時が満たりて凍蠅が葬列を為せば、埋もれた罪が時効の天秤にて計量(はか)られる

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        * 次の日。 新幹線で東京へ。 午前11時を回った頃には、千住署の捜査本部に到着した木葉刑事と里谷刑事。 「御苦労さま」 九龍理事官が千住署の会議室にて、定位置で迎えてくれる。 「九龍理事官、報告します」 調べた内容を報告する2人だ。 あの被害者は犯罪者で在ることは、もう疑う余地が無い。 福岡でも、京都でも、彼女は派手な身形をして役者みたいに、詐欺の片棒を担いでいた。 だが、遅く出て来た八曽刑事は、報告する木葉刑事を見ている。 その脇に来た若い女性の岡崎刑事が。 (あの、信じられますか? 出張先で事件を続けて解決ですよ…) (フン。 逆に聴くが、疑う余地、何処かに在るか? お前が行って、同じ事が出来たか?) (あ・・それは…) (御託も、やっかみも要らない。 実力だけが求められるんだよ) 木葉刑事に纏わる噂の小さな根源が潰された。 さて、報告した里谷刑事は、今日はこのまま非番に成る。 が、木葉刑事は。 「理事官。 自分は、この後に何を?」 「休まなくて大丈夫?」 「別に、余り疲れてませんよ。 それよりも、出来ましたら一つ、突っ込んで調べて欲しい事が」 「何?」 「あの、朝倉なる名前の保険証番号です」 「でも、あれは…」 もう保険証が使われた以上、それ以上に何を調べるのか。 「良ければ、自分に調べさせて下さい」 「構わないけど…」 後ろに居る刑事達に視線をやる九龍理事官。 すると、八曽刑事が手を挙げた。 「じゃ、八曽刑事と彼女も」 八曽刑事と岡崎刑事なる細身の女性刑事が一緒に成った。 さて、車を借りた木葉刑事は、2人の刑事を乗せて千代田区の厚生労働相に向かう。 その道中。 後部シートに居る岡崎刑事。 細身で、体に似合わない胸の張りを持つ。 その一方で、厚めの唇に頬が膨らみ、鼻も低くて目が寝ているみたいに細い。 オカメみたいな顔だが、可愛げも在る人物だ。 その彼女からして、全く質問もせず世間話をする八曽刑事の態度が解らない。 だから、車が走り出して直ぐ。 「あの~木葉刑事。 何で、厚生労働相に行かれるんでしょうか」 「それは、被害者が使っていた保険証の確認さ」 「確認ですか?」 「うん。 犯罪に、こんな勝手な使い方をしてるならば、恐らくは現住所のままってことは先ず無いよ」 「あ、どうしてそう思うんですか?」 「あのさ、勝手に使われてるならば、2課が先に調べてるんだ。 本人の住所が切り替わって無いならば、保険証を利用されている本人の元に先ずは行く筈でしょ」 「あ、・・確かに、そうですね」 「今回の被害者は、どうも他人の複数の保険証を乗っ取ってる」 「それはそうですが。 それを調べる意味は?」 「もし、乗っ取っとられた本人が生きているならば、幾ら何でも今頃は、警察も本人から話を聴いている頃だよ。 少なくても、朝倉って人物は10年前以上から。 踏田って人物も、5年以上まえから乗っ取っとられてる」 「まぁ、そうですね」 岡崎刑事が、まだ理解してない様子に、八曽刑事の方が察しが悪いと。 「岡崎、考えろ。 乗っ取っとられた本人は、今はどうしてる?」 「どうしてるって…」 「乗っ取っとられたまま、安穏と居ると思うか? 既に、保険証は詐欺に使われて警察に確認されてる。 元の住所に暮らしてたら、2課の刑事が尋ねて行くだろうが」 「あ、あぁ……、そうですね」 其処に、また木葉刑事が。 「金で売ったならば、本人は別人に成り済ましてる。 そうじゃ無いならば、犯罪に巻き込まれてる可能性も在る」 「なるほど」 納得して来た岡崎刑事に、八曽刑事から。 「大体、こんな風に犯罪に使用する以上は、直ぐに他人に成り済ましている事がバレない様にするさ」 「八曽さん、そんな事が出来るんですか?」 「岡崎、お前は女だろうが。 ストーカーから行方を眩ませるなら、先ずやるのはどんな手だ?」 「はぁ?」 「転居、住所を変えるんだよ」 「でも、ストーカーの被害者じゃ無いですよ」 また、木葉刑事が。 「その手法と同じことを、今回の被害者が遣ってる可能性が在るのさ。 元の本人の事が解らない様に、住所を他県に転々とさせて。 如何にも本人と思わせる。 ある意味で、保険証のロンダリングみたいな感じさ。 汚い金ならば、一度違う国の架空口座に移す様に。 人の場合は、移住だよ」 話が段々と怪しい方へ行くので、岡崎刑事も胸騒ぎがする。 「もしかして、本当の御本人は住所を乗っ取っとられて普通の生活を出来ない状態に在る・・、そうゆう事ですか?」 「その可能性も在るから、住所変更がされているならば、その時期を調べる必要が在る」 「あ、なるほど…」 昼休みも終わろうと為る頃。 厚生労働相に到着した木葉刑事は、前もって事情を話していたので。 使って無い会議室に通され、秘密裏に調査をする職員と面会する。 やや太った男性職員は、 「警察の方ですね」 と、席を薦めてくれる。 「お手間を掛けまして。 先だって話をしました、保険証の乗っ取りなんですが…」 タブレット端末で操作し情報を出す職員。 「その事なんですが。 あの踏田と云う人物の照会の件ですがね。 どうやら、行方不明の方の保険番号ですよ」 八曽刑事は、目を見開く。 (また、事件に繋がった!) 厚生労働省の職員曰く。 警察が調べた話からすると、踏田なる女性は家族を捨てた行方不明と云う。 だが、行方不明の踏田なる女性と、殺害された被害者は別人だ。 これは、明らかに可笑しい。 “発覚してない事件が在る” と、こう感じても間違いはない。 木葉刑事は、手帳に控えた朝倉史絵子の保険番号も照会して貰うと。 職員の男性は、首を傾げながら。 