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其処へ、木葉刑事がノソノソと入った。 入り口で立ち止まり、部屋を見て回す。
「失礼~って、あ~~~保科さんも居ないか」
声で振り返った鴫鑑識員。
「木葉殿、何か在ったかえ?」
「九龍理事官が、な~んか解った事が無いか~ってサ」
「ふむ。 中々に急かすのぉ」
すると木葉刑事は、此方を見てきた30代の男性鑑識員にも眼をやり。
「下手すると、日ノ出署の事件と合同に進む可能性が在るみたい。 此方の証拠品は、所轄の鑑識員さんに任せる事になるかもよ」
「ん? 木葉殿。 それは、何故に?」
「解剖に立ち会ってた進藤さんは、あの見つかった遺体の人物を被疑者とするのは早急だと思ってた。 見つかった遺体が、偶々に通り魔事件の証拠品と成る凶器を持たされていたならば、それは被疑者と遭遇した事を意味する。 厄介な事に成ったら、進藤さんも大変に成るよ」
話を聴いて、鴫鑑識員も、同じ班の男性鑑識員も、表情が変わった。
其処に、何かの着信音がした。
「メールじゃ」
鴫鑑識員が、班で使うノートパソコンに来たメールに気付く。
同僚となる男性鑑識員が。
「木葉刑事。 此方の被害者については?」
「まぁ、身元を知る手懸かりは、今の処は…」
「そうですか」
「ただ、微細物を含めて、幾つか手懸かりに成りそうな…」
言っている最中に、鴫鑑識員が。
「木葉殿っ、これを!」
鋭く言われて、木葉刑事はノートパソコンに寄った。
内容を読めば、木葉刑事は腕組みし。
「何か、気味悪い事件って思ったけど、蓋が開けばやっぱヤバかったか…。 こりゃ、地雷を踏んだ」
木葉刑事の表情が強く引き締まる。
一方、メールでは。 先程に被害者の顔から採取された指紋が、25年前の事件で採取されたものと一致した、と云う文面を見た男性鑑識員が。
「過去に採取されただけよ。 もう時効が成立してる」
だが、木葉刑事が首を左右に振る。
「いや。 確かこの事件では、複数の被疑者が居る可能性を証拠品が示唆してた筈。 また、その被疑者の一人と思われる人物が起訴されたけど。 公判中に倒れたり。 また、意識が戻った後も、心神耗弱を理由に公判が延期されたり、心神喪失を理由に裁判が延期され。 判決が決まったのは、数年前だったと思う。 この事件に関して判決が時効撤廃の改正後ならば、下手すると…」
すると、鴫鑑識員もハッとする。
「事件が裁判になれば、確かその罪に対する時効は停止いたしまする。 その時効の停止は、確か・・共犯者にも適用されるとか。 木葉殿、時効が進み始めるのは?」
「時効撤廃前ならば、判決が出た時からです。 ですが、時効撤廃後ならば、殺人ならば時効はナシ。 傷害致死や強姦致死などならば、25年に」
男性鑑識員は、メールをまた見る。
「判決が出た人物の罪状は、殺人幇助や死体遺棄や証拠隠匿。 この事件の主犯はまだ捕まって無いから、嗚呼・・犯人ならば殺人だ!」
彼の音読に合わせて頭を掻いた木葉刑事。 メールの内容を資料としてプリントアウトして貰う間に。
木葉刑事が、男性鑑識員へ近付き。
「あの」
「あ、何だろう」
「進藤さんが指紋を採取したの、午後の1時ぐらいなんだけどね。 指紋照合、にしても早くない?」
「あ、あぁ。 いや、そうでもないよ。 指紋照合には、プログラム上に順序が在ってさ。 凶悪犯やテロリスト。 他、逃亡犯なんかは比較的に優先順位が先だと思う。 後は、前科の多い者とか…」
「なるほど、ね」
「それより、時効って裁判に掛けられるだけで変わるんだ」
「あ~、ホラ。 一時期、死刑を含む時効が25年に改正後。 数年して、時効が撤廃されたでしょ?」
