時が満たりて凍蠅が葬列を為せば、埋もれた罪が時効の天秤にて計量(はか)られる

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       2 明けた次の日は、また冷たい雨。 朝の9時前。 起きた木葉刑事は、シャワーだけ浴びて着替えた。 隣のコンビニに行って見れば。 「鴫さん、朝ぐらいは奢ろうか」 「いきなり、何ぞ?」 「いや、顔を合わせた挨拶代わりだよ」 「妾は、奢られても嬉しくは無いがの。 それより、事件の事を考えてみたら如何か?」 鴫鑑識員が、30代の所轄の男性刑事に言い寄られて居た。 (美人も大変だねぇ) 意気って注意するのは違う気がした木葉刑事。 春の新商品となる菓子やパンにドリンク。 おにぎりコーナーまでゆっくり回ると。 「木葉、来てたか」 「市村さん。 御早うッス」 「おう」 「ねぇ、市村さん。 この新商品、“黄金のおかか”って、何ですか? おにぎりで298円って…」 「ん、これは凄いぞ。 一級品の高い鰹節を使ってるんだ。 また、削り方もかなり拘っている」 説明されて、東北生まれの木葉刑事も、しょっぱい物好きだから。 「買うか」 「1個な。 俺も、1個買う」 二人で買って並んで外に出ると。 「うん、うん、そうか。 ママは、そんな事を言ったのか~」 傘を手にした飯田刑事がスマホを耳に宛がい、恐らく娘を相手に話しているのだろう。 「飯田さん、娘に対するとどうしようもないな」 呆れた市村刑事。 もう木葉刑事は解りきっていた。 「市村さん、気にしないで」 「解ってるさ」 傘を手に2人して警察署に戻れば。 玄関ホールを入って直ぐの階段前にて。 「いい加減にしてくれまいか。 御主と話し込む筋合いは無いわえ」 醒めた声音となる鴫鑑識員が、先程の男性刑事に引導を渡している。 市村刑事は、それが癪に触り。 「お…」 何か言おうとするが、木葉刑事が手を掛ける。 「市村さん。 “触らぬ神になんとやら”、ですよ」 「だが、木葉…」 警視庁の刑事が来た事に気付いてか、所轄の刑事も先に階段を行く。 見上げる鴫鑑識員は、 「困ったものじゃ」 と、呟いた。 市村刑事が鴫鑑識員に近付くと。 「市村殿。 妾の歳で結婚しないのは、女として終わって居るそうじゃ」 「終わってる? そんなの向こうの勝手な意見だろ」 「確かに。 じゃが、勝手は皆が同じよの。 “美人”の妾が男性と付き合わないのは、悲しく虚しい事だと」 「バカらしい」 「うむ。 じゃが、それよりも。 この顔が事故か病気か、何かしらの理由で美人に成らなくなったら。 今度は、殿方よりどう思われるのであろうな」 問われた市村刑事は一瞬言葉に詰まり、何の返しも出来なかった。 市村刑事が鴫鑑識員に親しく近寄る要因の理由は、確かに鴫鑑識員の美貌が前提に在るからだ。 が、2人を差し置いて階段を上がり始めた木葉刑事。 話す二人を越えて、階段に到達した訳だが。 「そろそろ仕事ッスよ。 アホと思うならば、アホに構うは、只のバカに成ります」 乾いた彼の声は、その言葉とは少し違うニュアンスを人に与える。 市村刑事には、 (コイツの主観は何処に在るやら…。 頭の中じゃ、事件の事のみが在る) と、思わせ。 鴫鑑識員には。 (確かに、木葉殿の仰る通りよの。 自分が相手にする気の無い者の事を論じるのは、時間を無駄にするのも同じじゃ。 さて、今回の事件はどうなるやら…) 先に階段を上がる鴫鑑識員と、その後を行く市村刑事。 二階の鑑識課に向かう鴫鑑識員が、ふと足を停めて会議室に向かう木葉刑事の背中を見た。 (あの御方の心には、誰が居るのかのぉ…) 彼女の目、顔が女に成る瞬間が在る。 それを観るのは、市村刑事。 (なぁ、木葉。 過去の女は、もう終わった事だ。 今、今の女に目を向けても構わないだろうが。 時間は待たないぞ、止まらないし、巻き戻らない。 これだけ事件を見て来たお前が、解らない訳が無いだろうが) こう思った市村刑事。 然し、これが飯田刑事や里谷刑事ならば、その先に思考が及ぶだろう。 木葉刑事の事を深く理解するからだ。 “今、刑事としての人生以外を、丸で時間が停止したかの様に動かさない彼。 そうさせるのは、記憶が無いだけ、本当にそれだけなのか…。 いや、刑事の仕事に全く支障を見せない彼は、何かが変わっている。 彼の心の奥底には、何が在る?” 記憶が喪われている。 この事実で、彼は高性能なバリアを手に入れたらしい。 午前10時。 捜査会議が始まった。 進藤鑑識員が来れない為に、代わって男性鑑識員が捜査会議に参加する。 「え~、昨日に採取されました尿ですが。 人間の物で在りまして、性別は男性。 血液型は、A型。 精密な分析から年齢は、凡そ40代以上と思われます。 糖尿病の初期段階で、やや高血圧。 その他の疾患は見られず、また違法な薬物の使用も見られないそうです。 最後に、その腐敗の進行も初期段階と思われ。 事件発生の前後合わせて18時間以内に、体内から排泄されたと思われます」 此処で、九龍理事官が。 「この尿が被疑者、又は関係者の物とした場合。 現場に一時ばかり潜伏した可能性を示唆します。 ですから、聴き込みもその事を念頭に入れて、再徹底して下さい。 続きを」 「はい。 続きまして、被害者の解剖の結果につきまして、報告させて頂きます。 被害者の身元を示す明らかなものとして、左足の脛骨が、人工骨に入れ換える手術の痕が見付かりました。 この人工骨は、今から10年ほど前から使用され始めた物で。 今、そのシリアルナンバーから手術のされた病院を照会して貰っています。 また、被害者を死に至らしめた凶器は、ゴルフクラブ。 四角く細長いタイプのパターではないか、と云う事です」 その後、報告にて。 被害者は、東京駅の新幹線乗り場より降りて来た映像が確認された。 だが、これは事件の1日前、一昨日の午前11時半の事だ。 被害者は、その後に中央線に乗っている。 映像回収に割り当てられる捜査員は、彼女の足取りを二方向に手分けして追う事を言われた。 また、被害者の衣服は海外のブランド物で、その上下一式は数十万円。 一点物を扱う店に流れた輸入品なので、その方面からも被害者の素性を探るとする。 さて、最大の面倒に成りそうな過去の事件についてだ。 時間の正確な計算からすると、今から26年前の10月27日。 青森県黒石市、八甲田山も近い酸ヶ湯温泉に、男女4人の客が来た。 豪雪地帯となるあの酸ヶ湯に、まだ20代の女性3人と、男性1人が来た。 スキー客なのか解らないが、旅行で県外から来たのは間違い無い。 異常が発覚したのは、翌日の昼前。 翌朝の朝食にも全く来なかったその4人で、経営者の指導で従業員が部屋を訪ねると、部屋には客が居なかった。 ベランダに出る窓の鍵は開いていて、消えた旅客はベランダより外に出たと思われた。 青森県の八甲田山やその周辺は、過去の歴史からして危険な雪山で。 雪が積もり始めてから軽装で入るなど、地元の人からすると異常者と言われても仕方がない。 酸ヶ湯温泉は、“大岳”と云う山に近い。 積雪量が、その当時の失踪時点で1メートルに届こうと云うのに。 彼等はベランダを出てから雪を掻き分け、山登りの道に向かったらしい。 従業員や運営側とその家族も辺りを探したが、それらしい人の姿は見えない。 小雪が舞う中で、捜索隊が呼ばれた。 警察も出動した。 だが、その捜索が始まった夜、爆弾低気圧に因る猛吹雪が始まった。 