「その人物は、今の住所に変わる前は・・埼玉県、青森県、熊本県、千葉県と、半年で住所を変えておられます」 「最後の千葉県が、一番長い在住でしょうか?」 木葉刑事が尋ねれば、 「はい。 千葉県千葉市の緑区にて、御生まれから43年間は…」 と、職員の男性が教えてくれる。 その住所を控えた木葉刑事は。 「この住所を訊ねて聴き込みをしますが。 そちらにも事情を回した方がいいですか?」 「あ、出来ましたら、お願いします」 「解りました。 では、後程」 厚生労働相を出る木葉刑事は、建物を見返し。 「被害者の荷物が持ち去られたってのは、これがバレない様にするためかな」 同じく振り返った八曽刑事。 「そうなると、被疑者の動機は複数の線が考えられますな」 「怨恨か、用無しの口封じか、物取りの線は薄いにしても。 25年前の事件がどう関わるのか」 「木葉さん。 これからの運転は、私が代わりましょう。 親戚が千葉市に居まして、道は知ってます」 「八曽さん、スマートな対応有り難う御座います。 どうせ手柄の付かない身分なんで、どうぞ持って行って下さい」 車に向かう足だが、八曽刑事は苦笑い。 「出世の道を絶たれて、そんなに精力的な貴方の原動力が知りたいですよ」 「月並みなTVの刑事役で云うと、“正義の為”・・なんて」 「にしては、熱くないですよ」 笑う木葉刑事と八曽刑事。 一緒に居る岡崎刑事の方が、真面目で熱さは負けないと思っていた。 (こんな弛い人に、正義なんて…) さて、ちょっとした渋滞も在り、片道一時間半以上をかけて千葉県千葉市内に。 朝倉なる人物の最初の住所を調べて行けば、其処はもうスーパーが建っていた。 広いスーパーの駐車場の隅っこに車を停めて。 地元住民に話を聴けば、本当の朝倉史絵子は被害者と全く違う容姿の人物。 少し背の高い、快活で優しい女性だったらしい。 若い頃に結婚したのだが、夫と子供が事故で亡くなったらしい。 それから一人、近くで働きながら暮らしていたらしい。 木葉刑事は、その土地の話を聴き回る。 “あの土地は、東京のなんたら地所って所が扱った。 今の持ち主は、あのスーパーのオーナーだよ” “朝倉さん、何で土地を手放したかね。 あの人が手放したから、周りも仕方無く手放したんだよ。 土地の大半はあの人の物で、周りの敷地は使われなかったから。 買収も簡単だったんだろうよ” 夕方、九龍理事官に電話を掛けた木葉刑事。 「もしもし、木葉です。 理事官、今、大丈夫でしょうか」 「何か」 「あの、“ファンザー・モル地所”なる会社を調べて貰えませんか? 本当の朝倉史絵子から土地を購入したのか、調べて欲しいんです」 「もう5時、夜が目前よ。 そっちで泊まる気?」 「あ、これから帰ります」 夜の8時を大きく回って、捜査本部に戻って来た木葉刑事達。 九龍理事官に、八曽刑事と岡崎刑事が報告をした。 ざっくり話を聴いた九龍理事官は。 「詰まり、本当の朝倉さんならば、土地を売ったりする事は無いし。 骨折しても、京都で治療を受ける様な事も無かった・・と?」 頷く八曽刑事は、手帳の別の頁を開き。 「今から11年前の9月までは、本当の朝倉が千葉市に居たのは確実です」 岡崎刑事もスマホを手に。 「周囲住民の話からしまして、その失踪に合わせる様にあのスーパー建設の話が進んだとか…。 本当の朝倉史絵子は、周囲の話では建設に反対で。 土地を手放す気は無い、と言っていたと…」 八曽刑事が続き。 「木葉刑事の意見で、被害者の荷物を持ち去ったのは、こういった事実を隠す為ではないか、と聴きましたが。 こうなると、尚更に事実を隠す為の様に思えます」 九龍理事官が首を傾げ、後ろに控える木葉刑事を見る。 「こーなるって、解ってたみたいね。 木葉さん」 「あ」 言われて顔を上げた木葉刑事は、周りの視線を貰い。 「いや、それは・・厚生労働相に行ってからで…」 「そ」 九龍理事官は、何かの資料を長め。 「明日も、八曽刑事や岡崎刑事は、木葉さんと一緒に捜査して下さい。 明日は、二人ほど増やします」 その後、続々と刑事が帰って来る。 飯田刑事やら織田刑事やら、篠田班の面々が所轄の刑事と帰って来る。 「木葉、久しぶり~」 織田刑事と会うなり、木葉刑事は。 「織田さん、老けました?」 言った直後、蹴られた木葉刑事。 テーブルに手を掛けて悶絶した。 「好きで老けたんじゃ無い。 同僚の葬儀に付き合ったからよ」 「た・・たい・へんだ・・・たそうで…」 「ホントだよ」 話している間に、八橋刑事が来る。 「先輩、御元気でしたか」 「八橋くん、ひ・久しぶり~」 足を擦りながら挨拶する木葉刑事に、八橋刑事は感慨深く挨拶を重ねる。 其処へ、報告をした飯田刑事が来た。 「木葉、そっちは親展してるみたいだな。 だが、此方の被疑者の捜索は、もう立ち往生だ」 「まだ、諦めなくて大丈夫ッスよ。 多分、被害者の線から切り込めますよ」 「然し、あの被害者って、裏の顔は真っ黒じゃないか? お前の話を聴いていると、殺害されるのが運命みたいに思えるよ」 「ですが、それが25年前の事件と、どう繋がるやら」 「全くだな」 「飯田さん」 「ん?」 「被害者の使った保険証の番号は、行方不明者のシリアルナンバーみたいに見えて来ました。 この先がどうなるか、これも怖いです」 「明日からは、その線を探る方が良いかもな」 捜査の話をしながら休む為に廊下に出る刑事達。 帰る刑事在り、休む刑事在り。 情報を眺める九龍理事官は、 (被害者と被疑者が顔見知りの場合、被害者を丸裸にする方が早いかも知れない。 どうせなら、此方に大半の捜査員を投入するのも在りかしら…) こう考えた。 今、日ノ出署の郷田管理官は苦しい立場に在る。 やはり、あの遺体の主は被疑者ではなく、被害者に成ると答えが出ていた。 進藤鑑識員も心配で、向こうの捜査本部から離れられなく成った。 事件の真相より、被害者の隠された裏側ばかりが見えて来る。 明日はどうなるか、九龍理事官も冷静に居るしか無かった。        * 明けて、次の日。 この日は、また無茶苦茶な事が起きる。 朝、捜査方針として、被害者の総てを丸裸ににするとして。 捜査員の7割が、此方の捜査に割り当てられた。 木葉刑事と八曽刑事。 岡崎刑事に、あの髪の長い若者みたいな風貌の荘司刑事に、別の若い女性刑事が一緒に成る。 捜査が始まるなり、木葉刑事は例の地所を調べる事に。 朝倉史絵子の土地売買を扱った地所は、今は名前を変えて“イノベーション・ガオ”なる会社名に変わっていた。 オフィスは葛西。 八曽刑事がアポを取ろうとするも、電話先の男性はのらくらと面会を辞めさせようとしてくる。 「怪しいな、面会を拒んでる」 木葉刑事が電話を代わると。 「もしもし、お宅の会社で行った取引が、詐欺事件に関わりそうなのさ」 「詐欺っ? 詐欺って何だっ」 電話先の相手は、かなり動揺した声だ。 何か隠し事が在ると察した木葉刑事。 「それを説明したいのさ。 だけど面会も出来ないなら、令状を取って行くね~」 「令状だぁっ?」 「一応、朝倉史絵子さんの筆跡を、古い手紙なんかから抑えてある。 そちらの管理する取引書類と筆跡鑑定すれば、犯罪が起こったかどうか判る訳さ。 今、殺人の捜査で動いてるから、穏便には済まないよ」 昨日に木葉刑事は、本当の朝倉史絵子の書いた手紙を入手して来ていた。 本気で、筆跡鑑定をするつもりだった。 「あ、あ~・・午前で話は終わりますか?」 相手先の物言いが、奇妙に変わった。 木葉刑事は、アポを確実にしようと。 「質問は少ないので、“スーパー・ミネグシ”の土地取引に関する書類だけご用意をお願いします」 「わっ、解った」 「直ぐに、そちらへ向かいます」 アポを確実にした木葉刑事は、八曽刑事にスマホを返し。 「動揺が酷いッスね。 怪しさ爆発だ」 八曽刑事は、相変わらず舌先三寸の様な口の上手さを見て。 「流石、上手いですな」 だが、木葉刑事は顔を引き締めると。 「いや、本題はこれからッス。 今回は、チンタラ遣るのは不味い気がします。 一気に、怪しさの意味を暴かないと」 「どうしますんで」 「一応、考えが在ります」 葛西に在る、何処の系列の地所だが解らないオフィスに行けば。 駅に近い、雀荘だのサラ金の入る雑居ビルの5階に、そのオフィスが在った。 「失礼します」 木葉刑事を先頭にアルミ戸の扉を開けば、スーツ姿の男性が居た。 50代と思える、サラ金の取り立て屋みたいな人物で。 真面目に仕事を遣っている様には見えない色眼鏡の人物。 背が高く、事務所の片隅にはゴルフ用品も在った。 さて、木葉刑事は出迎えの用意もさせず。 ライセンスを提示して、 「では、契約書を見せて下さい」 と、一気に本題へ。 売買に関する契約書を見た木葉刑事は、写真を取り出すと。 「この契約書を交わした朝倉史絵子さんは、周囲の住民の方が云うに、この方なんですが…。 此方で契約を交わした朝倉さんは、この方で間違い無いですか?」 本当の朝倉史絵子の写真を出した木葉刑事。 “周囲の住民が云う” この話を聴いたその地所の男性は、良く写真を見もせずに。 「この女性だ。 間違い無い」 と、言い切った。 だが、契約書を眺める八曽刑事は、その交わした日付を見て。 (日付は、本当の朝倉が見えなく成ってから3ヶ月も後。 本当に、本物の朝倉が契約したのか?) 更に、疑問がモヤモヤと蟠る。 然し、木葉刑事はアッサリと。 「この売買に関する契約書、筆跡鑑定をしたいので御借り出来ますかね? 二・三日でお返し致します」 「筆跡鑑定って、何の為に?」 「朝倉史絵子さんに、詐欺の片棒を担いだ疑いが在りまして。 この筆跡とその詐欺事件で押収された文章の筆跡を照合したいのですよ。 既に第三者と、朝倉さんの所有していた土地の売買も済んでいると聴きました。 別段、この契約書が直ぐに必要とは、なりませんよね?」 「あ、あぁ…」 何か不安を覚えた社長の男性は、返事を濁らせる。 “地所”と云いながら、名義は社長。 不動産屋なら解るが、何の母体も無い地所とは変わっている。 然し、その辺りすら突っつかない木葉刑事で。 「もしお断りするならば、別の課を通じて令状を持って押収する事に成るかも知れません。 多数の詐欺事件に関わりますので」 「いや、あ。 でも、そちらは殺人事件と…」 「双方に関わっているんですよ。 我々は、殺人事件の捜査として。 二課は、詐欺事件としてです」 かなり困り、顔が歪む社長の男性。 「まさか、貴方もこの人物の仲間ですか?」 朝倉史絵子、本人の顔写真を持ち上げて見せる木葉刑事。 「何をバカなっ! 私は、健全な商売をしていますよ」 「ならば、捜査にご協力を願えませんか」 「ほ、本当に、二・三日で返して貰えますか?」 「はい。 それは、御約束できますよ」 こうして、任意で書類を借りた木葉刑事は、丸で騙された事を知らないお人好しの様に笑顔を見せ。 社長の男性に深々と頭を下げてオフィスを後にする。 が、車に戻るとスマホを取りだし。 「もしもし、九龍理事官ですか」 取って返す刀の様に、九龍理事官に連絡をする。 「木葉さん、どうしたの」 「今、朝倉史絵子の所有していた土地に関する取引書類を借りました。 科捜研に持ち込むので、筆跡鑑定を依頼して下さい。 それから、2課の方にも連絡を」 「その書類、本人が書いた物じゃないって思っている訳ね」 「はい。 詐欺事件を渡す代わりに、事情聴取は此方を優先して貰って下さい」 「令状、用意した方が良いわね」 「地所の社長の名刺は頂きました。 そちらにメールで送りましたから、お願いします」 “木葉刑事が、何か策謀を巡らせたらしい” 同乗する刑事達は察した。 警視庁に向かうと、木葉刑事は手紙と書類を渡して筆跡鑑定を依頼する。 京都、石川県で、被害者の筆跡も手に入れて在る。 さて、昼間。 食堂に来た木葉刑事達。 八曽刑事は、食券を買う処で。 