「あ、そうだね」
「その改正後の施行された時に、裁判中の場合の解釈が結構しっかり議論されたんだよ。 その時に出た意見で、時効が停止している案件に対しては、新しく施行された基準に統一する旨の内容だった」
「でも、時効の停止って、共犯にも適用されるのか」
法律的な話をするのが、講釈を垂れるみたいで歯痒い感じがする木葉刑事。
「なんかそうみたいだね。 頭の良い後輩の話のニュアンスだと時効ってのは、事件と罪に対するもので、個人に対して設定されたものじゃないって感じかな。 寧ろ我々、当該機関へ、捜査について時間を掛けすぎる事に対してのペナルティの面が強かったみたいだよ」
「はぁ、ペナルティ? 何で」
「如何なる犯人も、罪を逃れるとは言え。 長い間を生きれば、その大変さは言わずもがな」
「まぁ、そうだ。 時効って、その苦労を考慮して設定されたものじゃないのかい?」
司法試験を突破した二課の迅に、警部補の試験を受ける際に法律を教えて貰った木葉刑事。 小難しい解釈を話にするのは苦手だから、解る事を曖昧に言う木葉刑事。
「いや、多分はそれだけじゃない。 昔は、今ほどに科学捜査も発達してなかった。 証拠品や証言は、賞味期限みたいなものが在るとして。 裁判が成立しない位の過去と成る事件なんか、発覚しても大変だろ?」
「はぁ?」
「今が基準じゃ無いよ」
「ゔ~ん、解りにくいよ」
「ほら、時効だってサ。 被害者とその家族が居て、事件を起こした事についての現実的なリアリティも加味されて設定されたんじゃない? でも、色々と一般の意見を聴いて行くと、撤廃の方向に行かざるえなく成った」
「そうなのか」
「被害者の遺族からは、憎しみは年月で薄らぐ事は無いって言われるし。 また、初犯だの、判例だの、積み重ねて来た裁判の歴史で出来上がった解釈って云うか。 通例・通念みたいなものと、世間の考える罪の重さがそぐわなく成って、裁判員制度も出来た。 それに加えて、DNA鑑定やら顔認証とか、科学捜査は目覚ましい発展をし。 また、劣化した証拠すらも誤認が少なく、使える様に成って来た。 だから、死刑を含む罪の中でも、殺人は時効を撤廃。 他の罪に対しては、時効を引き上げて対応したって処みたいなんだよ。 多分はね」
其処へ、鴫鑑識員が資料を持って来る。
受け取る木葉刑事は礼を言って、鑑識課の部屋を出て行く。
その背を見送る男性鑑識員は、
「流石、無駄な様に見えても、警部補だけ在る。 法律についても、理解が在る」
と、言った。
(当たり前じゃ)
思うだけにした鴫鑑識員。
だが、直ぐに。
(過去の事件に関わる指紋とな。 これは、早期解決も危ぶまれる…)
改めて気を引き締めて、事件に臨む気持ちに成った。
午後の3時46分。
木葉刑事から報告を受ける九龍理事官と篠田班長。
「指紋の関わる事件は、青森県は・・八甲田山も近い酸ヶ湯温泉とその周辺をで起こった失踪…」
九龍理事官は、事件の概要が明記された文章を読んだ。
木葉刑事は、篠田班長と机を挟んで座り対峙。
「班長、この事件の時効は、撤廃ですかね」
「恐らくは、そうだろうよ。 裁判が長引いて、被疑者の一人に判決が下ったのが6年前。 しかも、共犯の存在は解っていたと成れば、裁判が続く間は時効が停止する。 再び時効が進行したのは、時効撤廃が施行された後だ」
「でも問題は、過去の事件の死体ッスね」
「未発見らしいな」
頷く木葉刑事。
「死体は発見されないままの起訴で、良く判決が出たなって思います」
「いやいや、3人分の致死量に到る血液が見付かり。 内2人の肉片だって見付かってる。 それに、行方不明と成ったままの被害者の身元が割れてるんだ。 殺人事件として立件され、裁判官が殺人としての起訴を認めた。 もう遺体の云々じゃないぞ」