吹雪はそのまま2日以上も吹き荒れ、捜索は開始早々から出来なくなった。 失踪発覚から4日して、漸く再捜索が始まった。 だが、多い所では追加で、更に2メートル以上の雪が積もった。 雪が蓋をした雪山は、封印されたかの様に厳かで。 事件など無かったかの様に、失踪した女性や男性の痕跡を覆い隠した。 それからも雪は、断続的に降る訳だ。 失踪事件として、事件の進展は来年度の春を待つ必要を迫られた。 それから年が明けて4月の末。 大掛かりな捜索が再開された。 捜索隊や警察の想定として、4人の遺体が見付かると考えられた。 が、数日の大掛かりな捜索にも関わらず、遺体は一人として発見されない。 〇雪崩れか何かで、遺体は移動したのか? 〇実は生きて青森県から離れた? 〇殺害されて別の場所に遺棄された? 憶測・推測、捜索隊や警察は遺体の無い意味を探った。 そして、予定された捜索の最終日。 捜索に参加するマタギの老人が、興奮したヒグマの若い雄を射殺した。 山に銃声が響き、捜索隊や警察を驚かせたとか。 警察は、ヒグマを撃った老人を発見する。 だが、同時に老人が警察に言った。 “おいっ、このヒグマは興奮状態に在った。 頻りに、あの地面を舐めたりして居たんだ。 調べてくれ” ヒグマが舐めていた場所には、大量の血液が流れた痕跡が在ったのだ。 警察の鑑識が入り、大量の土が回収される。 この時から事件は、殺人を念頭にしたものに成る。 簡易検査の結果、血液は人間のものと解ったからだ。 25年前の科学捜査では、まだDNA鑑定など地方の警察にまで普及していない。 分析された血液は、女性の血液で3人分と解った。 雪解けの影響で地下深くにまで浸透し、その総量は3人の致死量を大きく凌駕。 事件は失踪だが、殺人を念頭にしたものとして捜査本部は、青森県警主導の本格的なものになる。 そして、半年近く捜査が続けられて、被疑者が絞られた。 その後、遂に被疑者を特定したとして、捜査本部が或る男性を確保する。 青森県在住の、森林管理職員の助手をするパートの若者だ。 精神科に定期通院する若者で、あの酸ヶ湯温泉に客を送り迎えするアルバイトもしていた。 この若者の通院の意味は、俗に云う“知恵遅れ”と云う彼の持つ先天的障害についてでは無い。 だが、無関係でも無い。 若者は性的欲求を抑える自制心が、部分的に緩慢と成っていた。 その所為か、銭湯で女性の下着の匂いを嗅いで、其処を見付かり逃げた為に下着泥棒となったり。 また、若い女性の入浴を覗いたり、と軽犯罪での逮捕歴が在った。 確保と同時に、彼の部屋にガサ入れがされた。 刑事達を驚かせたたのは、血の着いた包丁が新聞にくるまれたものの発見と。 失踪した女性達の身に付けていた下着や衣服が発見された事だ。 当時の捜査本部は、被疑者確保と早々に発表した。 これ以上に無い物証が出た為だ。 然し、被疑者の『高橋 透』《たかはし しゅう》は、頑強に殺人を否定した。 “下着は、最初の捜索の時、猛吹雪が来る前の捜索に加わった時に、偶々発見したバックに服と一緒に入っていた。 使用済みの下着を手に入れて、興奮して欲しく成った。 包丁は、最初っから新聞にくるまれていた。 バックに入ってた” この証言を、彼は取り調べの最中に繰り返した。 事件当夜の彼は、酸ヶ湯温泉に勤める母親の気遣いで宿に居た。 また、供述からして女湯を覗いていたらしい。 軽犯罪でも、犯罪には違いない。 その犯人が、血の着いた包丁を持っていた訳だ。 捜査本部が彼を第一容疑者と認定。 ま、そうなったとしても、これは不思議ではない。 処が。 捜査の記録からして、捜査本部は安直に捜査した訳ではない。 