「木葉さん。 御宅、最初っから書類を手に入れる為にアポを求めたのかい?」 「八曽さんだって…。 あの書類の日付を見て、もう推測は出来てますでしょ?」 豚カツ定食を買う八曽刑事。 「まぁ、あの書類は、本件の被害者が書いたと思います」 頷く木葉刑事。 「それは、詰まりあの地所の社長と、今回の被害者が結託している可能性を示唆します。 その先に見えて来るのは、本当の朝倉史絵子さんは殺害されている可能性も」 若い所轄の刑事達は、いきなり殺人に話が踏み込んで驚く。 だが、八曽刑事は、 「失踪して早10年以上。 確かに、監禁しているなんて甘い推測だな」 と、先に食券を窓口に渡した。 各々、この短い休憩を食事に宛てる。 隅の席に向かった木葉刑事と八曽刑事は、向かい合うと。 「木葉さんは、結果が出たらどうします?」 「自分は、あの地所のガサ入れに参加したいんで。 八曽さんには、あの社長の事情聴取をお願いしたいんです」 「奴の取り調べを?」 「はい。 既に、突く隙は作って在ります。 あの社長は、今回の被害者と契約書を交わしたはず。 なのに、周りの住民の話を持ち出したら、契約したのは本当の朝倉史絵子さんと言った。 筆跡鑑定が一致すれば、相違を突いて動揺を誘えます」 「なるほど。 先ほどのアポで、敢えて被害者の顔を出さなかったのは、嘘を突く為の布石って訳ですか」 若い刑事達は、食事も疎かに二人の話を食い入る様に聴いていた。 八曽刑事は、カツにソースを掛けると。 「木葉さん。 あの地所に何の手懸かりを求めて居るんで?」 豚の生姜焼き定食を前にした木葉刑事は、 「求めるは、本当の朝倉史絵子さんの遺体の場所です」 こう述べて、生姜焼き定食に向かう。 昼間をどう過ごしたのか。 木葉刑事と八曽刑事以外は、ゾワゾワしていて良く覚えていない。 午後、木葉刑事に連絡が入る。 あの地所の社長に対する公文書偽造の疑いに因る逮捕状と、地所の捜索令状が出来たと云う事。 2課の一班に付随し、あの地所に向かった。 逮捕するのは、二課に成る。 だが、2課の土地取得の違反に対して捜査する係りも、まだ後嶋多氏の事件でとてつもなく忙しい。 だから、連行に付随して八曽刑事と荘司刑事に、岡崎刑事がくっついて行き。 先に、事情聴取をさせて貰う手筈と成っていた。 まぁ、情報源は全て木葉刑事達だし。 まだ完全に事件性が固まった訳でも無い。 あの借りた契約書の筆跡が、本当の朝倉史絵子とは違っていた、それだけなのだ。 木葉刑事と若い女性刑事は、そのまま地所の捜索に入った。 資料の押収に協力と成る訳だが…。 2課の捜査員達が売買契約書を眺めては。 「こりぁ~恐らく真っ黒だな」 「ほぼ、間違いない。 土地の契約から販売まで、略一定の期間で方々の会社や個人に渡っている」 「ん。 最初(はな)っから売り主が在りきの売買契約としか思えない。 買値と売値が、こんなキレイに倍額とかに成る訳が無い」 別の捜査員も。 「それに、この各サインを見てみろ。 人の書く文字なんてのは、個人の癖がそれぞれ出るものだ。 なのに、この先の契約書は、どれも達筆だ」 「推測だが。 何人か、契約書にサインする役割の者が居て。 被らないようにローテーションで書かせてた、みたいな感じだぞ」 「ダーメだこりぁ。 全部、押収だ」 その押収作業でごった返すオフィス内にて、木葉刑事も資料を見ながら手伝う。 何か、この場の資料の中で、変わった内容のものを探していた。 (絶対に、手懸かりは在る。 本当の朝倉さんを始めに、何人もの人が此処に居る。 勝手に交わされた契約書を指差して、憎しみを訴えているから…) 若い女性刑事は、何を目的に押収作業をしているなど解って無い。 だが、2課の捜査員が困った顔をして、この資料は犯罪の証拠とばかりに押収している。 異質な捜査に加わり、もうテンパって作業をした。 さて、午後の2時を過ぎた頃。 篠田班長が警視庁に戻り、あの地所の社長こと〔八城 実〕《やつしろ まこと》51歳の取り調べに加わっていた。 マジックミラーの向こうでは、刑事部長と2課の課長が居る。 今、八城と対峙して机を挟み座るのは、八曽刑事。 出入り口のドアの前には、あの髪の長い荘司刑事が立ち。 篠田班長は八城の左側の隅に座り。 八城の右側には、岡崎刑事が立っていた。 「刑事さんよ、これはどうゆう事だ? 此方を騙し討ちにするなんて、警察も遣り方が汚いね」 一方、八曽刑事は被害者の似顔絵と、本当の朝倉史絵子の写真を列べ。 「御宅、さっきはこの朝倉史絵子と契約書を交わした、そう言ったよな。 俺も、他の刑事も見ていたし。 千葉の地元の人は、この人物が朝倉史絵子とハッキリ詳言をしている」 写真と似顔絵を列べられ、似顔絵には防犯映像から引き伸ばされた被害者の顔写真も在る。 八城は、双方の写真を見て顔を強張らせた。 八曽刑事は、木葉刑事と話し合ったままに。 「もう一度、お聴きしますよ。 この、地元の人が本物と云う朝倉史絵子さんと、貴方は契約書を交わした。 そうですな?」 攻められて、責められる感覚に成る八城。 「あ、当たり前だ。 本人の意思で、売買に成ったんだ」 “罠に掛かった!” 荘司刑事も、岡崎刑事も、木葉刑事の思惑に嵌まったと解った。 すると、八曽刑事が笑った。 「そ~なりますとね、八城さん。 奇妙な事に成るんですよ」 「奇妙って、な・何だ」 「実は、此方の似顔絵も在る女性は、先日に殺害されて居るんですがね」 殺人の話が出ると、八城は更に狼狽え。 「俺は殺って無いっ! 不当逮捕だっ!!」 だが、それでも八曽刑事は悠々とし。 「誰も、貴方が犯人とは言ってませんよ」 「たっ、だ・だったら、何で逮捕なんだ!」 「それはぁ、貴方が理解の出来ない嘘を吐くからですよ」 「何だと?」 八曽刑事は、契約書も含めた幾つかのコピーを出す。 「貴方から借りた契約書の筆跡は、何故かこの殺害された女性の筆跡だ。 