其処へ、九龍理事官が顔を向けて来る。
「木葉刑事」
「はい」
「他の捜査から戻った捜査員を連れて、市村刑事の応援に行って下さい。 被疑者、被害者、どちらでも良いので、足取りを追うための手懸かりを。 防犯映像の捜索をお願いします」
「解りました」
木葉刑事が立てば、聴き込みから戻った松原刑事が寄って来る。
「木葉さん、お付き合いしますよ」
「松原さん、今回も宜しく御願いします」
「いやいや、頭を下げるのは此方の方ですよ」
何人か、与えられた仕事から戻っていた刑事が居たが。 一緒に成って出て行く。
さて、防犯映像を追う市村刑事達は、山手線等の駅に連絡をしながら一方で。 街中の防犯映像を事件現場から波状に、区分けされた配置から手分けして回収していた。
警察署を出る前。
- 何だと? 前の在るホシだってか。(市村) -
音声機能を使ったショートメールをやり取りする機能で、木葉刑事と市村刑事が情報を交わす。 班の皆が見える形だから、飯田刑事も見ているかも知れない。
- そうなんス。 市村さん、此方はどうします?(木葉) -
- 今、被害者は地下鉄日比谷線で、秋葉原に行ったのは解った処だ。(市村) -
- じゃ、乗り換えたんですね? そちらに合流しましょうか?(木葉) -
- あぁ。 だが、飯田さんの方にも、誰か手伝いに行った方がいい。(市村) -
木葉刑事は、他の応援で来た捜査員に。
「皆さんは、防犯映像の回収に行って下さい。 雨の日ですから、聴き込みへの応援には自分が行きますよ」
頷く中堅刑事達は、駅に向かって行く。
が、松原刑事は残った。
- 飯田さん、どの辺ですか?(木葉) -
- 木葉、大変なヤマ(事件)に当たったな。 今、現場周辺から波状に聴き込みしてる。(飯田) -
車に向かう木葉刑事。 松原刑事も同行する。
- 飯田さん、そっちに行きますが。 先に、少し自由に聴き込みをしますよ。(木葉) -
- 解った。(飯田) -
車に乗り込む木葉刑事は、エンジンを掛けながら。
「松原さん。 今回は、早期解決は難しいかも知れないッスね」
助手席に座る松原刑事だが。
「この雨が助けに成ればイイんですがね。 然し、25年も前のヤマの関係者が被疑者とは…。 定年前に捕まえたいですよ」
先ず、木葉刑事は現場に立ち返った。 松原刑事と二人して、立正する警察官に挨拶して寺の敷地に入る。
「松原さん」
「はい」
「こんな場所に、被疑者と被害者は来た。 防犯映像からすると、被害者は呼び出されたんでしょうかね」
推測を口にしている木葉刑事。
だが、松原刑事も。
「防犯映像からしますと、被害者は一人で来たみたいですな。 ですが、被害者はともかくも。 被疑者らしき人物は映像に見当たらないとか。 どうやって此処まで来たんでしょうか」
「不審な車ならば、まだ7時や8時頃ならば見掛けられても可笑しくないッス」
「この北千住界隈ならば、確かに」
話す最中でも、木葉刑事は異質なモノを視る。
“あの大馬鹿っ! 坊主の格好なんかしたって、人殺しっ! アタシと一緒じゃないかっ!”
寺に向かって、今回の被害者が叫ぶ。
木葉刑事は、もう犯人が何をしたのかは、朧気に解っていた。 だが、犯人はこの寺の坊主では無い。
木葉刑事の捜査は、常人には異常となる。 人の見た目では“奇蹟”、木葉刑事からすると刑事としての捜査なのだが…。
木葉刑事が先に、現場となる寺の敷地に入った。 一般の寺にしては、佇まいが新しいお寺だが。 幽霊と成った被害者は、境内に入って行く。 後を追う様に向かった木葉刑事。 小砂利を敷き詰めた境内には、三方の隅に松や杉が一本で植わる。 そして、寺の直ぐ前、表の一角には、血みどろの砂利が在る。 現場保存の為、一部の証拠物には仮設テントで保護されていた。 ブルーシートの幕を捲り上げて、木葉刑事と松原刑事が血痕を観た。
