オノタキコの伝説

2/4
224人が本棚に入れています
本棚に追加
/228ページ
 その日、タキコは少し遠くへ足を伸ばしてみることにした。振り返ると、タキコの別荘はすっかり霧に溶けこみ、見えなくなっている。  若干不安になったタキコの目の前をいきなり猛スピードで何かが飛び出してきた。タキコは反射的に避けたが、反動で山の斜面に身体をぶつけて倒れた。  飛び出してきた赤い三輪自動車は数メートル先で止まり、誰かが降りてきた。  タキコは美しい娘だったが、まだ恋を知らなかった。あわてて彼女に駆け寄ってきた青年は、粗野だが美しい顔立ちだった。一目で彼女は青年に魅了された。  相手も同じだったようで、彼は車でタキコを別荘まで送り届けると、またどこかで会えないかと誘った。  それからタキコは朝の散歩と称して山の中腹にある小さな湖まで足をのばし、そこで青年と逢瀬を重ねた。青年は界隈(かいわい)の別荘に食材等を配達する、いわゆる御用聞きだった。互いに住む世界が違いすぎるのはわかっていたが、二人はなおのこと離れがたい気持ちを深めていく。  避暑客たちが続々都会へと戻っていき、夏の休暇は終わろうとしていた。タキコも両親が迎えにくることになっていた。両親が来る前の晩、タキコは青年を別荘へ誘った。別荘用に雇われていた使用人たちも故郷へ帰り、その晩泊まっていたのは、実家の使用人である初老の男ただ一人だった。     
/228ページ

最初のコメントを投稿しよう!