本物の朝倉史絵子さんと、この殺害された女性の筆跡は、似ても似つかない」 この説明で八城は、刑事にして遣られた事に気付く。 (ヤバいっ) 然し、八曽刑事は言い訳の暇を与えずに。 「それからね、八城さん。 この契約書、不思議な事がまだ在るんですよ」 「な、何が、で…」 「何故なんでしょうねぇ…。 この契約書の一部には、此方の先日に亡くなった被害者の部分指紋が残り。 また、この左や右上の隅には、本物の朝倉史絵子さんの部分指紋が残る」 その説明をされて、八城は更に落ち着きが無くなった。 それでも、八曽刑事は続ける。 「八城さん。 本物の朝倉さんは、この契約書が交わされる3ヶ月ほど前から、行方が解らなく成ってましてね。 近所の人が、病気をしたのか、それとも事件に巻き込まれたんじゃないか、と捜索届けを出してましたよ。 それなのに貴方は、此方の朝倉さんと、亡くなったこの被害者の筆跡で契約書を交わした。 こんな嘘、なかなか在りませんよ」 「あ、ああ・・そっ、それは…」 しどろもどろとなる八城。 相手を自白させる為、本気に成る八曽刑事は、木葉刑事と話し合った事を頭に起きながら。 「おい、八城。 お前が、本当の朝倉さんと契約書を交わしたってのは、明らかに嘘だ。 だが、この本当の朝倉さんの指紋が書類に在る以上。 この偽者の、殺害された女性と契約書を交わしたとしても、お前は相手が偽者と知っていて契約書を交わした訳だ。 どっちに相手を変えても、言い訳は通用しねぇぞ」 罠に掛かった八城は、嘘を捻り出そうと考える。 だが、刑事を遣り込むほどの嘘が浮かんで来ない。 追い詰められた彼がこの寒い春で脂汗を顔に浮かべ、眼をキョロキョロさせて居ると。 八曽刑事が、更に追い詰める。 「今頃、警視庁の敏腕刑事達が、お前の地所の書類を全て押収している。 日に日に、お前の遣った悪事は判るだろうよ。 さ、もうゲロっちまえよ。 素直に話した方が、無駄に嘘を吐く必要も無いゼ?」 八城は、数分ほど沈黙した後に、観念したかの様に供述をし始めた。 “最初、本物の朝倉史絵子に会い、土地の売買を持ち掛けた。 が、彼女は売る気は無いと突っぱねて来た。 後日、もう一度訪ねた時は、留守で全く会えなかった。 だが、年明けにスーパーのオーナーをする〔峯串〕《みねぐし》から連絡が入り。 あの土地の売買契約書を朝倉さんと交わして欲しい、と言われた” こう供述する。 篠田班長は、これは繋がったと。 廊下に出て九龍理事官に連絡をする。 「もしもし、九龍理事官ですか」 「篠田主任、どうしましたか」 「はい。 確保した八城が、替え玉を遣った売買を供述しました。 スーパーのオーナーをする、峯串も関与していると」 「篠田主任、話は解ったわ。 千葉県警には此方が連絡を入れます。 ですから篠田主任は、そっちに居る刑事と連係して、オーナーの峯串も確保して下さい」 「解りました」 篠田班長は、いよいよ事件が解決に動き始めたと腕をマン振り。 廊下に出てきた刑事達を見返す。 「八曽さんは、このままあの八城の事情聴取を。 岡崎と荘司、二人は俺ともう一人の被疑者、峯串の確保だ」 若い二人の刑事は、気合いを込めて従った。 廊下を行き、タバコを吸う為に場所を探す八曽刑事だが。 (さて、あの木葉刑事は、まだ裏が在ると言ってなさった。 松原さんじゃないが、何処まで事件を見抜いているやら…。 あの赤子の事件にしても、年末年始の事件にしても。 確かに、事件を見据える感覚はずば抜けてるよ。 だが、若い奴に手柄が行くにしても、こりぁちょっと考えものだぜ) 其処に。 「おい、八曽じゃねぇ~か」 知った声に振り向く八曽刑事。 「三島、相変わらず忘れねぇ声をしてるな」 山田班の三島刑事が現れた。 「八曽、警視庁に栄転か?」 「バカ、事件だよ。 事件。 それより、タバコ吸える場所は何処だ?」 「案内して遣ろう。 一杯奢れ」 「フン。 一杯でも、二杯でも構わねぇよ」 警察官と成るのが同期の二人。 大学を出た分、三島刑事は早く刑事に成り、警視庁に上がった。 それでも、二人の関係は見ての通り。 その一方で、他の刑事が始めた〔踏田 禊〕の捜査は大変だ。 東京都八王子市に住む遺族に会えば、それはもう怒鳴られた。 当時の捜査した警察署の見解では、社交的な彼女を良く見る隣人が多く。 “愛情の縺れから駆け落ちしたのではないか” と、判断された。 然し、それを言われた家族は、堪ったものではない。 周りの住民からも陰口を言われ。 もう警察不信に成っていた。 飯田刑事と織田刑事に、何人かの所轄の刑事が組むが。 若い刑事は、言われ続けると直ぐにムッとする。 我慢が出来ない刑事は、中々に大成しない。 さて、やはり踏田と云う女性も、昼下がりに忽然と姿を消したらしい。 当時、アルツハイマーを発症した実母が、近くの公民館に行った帰り。 変なセミナーに参加し、数十万円のネット資料を買う契約をしてしまった。 娘の禊はそれを解約させようと、セミナーの有った“コミュニティーセンター”なる施設に行った。 そして、そのまま帰らなく成った。 警察署に行き、当時の失踪人届けを閲覧して捜査の内容を確認する。 また、市役所に行き、コミュニティーセンターの利用履歴を確かめる。 “S・E・K・ネットソリューションズ”なる会社が借りていたが。 電話をするともう不通。 ネットで検索しても、 “怪しい、詐欺師みたいな会社” なる一般の告発記事が数件ヒット。 会社そのもののサイトは削除されていた。 八王子市のハンバーガー店のテラス席。 午後の2時を回ってから、軽く食事する飯田刑事と織田刑事。 サングラスをする織田刑事が、人の往来を眺めながら。 「これは木葉の予想通り、ヤバい気がして来たね、飯田」 「織田さん。 木葉からの連絡だと、向こうの行方不明に絡んで逮捕者が出たとさ。 25年前の事件処か、連続失踪事件だよ」 「元々、知らない処で起こってた事件が、こんな形で浮き彫りに成るなんてね。 