「此処が、殺害の現場か」
「寺の真ん前。 寺の中に上がる階段にも、血痕が在りますね」
二人して、現場の様子を直に見て、情報を頭に入れて行く。
だが、寺の裏側に回った時だ。
「ん?」
寺の境内と外側の敷地を隔てる竹の垣根の一部で、三毛猫が頻りに臭いを嗅いでいる。 そして、フレーメン反応なる変わった表情をする。
(猫が不細工な面をする場所を、被害者が指差している・・か)
木葉刑事はスマホを取り出すと、何処かへ掛けた。
「もしもし、九龍理事官ですか?」
「木葉さん、何か?」
「無駄骨を覚悟で、鑑識員を一人でもいいから現場に。 ちょっと、気になる事が有りまして…」
「解ったわ」
いきなりの話に、松原刑事は目を丸くする。
「木葉さん。 な、何か在りましたか?」
「あ~、話は結果が出た後にしましょう。 自分も、半信半疑なんでね」
「はぁ?」
寺の他の様子を見回しながら待っていると、鴫鑑識員が連絡を寄越して来た。 寺の裏側に来て欲しいと頼めば、所轄の女性鑑識員と来た。
「木葉殿。 何かの見落としが?」
「あ~、猫なんですが」
「猫?」
一緒に来た若い女性の鑑識員は、呆れて遣る気を無くした顔を明け透けにする。
だが、木葉刑事はそれを何とも思わず。 竹垣の腐って壊れた一部の横を指差す。
「この雨だから良く解らないだろうけど。 猫が来て臭いを嗅ぐや嫌がったんだ。 何が有るのか解らないけど、竹垣のこの辺りを調べてくれないかな」
その場所に近付く鴫鑑識員は、膝を折って前屈みに成ると少し眼を細め。
「フム。 何やら臭いが、微かに致しまするな。 多分は、尿と思いまする」
「採取して調べてみて下さいよ。 何かの手懸かりになれば、儲け物ぐらいで構わないッス」
「承知」
鴫鑑識員へ傘を掛けた木葉刑事だが。 彼の見る景色は、常人離れしている事を知る鴫鑑識員。
だが。
「猫の尿なんて、採取してどうするんですかっ! この忙しい時にっ!!」
一緒に来た鑑識員の女性は明らかに苛立って、来た道を戻って行く。 傘を掛けた木葉刑事は、鴫鑑識員の作業を眺めてから、周りを窺うが。 松原刑事は立ち去る女性鑑識員を目で追いながら移動すると、彼女は寺の垣根の外側、敷地内となる駐車場に消える。
然し、採取する鴫鑑識員は冷静だ。
「この雨の中で、警察職員が大勢に来た為か。 猫も驚き、此方には来れなかったと思いまするのぉ」
すると木葉刑事は、寺の床下と竹垣を交互に眺め。
「それが、猫の尿と確信したいんですよ。 まさか、人のモノとは思えませんが…」
こう言った木葉刑事を、鴫鑑識員も、少し離れた所で聞いた松原刑事も、ビックリして見返す。
「木葉殿、よもや、ま・まさか…」
「鴫さん。 何も確信してませんよ。 ただ、尿が猫の物のみとは、調べてない今は断言は無理でしょう?」
木葉刑事はダメ元の様に言っているが。 松原刑事の方が緊張する。
(あっ、そうかっ! 犯行後、絶対に直ぐ現場から立ち去るとは限らない。 寧ろ人の眼が周りに沢山在ると解るならば、真夜中に成るまで潜伏していたと考えても不思議は無い。 住職が居なく成った寺は・・・最適の隠れ場所かも知れない)
緊張する松原刑事は、一瞬だけ木葉刑事から眼が離せなかった。
“また、新たな可能性が見える”
こう思った松原刑事は。
「ちょっと、外側も見てきますよ」
と、寺の境内から出で行く。
さて、砂利と竹垣の辺りを綿棒で丁寧になぞる鴫鑑識員。 その他に、サンプルとして猫の毛等も採取する。
