かせて、感情を込める。たとえハミングとかだったとしてもね」 「人前に立つのも想像しなかったけど、そんなことまで気を遣うんですかぁ?!」  そんなこと考えたこともなかった。  恥ずかしいのにさらにそんなことまで考えなきゃならないなんてっ。  魔力を高める鍛錬なしに、さらに多くの人を元気にさせる力があるって聞いた時には驚いて喜んだけど、喜んでばかりもいられなさそう……。 「自分に向いてる仕事であっても、質を上げる努力は常に心掛けないとね。怠けてたら向上どころか力の維持すら難しくなるよ?」  冒険者だろうが、魔物と関係のない商店街で働く人たちの職業だろうが、それはどれも変わらないんだって。  私もあの人から、さらにきつく言われちゃった。 「そんな歌い手に簡単になれそうなのは、そんな性質を持つ魔力の持ち主だからってのは分かるけど、それだけじゃダメだよ?」 「それだけじゃダメ? って言われても……」 「今のところはスキャットやハミングだけでしょ?」 「はい。歌詞をしっかり覚えてる歌は全くありませんから……」 「今はそれでもいいよ。でも本気でその方面に進んでいくなら、歌詞は覚えないとダメ。同じ歌ばかりも飽きられるし、同じメロディを聞かされても退屈になっちゃう」 「はうぅ……」  曲作りや歌詞作りにも手を広げなきゃダメ、とも言われちゃった。  でも、何の能力を持ってない人が一流を目指すよりは、はるかに平たんな道のりなんだって。 「そんな魔力の持ち主は、やっぱり重宝されるからね。同じ苦労するのなら、報われやすい仕事を選ぶ方がいいと思うよ?」  ……うん。  私、まずそっちを目指すっ。  コウジさんのおにぎりに負けないくらい、たくさんの人を元気にしてあげたいしっ。
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