あ~、都会はヤダヤダ」 「織田さん。 下手すると、遺体を捜さないといけない」 「下手じゃないよ。 自分の母親のみならず、お年寄りを騙してるって訴える気だった女性の失踪だよ。 7年以上も前で、生きてるなんて考えられないよ」 妻子が居る飯田刑事にしても、何となく他人事には思えない。 「この会社の人間だった奴、誰か一人でも明らかにしないとな」 若い刑事が、のんびり食事しているのに対し。 飯田・織田の両名は次の行動へ。 当時の事を少しでも知る為に、セミナーを受けた人物を探す事に。 だが、昨日や今日の事ではない。 セミナーを受けた時が健常でも、数年すれば高齢者の健康状況は変わっている。 何せ、セミナーを受けた者の8割が、当時で70歳以上だった。 “高齢化に直面する年代の、蓄財テクニックとインターネットの活用法” こんな命題のセミナー。 貯蓄のない高齢者には、確かに飛び付きたくなる命題だ。 だが、やはりセミナーを開いた者達には、詐欺的な印象を持った人物も居て。 スマホや携帯で、その様子を撮していた人も居た。 聴き込みをして、映像データを再度貰って、夜の7時を回る頃には引き上げる事となる。 夜8時半。 千住署に帰った飯田刑事や織田刑事達。 九龍理事官の前に行こうとした一同は、九龍理事官が居ない事に気付く。 飯田刑事を見た篠田班長が、 「お疲れ、飯田。 何か解ったか?」 「班長。 九龍理事官は?」 篠田班長の表情は、何時に無く強ばる。 「今、警視庁に連絡をしている。 木葉が、何か気付いたらしい」 「木葉が?」 「本当の朝倉と云う人物の保有していた土地を違法に売買した、地所の社長とスーパーのオーナーを昼過ぎてからに捕まえた。 双方の言い訳は、朝倉と云う人物が忽然と居なくなり。 例の被害者が朝倉を名乗った為に、あの土地を勝手に売買できると契約書を交わした・・と供述した」 「汚い遣り方…」 織田刑事は唸る。 だが、篠田班長は。 「だがな。 地所の捜索に付き合った木葉は、不自然な契約書を見付けたみたいだ」 「不自然?」 「あのインチキ地所の社長の仕事は、本人ではない誰かを遣って売買契約をし。 一定の期間を経て、別の誰かに売る事を繰り返していた」 聴いた飯田刑事は、直ぐに可笑しいと。 「もう犯罪だな」 頷く篠田班長。 「そうだ。 だがな、木葉は売られてない土地の契約書を見付けた。 然も、東京の外れ、あきる野市と日ノ出町の境に在る狭い土地。 木葉の意見では、それが購入された時が、本物の朝倉史絵子の行方不明と重なるとな。 九龍理事官に話を通して、調べさせて欲しいって…」 その話を聴いた時、飯田刑事は眉間にシワを寄せる。 「アイツ、また何かを察したな」 その後、九龍理事官が来て報告をする飯田刑事や織田刑事。 一緒に居た所轄の刑事達は、休むために会議室を出る。 だが、飯田刑事や織田刑事は、黙って部屋の窓側に残る。 「飯田、織田さん、もう休んでいい」 篠田班長が云うが。 後から戻る市村刑事やら里谷刑事等も、話を聴けば会議室に残る。 話を聴いた松原刑事まで居残る。 織田刑事は、皆に薦められて家に帰った。 そして、夜の11時を回った頃か。 捜査本部の電話が鳴った時、篠田班の刑事が一斉に電話へ向いた。 「もしもし、九龍ですが」 「九龍理事官、此方は鈴木ですぅ」 鑑識員の“モアイ鈴木”こと、鈴木主任からだ。 「今ぁですね、白骨化した遺体が出まぁした」 九龍理事官の眼が、ギュッと凝らされた。 「女性ですか?」 「あ~、二人分です」 「二人も?」 「はぁい、人類学の猛太先生に、連絡をお願いできますか? 鑑識作業で、帰りは真夜中となりまぁす」 少し風が強く成ったのか、鈴木主任の声がブレた。 「解りました」 言った九龍理事官は受話器を置くと。 「理事官、出ましたか」 と、篠田班長が。 「はい。 これで、あの確保された二人も大変でしょうね」 九龍理事官は、また方々への連絡に動く。 飯田刑事は、仲間の刑事と見会う。 「行くか?」 市村刑事は、缶コーヒーを呷ると。 「俺と飯田さんで行こう。 全員で夜中を動いたら、明日に支障が出る。 他は、明日の朝一から頑張って貰おう」 頷く飯田刑事。 「八橋、如月、里谷、明日は任せるぞ。 織田さんのボヤキは、そっち持ちだ」 篠田班長に話を通すと、松原刑事も一緒に行くと云う。 日ノ出町の所轄署は、例の連続通り魔事件で大変だ。 聞き込みの手数は、制限されると解っていた。 一方。 その白骨遺体の発見現場には、木葉刑事、八曽刑事、岡崎刑事の3人が居て。 「スゲェ、マジで出た」 白骨化した遺体を見る八曽刑事は、顔を撫でて見直す。 岡崎刑事など、細い眼が点に成っていた。 主任の鈴木鑑識員が、九龍理事官への電話連絡を終えると。 「木葉ッチ、此方は任せとけ~」 「スズさん、聴き込みに行って来ます」 「夜だから、気をつ~けろぉ」 智親鑑識員が、ハケで骨の回りの土を集めている。 他の鑑識員も、作業に勤しむ。 (凄いっ、凄いですぅ! ピンポイントで、御遺体を発見です~) 心躍り、さりとて不謹慎だから態度には見せない智親鑑識員だが。 その気持ちは、 “これが不正で出来るかっ!!” こんな感じでヤル気に満ちていた。 さて、日ノ出町とあきる野市の境ともなれば、その様子は東京でも都内とは違う。 処に行けば広い敷地を持つ農家だって在る。 聴き込みをするにしても、時間帯が遅いから丁寧さが必要だ。 真っ先に聴き込みへ動いた3人のうち、八曽刑事が先ず訪ねた一軒は、老いた老婦が住む家で。 少し押さえて声を出しながら、インターホンを押した。 1分ほどしてからインターホン越しに。 「何方ですか?」 老いた女性の声がする。 「夜分も遅くに申し訳ない。 此方は、警察の者です。 実は、この間近で事件が発覚致しまして。 簡単なお話を聴かせて頂きたいのですが…」 玄関の内側に明かりが点いて、玄関が開かれる。 