その後は、寺の床下も見た。 寺の床下にも、小砂利が敷いて在り。 足跡を見付ける事は難しそうだ。 この寺は、床下がやや広くて高さも在る。 木葉刑事が軽く中腰に成って見れば、床下に潜れるのだ。
鴫鑑識員と木葉刑事が床下に入り、足跡痕を探すその作業が終わりに近付くと。
「木葉殿」
「はい?」
「今回の事件の被疑者が、25年前の事件の共犯と成った場合なのですが、の」
「はい」
「裁判は、どう成るので在ろうか…」
「先ずは、此方の事件の捜査がどうなっているか、その結果次第でしょう。 ほぼ全容が解ってる処で確保が出来ればイイですが。 起訴までの証拠固めが出来ないならば、向こうからも捜査する為に人が来ます。 まぁ、面倒って事だけは確かでは?」
「ふぅ、それは大変な…」
2人がこう話す時に。 外側の遺体遺棄現場となる駐車場では。 先に車両へと戻った若い女性鑑識員に、松原刑事が会っていた。
「君。 鑑識作業をしなくていいのか?」
運転席に座る若い女性の鑑識員は、完全に聴く気が無いらしい。 松原刑事が来た為、窓を開けたのみ。
「あの場所の尿が、今の時点でも猫のモノと君は断定が出来る訳だな。 ほう、これは優秀な後輩だ。 私など、何時に引退しても大丈夫だ」
松原刑事は表面上では笑いながらも。 その脳裏には去年に懲戒免職を言い渡された、例の自作自演で刑事に成った若い女性職員を思い出していた。
それは、去年。 或る事件にて。 刑期を終えて出てきた元囚人と云う人物へ、暴言を吐いて最初っから疑いを掛けた女性刑事は、懲戒免職として警察機構を去った。 寧ろ、自作自演で犯罪をでっち上げた事から、犯罪を犯した者として捕まった。 今、彼女は書類送検されて、訴えられ。 民事裁判で、相手と争っていた。 週刊紙では、今もその一件が時々に載っている。 松原刑事は、一時は一緒に居た同僚として、後輩として、定年前に苦い経験を味わった。
そんな松原刑事の前で鑑識課の若い女性は、噂に木葉刑事の事を聴いていたらしい。
「あんな不正をするって噂の刑事なんか、早く辞めればイイのに…」
不満全開に彼女が言う。
傘をさした松原刑事は、雲行きを眺めて彼女を見ず。
「この事件の犯人が殺害後、現場から直ぐに立ち去ったならば。 この北千住だ、誰かが見てるだろう。 だが、人の多い事を考えていた場合、直ぐに立ち去らなかった場合は、どうだ?」
一つの可能性を問い掛けとして呈された彼女は、初めて疑問を抱く。
「はぁ?」
彼女は、松原刑事を見た。 が。 松原刑事は彼女を見ずのまま。
「まだ捜査が始まったばかりの段階と成る今、穿った見方をすると。 この寺の住職が犯人、とも云えなくも無い」
松原刑事の話に彼女は、
“もう事件の何かが解ったのか”
と、緊張し始めた。
然し、松原刑事は流れる様に話を繋ぎ。
「だが、その事を示す物証は、今の処で何も無い」
とも語る。
彼女からしたら、肩透かしを喰らう気分に成ろうとする。
然し、その拍子一つの瞬間で在る。
「ま、住職の詳言を信じて、彼が事件に関係なく帰ったとして、だ。 すると同時に、寺には誰も居なくなる。 その場合、犯人は絶好の潜伏先を事件現場に確保が可能だ」
松原刑事の話に、彼女はみるみる驚愕の表情へと変わった。
此処でも、松原刑事は彼女を見ない。
「あの尿が、万が一に人の物だった場合。 それをした人物は、誰だ? この雨の中でも猫が臭いを嗅ぐってならば、まだ臭いが残ってるって事だ」
こう言いながら松原刑事は、漸く彼女を半身から見て。
「遣る気を棄てる以上、絶対に、猫の尿なんだろうな? 俺は、もう馬鹿の尻拭いまではしたく無いぞ」
こう言うと、寺の外側の裏に回るべく歩いて行く。
(嘘、そんな・・嘘!)
“見落としが生まれたかも知れない”
漸く察して慌てた彼女が動こうとする。 其処へ、後部ドアが開いた。 鴫鑑識員が乗り込んで来て、
「木葉殿、後は任せてくだされ」
と、言い返す。
頷く木葉刑事は、松原刑事を追って寺の裏側に向かった。 寺の回りを見てからは、聴き込みに向かうのだろう。
鴫鑑識員はドアを閉めて。
「さあ、出してくりゃれ。 これも、科捜研に運ばねば、の」
「あ、あ、はっ、はい…」
車を出そうとする彼女だが、そのハンドルを握る手が震えているらしい。 バックで路上に出る事に、不必要な回数の切り返しをした。
さて、聴き込みに入る木葉刑事は、飯田刑事に今の事を伝える。
“解った。 死亡推定時刻に拘って絞らず、事件発覚までの間で話を聴く”
柔軟な飯田刑事は、こう返した。
一方で、松原刑事も電話をする。 相手は、顔は良く良く見知ったら八曽刑事。
「もしもし、おぉ、ヤソ」
「あ、松原さん。 何ですか」
「いやぁな…」
八曽刑事に電話を掛けて、木葉刑事と同じ話をした。 被疑者が現場に一時なり潜伏した可能性も在る、と感じた八曽刑事。 聴き込みの時間的な範囲を広げる事で、八曽刑事も松原刑事と意見が一致する。
それから刑事達は、足を使って動き回った。 夜9時を回り、木葉刑事が捜査本部に帰る。 髪は湿り、スーツの肩が雨に濡れていた。 聴き込みや映像回収に動いた皆が、スーツを濡らしたり、汚していた。
「木葉、御疲れ」
「木葉、帰ったか」
タオルを手にしている飯田刑事と市村刑事が居た。
戻って来た木葉刑事は、九龍理事官の前に立つ。
「九龍理事官、遅くなりまして」
「大丈夫よ。 私も泊まるから」
「報告します。 今の処、不審な人物の目撃情報は在りません」
すると、九龍理事官がペラ1の紙を見せる。
「A型だって。 男性みたいね」
「はい?」
「貴方が、鑑識員に採取させたモノよ」
「あ・・・人のモノでしたか?」
「詳しい事は、検査待ち」
「はぁ」
資料を整える九龍理事官。
「一応、検事総長に問合せたわ。 向こうも、まだ見つかって無い御遺体の事件も関わる。 だから、関係者を見付けて欲しいそうよ」
「理事官。 立件は?」
「言うまでもない。 殺人罪の時効は、基本的に法律上撤廃されて無くなったわ。 然も、関係者は指紋と云う形のみだけど。 当該機関、詰まりは事件を捜査してい青森県警に存在は確認されていた。 3人の女性を殺害した被疑者か、否かはまだにしても。 共犯ならば、確実に起訴は可能よ」
「それを聴いて、モチベーションは維持されました」
然し、九龍理事官の表情は涼やかで。
「木葉さん。 あの朝の被害者の身元、案外サッパリ判るかもよ」
態とらしく、眼を見開いた木葉刑事。
「それは、有り難いッスね」
何となく、彼はこう解っていた様に見えた九龍理事官。
「昼間に、貴方が検視へ立ち合った際に。 被害者の足のファンデに気付いたでしょ?」
「あぁ、化粧をしていた部分ッスね?」
「そう。 あの被害者、足の脛骨を人工骨に入れ換える手術を受けたみたい」
「そうゆう手術に使用された部分ならば、シリアルナンバーから追えそうですね」
「そ」
「んじゃ~報告待ちって事で、失礼します」
「はい。 風邪をひかない様にしてね」
頷く九龍理事官は、木葉刑事を気遣った。 身を飯田刑事達へ返そうとした木葉刑事だが。 直ぐに動きを止めて、九龍理事官に戻すまま。
「理事官」
「ん?」
「あ~、郷田管理官や進藤さんは?」
「まだ戻って無いわ」
「一度も?」
「うん」
日ノ出署の事件に、良かれ悪かれ動きが在った…。 こう木葉刑事は察した。
「向こうも大変に成りましたかね」
「多分ね。 この時間に成っても、被疑者死亡の記者会見を開かないわ。 ニュースだと、憶測みたいな報道をしてるけど。 郷田さんも、ハッキリしないから出来ないのよ。 だとするならば、被疑者じゃ無かった事実が確認されたかも」
「意外に、迷宮入りかな」
ボソっと言った木葉刑事に、
「こーら、縁起でもない」
九龍理事官が釘を刺す。
「あ、すいません」
頭を下げた木葉刑事が後ろに下がる。
木葉刑事が近付くや、飯田刑事と市村刑事が立ち上がった。
「木葉、メシ行こう。 交差点の向かいに、ファミレスが在る」