老婦を見た八曽刑事は、ライセンスを出して見せ。 「都内の警察署で刑事を致します、八曽と申します。 此方にお住まいの方ですか?」 「はい…」 もう80歳を超えた感じの老婦。 八曽刑事は、玄関の其処へ二人に座って貰うと。 「実は、この道の先の二股に分かれる場所の雑木林の裏で、時を経過した二名の遺体が発見されまして」 話を聴いた老婦は、 「と、父ちゃんっ」 「これは驚いたっ」 と、ビックリする。 八曽刑事は、なるべく手短にすべく。 「実は、何年も前の話に成ると思うので、いきなり御伺いするのも恐縮なのですが。 何か、不審な人を見たとか、日常と変わった事が在ったなど。 覚えている事は在りますか?」 首を傾げる老婦で、互いに聴き会う。 だが、待つこと1分ほどしてか。 「あっ、そうじゃそうじゃ」 夫の方が、何かを思い出した。 それは、今から10年ぐらい前。 家の前の道が補修工事をしていた頃。 夜中も深夜1時を過ぎる時に、この家の庭の木々を軽く折る音がしたらしい。 老夫が外に出て見れば、道路に延びた梅の木の枝がヘシ折られていたとか。 次の日、農家の寄り合いでその話をした処。 その雑木林から西側に在った家に住んでいた、60代の夫婦がこう言った。 “昨日、あの雑木林の奥で音がしてた。 ありゃあ~穴を掘ってたんじゃないか?” “嫌だよぉ。 ゴミでも埋めに来たのと違う? 向こうの佐藤さん、即金で払うって言われて、簡単に土地を売ったみたい” “おう、何でも倍近い値段だったってな” 聴いた八曽刑事は、これは重大な詳言と思い。 「そのご夫婦は、今も住んでらっしゃいますか?」 老夫の方が。 「それが、大桝の旦那は脳溢血で倒れてよ。 夫婦揃って、あ~~~何て言ったか。 ほれ、儂等みたいな年寄の住む」 「老人ホーム」 「おっ、それそれ。 千葉の老人ホームに、二人して入った。 あの土地を親戚に買って貰ったんよ」 大桝なる名前が解っただけで大収穫。 八曽刑事は老夫婦に頭を下げると。 「貴重なお話を有り難う御座います」 老いた奥さんも頭を下げる。 「刑事さん、頑張って下さい」 この家を出て、他の家にも向かう八曽刑事だった。 日付の変わる頃には、あきる野市と日ノ出町の警察官等が更に応援で来るし。 飯田刑事や市村刑事に松原刑事も乗せた車も到着。 深夜2時半まで聴き込みをすれば、あの老夫婦の話を補強する話が更に集まる。 “あの雑木林は、佐藤って云う者の土地だった。 だが、親戚の不動産関係をする者から、遊ばせてる土地を売って欲しいって言われ。 あの場所を回したらしいよ” “あの土地を売った佐藤は、まぁ~~呑み歩くは博打にのめり込んで。 2年前には、借金から家の土地まで手放したらしいよ” “俺は、ハッキリ見たよ。 あの日の夜に、ハイエースみたいな大型のワゴン車が夜中に来て、あの空き地に入ってた。 前の明かりを点けっぱなしで、エンジンも掛かりっぱなしだった。 仕事で遅く成った時に見たんだが。 あんな場所に、あんな夜中でさ。 何か可笑しいって思ったんだよ” 骨が先に運ばれて、刑事達は鑑識員達と後から帰る。 木葉刑事は、コンビニで買った温かい飲料を立正する警察官に渡し。 “寒いけど、頼むよ。 明日にもう一度、鑑識員が調べるかも” 夜の事で、やはり日昼とは作業の進捗も違う。 さて、一旦は引き上げる事に成るが。 運転する市村刑事が。 「木葉。 良く遺体の場所が解ったな」 汚れた手袋をビニールの袋に入れた木葉刑事は、夜の道を眺めながら。 「あの土地の売買に関する書類を見て、何となく不正は解りました。 問題は、居ない朝倉さんの居場所。 或る日、忽然と消えた。 そのまま考えれば、その時に殺害された可能性が考えられる」 「まぁ、可能性としては確かに…」 「問題は、その時に合わせるかの様に、雑木林の土地の購入が有りました。 然も、それで購入したのは、直ぐに金になりそうもない土地です」 「何だそれ」 「だって、市村さん。 土地の形も歪で、何をするにしても、他に土地を求めないと使えない形ッスよ? なのに、その土地を平均価格より倍額を出して買った。 これ以上の怪しさは無いッスよ」 「なるほどな」 市村刑事は、それで納得したが……。 だが、八曽刑事からすると。 “だが、その見極めが早すぎる。 完全に、ガサ入れ前に見定めていた” こう思うのだ。 それは、如実に窺えた。 この今から少し時を戻し。 昨日と成った、夕方5時前。 警視庁で、あの八城なる地所の社長に、八曽刑事が更に詳しい話を聴いていた時だ。 ノックがされ、八曽刑事が廊下に出ると。 其処には、何故か木葉刑事が来ていた。 走って来たらしく、少し肩が動いて息をしていて。 「あ、木葉さん。 ガサ入れは終わりましたか」 然し、いきなり訪ねて来た木葉刑事は、真剣な表情を保ち続けていて。 「八曽さん。 この土地の権利書を八城に見せて、遺体は此処かと聴いて下さい」 「はぁっ?」 「自分は、九龍理事官に連絡する用意をします」 木葉刑事の言っている意味が解らなかった八曽刑事。 軽い説明を受けたが、いきなり言われても困る。 だが、彼の様子からして重要な話と感じて八城に聴いた。 “おい、この売却されてない土地は、何だ? 朝倉史絵子が失踪した時の前後に重なる日付の取り引きだろ? まさか、遺体でも埋まってる…” 疑惑をぶつけようとしている途中で、八城が豹変した。 “いきなり何を言うんだっ! まっ、まさかっ、峯串が何か言ったのかっ!!” 全くの不意打ちで、八城は完全に落ち着きを無くした。 (まさか、本当に遺体が埋まってる?) 八曽刑事も、この一瞬で勘が働いた。 八城の豹変ぶりを観た木葉刑事は、取って返す刀の様に。 もう一人の被疑者を逮捕して移送する、篠田班長に連絡をする。 “班長、峯串って人物は?” “木葉、いきなりどうした? スーパーのオーナーをする峯串ならば、確保して今はそっちに向かう最中だぞ” “スミマセン。 