「松原さんや八曽さんは、先に行ったみたいだ」
頷く木葉刑事だが、
「鴫さんとかも誘ったら如何で? 鑑識員の女子、市村さん好みの様な…」
と、知った口で言うではないか。
九龍理事官の前では、言われたくない。 実に、苦い顔をする市村刑事。
「木葉っ。 てめぇ、しれ~っと人の好みを把握すんなっ」
だが、微笑する飯田刑事が。
「フン。 浅い恋愛で満足が出来るとは、安上がりだな」
「飯田さん、それは口が過ぎる。 俺は、誰にでも本気だ」
疑る眼差しを彼へ向けるのは、木葉刑事から九龍理事官や篠田班長も含めて。
「あ、な・何で全員からそんな目をされるんだよ」
場の空気に驚く市村刑事。
前をコソコソと行く木葉刑事が。
「相手が本気に成って結婚をしたがったら、飽きて棄てるンでしょ? そんなの、普通じゃ無いッスよ」
木葉刑事の正論に、九龍理事官が頷きを一つ。
居場所を見失う市村刑事は、
「木葉ぁっ、飯田さんっ、後で覚えてろよっ」
と、もう居たたまれ無くて廊下に出る。
煩い刑事達が去ると、九龍理事官はクールに資料へ目を落とす。
「篠田さん。 先に休憩へ行って下さい。 本日は、夜中まで私が此処に居ますから」
「あ、はい」
席を立つ篠田班長だが。
「理事官」
「はい?」
「このヤマ、難しい事に成りますよね?」
既にそうだから、頷くのみの九龍理事官なのだが…。 次に、資料から少しだけ視線を外すと。
「・・でも」
呟く彼女で、長いテーブルの前に出てきた篠田班長が止まり。
「はい?」
「篠田さんの班だから、迷宮入りは無いんじゃない?」
「え? あ、はぁ?」
ビックリした篠田班長に、九龍理事官は一瞥だけして資料へと眼を戻せば。
「だって、今まで未解決は、あの連続した事件だけでしょ?」
「あ、まぁ…」
「大船に乗ってる気分で居させて貰うわ」
この発言には、とんでもなく困った篠田班長。
「理事官」
「はい」
「その弄りは、木葉にお願いしますよ」
篠田班長の様子をまたチラ見した九龍理事官は、また資料に目を落とす。
部屋から出で行く篠田班長だが。
(顔には見せないが、相当に神経を使って居なさるよ。 こうなると、やっぱり木葉頼みかな)
廊下に出て歩く篠田班長は、鑑識員数名を連れる飯田刑事や市村刑事を見付けて。
「お~い、俺も行くぞ」
だが、その中に木葉刑事が居ない。 皆の後から遅れ、鴫鑑識員と出で来る。
「木葉殿。 ほんに、驚きじゃ。 あの尿が、人の物と」
「結構雨に打たれたのに、今の科学捜査は凄いッスね。 血液型も、性別も判るなんて」
「じゃが、あの尿の腐敗は、まだ初期段階だそうな。 もしかしますると、関係者の物かも知れぬぞえ?」
「それは、事件当夜の事と捉えて構わないンですかね」
「検査次第じゃが、そう言って構わぬかも」
「やっぱ、犯人は一時的に寺の中に居たかな」
最後に階段を降りる2人だが、もう捜査の話に入り込む。
待っていた市村刑事やら鑑識員は、男女の話でもしてやしいかと探り見るも。
「鴫さん。 進藤さんから連絡は来ました?」
「それがの、木葉殿。 心配をして、メールを送ったのじゃが。 まだ来ぬ。 何や、胸騒ぎがして、の」
「郷田管理官も此方に戻らないって事は、大変なのかな」
二人の話に、鴫鑑識員と同じ班の男性鑑識員が。
「向こうの捜査本部に来た一課の班は、新しい班なんですよ。 なぁ~んか、まだ班の団結力も無くて…」
それは困ると飯田刑事が話を重ね。 他の鑑識員も口を挟む。
傘を差した皆で和風ファミレスに入り、窓側の個室に入った。 既に、先に戻っていた八曽刑事や松原刑事が居て、木葉刑事の居る席に移動して来た。 意見交換をしながらコーヒーを舐め、明日からの話をする。
事件発生と成った初日から、難解さを示す事件と成った。 警察署の仮眠室で寝る木葉刑事は、今回の事件に身震いする想いだ。
(この事件も、大変な事件だ。 被害者に対する怨念の多さが、何に繋がるんだろう………)
被害者に纏わり付く怨念の多さは、明らかな他の事件性を示唆していた。 霊能力が、また木葉刑事を異質な事件へ導いて行くのか。 不安だけが、身近に寄り添った。
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