朝倉さんの行方に関する重要な質問です。 峯串なるオーナーに、八城の持つ土地に彼女の遺体を埋めたか、と聴いて下さい” それは、まだ連行途中の車内での話だ。 然し、篠田班長がそれを仄めかせば、峯串なる年配者は観念する様に顔を歪め、頭を前に垂れた。 双方の様子から木葉刑事は確信し、九龍理事官に遺体捜索を頼む。 そして、真夜中には白骨が見つかるのだ。 八曽刑事以下、捜索に加わった3人の刑事。 鑑識作業に来た所轄の鑑識員は、木葉刑事の感性や捜査の勘にド肝を抜かれてしまった。 八曽刑事は2回目の協力だが、やはり神憑り的と思った。 一方、この車両に同席する松原刑事は、今回の事件が大きく動くと思った。 (骨が出た。 嗚呼、骨が…) 木葉刑事達は、警察署に帰って仮眠する。        * そして、明けた次の日は、滅茶苦茶の2日目だ。 朝から、昨日は帰ったり、先に休んだ篠田班の4人は、応援の刑事や千住署の刑事と方々に散る。 八橋刑事は、千葉県の老人ホームを始めに、朝倉史絵子の失踪について千葉県警と連携。 織田刑事は、他2名と八城や峯串の取り調べ。 如月刑事と6名は、鑑識班と白骨遺体を発見した現場へ聴き込みに。 里谷刑事は、他10名と八城の売買契約書を元に、行ける場所から調べる。 他に、失踪した人が居ないか、踏田禊の捜索も含めてで在る。 また、午後には木葉刑事達も動き出す。 八曽刑事、松原刑事、他の若い刑事も続く。 そして、捜査の拡大に伴い、木田一課長から嶋本班にも協力要請が来る。 事件の拡大に伴い、捜査本部に班が新たに加わる事も在る。 そして。 夕方には、とんでもない事実が解った。 八城の白状に因ると…。 詐欺師や地面師など、古くから在る犯罪をネットワークとして組織化し始めた者が居る。 その者の仲介で、土地売買のクリーニングを行うのが八城だった。 地所の保管する契約書の九割は、その洗浄の過程で交わされたもの。 売買するに使う代理人は、その組織的な仲介者へ連絡をすると派遣される。 そして、この朝倉史絵子の時のケースは、何時もとは違っていた。 依頼者は峯串で在るのだが。 黒幕の方から言われた内容は、 “君に任せる” と、これだけ。 これまでならば、土地を乗っ取る巧妙な作戦が有って、第三者が土地の権利書を奪い。 八城は、代理人と云う偽装契約者と売買契約書を交わし。 それから一時の洗浄期間を置いてから土地を晒して、依頼主に売り渡す。 値段は、適性価格より大概が安くなる。 取り調べをしていた織田刑事などは。 “これはデッかい事件が明らかに成った” 正直、ビックリで在る。 自白する八城は、そんな事を100件以上も続けていた訳だ。 が、2件だけ、権利書を奪い取る役の者が居なかった事が在る。 恐らく、依頼主が金を出す事を渋ったからだろう。 一件は、朝倉史絵子の所有する土地。 もう一件は、神奈川県多摩区の土地を所有していた老人の女性だ。 だが、この一件を調べるに付随して、問題も出た。 二課の調べや八城の話で、押収した契約書はほぼ全て偽物だ。 書類の内容が偽られているのだ。 この組織の言いなりに金を払った場合、売買契約書そのものの洗浄が最後の仕上げとなる。 偽物と判る契約書でも、“何処の誰と”、それが解る契約書を残して、“洗浄”と言える訳もない。 権利書を奪う計画の料金、契約書洗浄料金が、唯一削れる料金なのだ。 詰まり、殆どの書類を調べても、 “違法な取引が在った” と云う事は判るが。 誰が依頼主なのか、何処の土地を売買したのか、それが判らない様にして在る。 この事実は、更に捜査を重ねる事で解る。 書類を頼りに相手へ電話を掛けても、全く関係ない人に話を聴くことに成る。 2課の課長やこの手の詐欺などを扱う係長は、こんな手口の犯罪は初めてと困惑した。 それから一日、一日と過ぎて。 新たに一班が加わり、捜査の足は早まった。 が、殺人や書類偽造の罪だけが明らかに成って行く。 3日後には、発見された白骨遺体の片方は、朝倉史絵子の物と断定される。 歯の治療痕、ネックレスにした結婚指輪などから確認が取れた。 また、押収した書類の中で洗浄の作業から溢れた数件については、偽装売買の実態が明らかに出来た。 だが、奪取や偽装を依頼した者の話だと。 土地を手に入れたいとは思って居たし、愚痴を溢したりしたが。 自分達から犯罪組織を探した訳では無いと云う。 各々違う人物なのだが、男性だったり、女性だったり、唆す第三者が現れた事は確かだと語る。 最初は、土地の相談をしに来るなど、地所や不動産関係の者を装って来たらしい。 それから、 “不正をしてでも土地を手に入れたい…。” こんな話をする仲に成り。 また、その後も。 “どれだけ金を出せるのか、金の都合が付くのか、どれほど本気なのか…。” まるで深みにズルズル嵌まる感覚で。 その気に成って金を渡せば、欲していた土地の所有者が消え。 土地の権利書が八城の地所に売り渡される。 言われるまま金を払い、最後に土地の代金と洗浄代金の請求が来る。 土地の権利書まで手に入れられたならば、後は土地を買うだけ。 最後の最後で出し惜しみする者は、洗浄をされずこうして捕まる事に成る。 “嗚呼、たった数百万を渋ったばかりに…” 2課に捕まる者は、皆が口々にしたとか。 3月の終わりに、朝倉史絵子の殺害容疑で峯串を。 4月始めに、二人の殺害容疑で八城を起訴する運びとなった。 バタバタする捜査本部だが、二人を起訴すれば浮いて来るのが本件の殺人。 そして、踏田禊の失踪。 今回の殺人事件の被害者と成ったあの女性は、確かに犯罪に荷担している。 殺害の動機がその辺りに在るのか、否か。 まだ、解らない。 嶋本班は、起訴する2人の証拠固めや追捜査を担う事に成った。
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