先ずは、高橋を軽犯罪で逮捕し、事件の捜査を開始した。 包丁の出所を探ったのだが、これが青森県内では無かった。 これで、捜査本部も慎重に捜査を進める事に成る。 その後、凶器を包んでいた新聞紙。 さらに凶器には、第三者の指紋が複数着いていた事が判明。 その指紋の一つは、3人の女性と一緒に来た男性らしき人物のものだ。 捜査が混乱したのは、この一緒に来た人物の存在である。 宿帳の名前から住所はデタラメで、失踪した女性達は東京在住。 その照会についての捜査は、当時の警視庁捜査一課の一斑が担当する。 3人の女性は、誰もが大学を卒業後に会社へ就職して社員と成っていた。 神奈川県の出身で、中学・高校はお嬢様学校の同級生。 大学はバラバラだが、友人関係は継続していて。 旅行の計画は、3人が率先して計画していたらしい。 3人の共通点は捜査されたが、その線で浮上する異性にはアリバイが確認された。 その後の捜査過程で、包丁は東京の刃物店で売られた事が解った。 然し、その包丁は、 “誰か判らない女性が買った” と、店員の詳言を得る。 また、包丁を包んでいた新聞も、都内の駅売りと判明する。 次に、旅行の手配から支払いまでは、女性達が電話や銀行振込みで自らが行っていたと判り。 “明らかに異性の影がある” 捜査本部も、青森県外の異性の存在を強く感じた。 逮捕された高椅は、県外に出た形跡が全く無いと解ったからだ。 そして、青森県警の捜査本部は、 “青森県で確保した高橋は、あくまでも現地で犯行に加わった” こう考え始める。 さて、包丁は刃毀れをする程に強く、人体へ刺し込まれた痕跡が観て取れた。 また、刃や柄に付着した複数人の人体組織や血液。 包丁の柄の奥まで入り込んだ血液は、丸で包丁を血液へ浸していたかの様に思えた。 その後の結論として。 “被疑者の高橋は、女性達の下着や金品が欲しくて。 殺害の実行犯と共謀し、3人の殺害か、又は幇助した” こう結論付けられ、検事は納得して起訴に至る。 然し、それからが更に大変だった。 裁判に成り、高橋は罪状を否認し続けた。 精神が磨り減る事で食事を拒否したり、自傷行為をしたりする。 二度、精神鑑定も行われたが、自傷行為や拒食など、自分の意思を持って遣っているし。 罪を否定する辺りを見ても、精神は一定の制御下に在ると成った。 何度も入院をして、弁護士と母親の助けも有ってか、裁判は長々と引き伸ばされた。 そんな中で、大きな変化が訪れたのは、7年半ほど前か。 高橋の母親が病死した。 心の支えを失った高橋は、それこそ心身を喪失した様になる。 自暴自棄と成った高橋は、裁判を経ることで戦う心を潰された。 弁護士も、無理の或る解釈や捜査の曖昧さを責めて、何とか高裁まで持ち込んだが。 証拠隠滅を理由とした殺人幇助や死体損壊の罪で、実刑6年を言い渡される。 理由は、凶器を隠し持っていた事。 失踪した女性達の下着を所持していた事。 彼女達の入浴を覗き見していた事。 そして、何よりも強く悪い印象を与えたのは、失踪した女性達を探す立場に在りながら。 血の付いた包丁や下着の入ったバックを拾ったのに、周りの誰にも言わず。 また、周囲の捜索をしなかった事。 これが、犯罪に関与したと、そう判断させる要因になった。 こうして死体が発見されず、主犯が見付からないままに、高橋一人が刑に服す事と成った。 報告が終わるなりに、 「本当に、この人物が殺人を助けたのかな?」 木葉刑事が呟く。 市村刑事も。 「下着や包丁を隠し持っていただけで、犯行に及んだ実態が見えないな」 飯田刑事も。 「丸で、犯人が見付からない為に、見せしめに祭り上げられた感が在る」 一課の3人だけでは無い。 経過を聴いた刑事の半数がこう思った。 寧ろ、 “よく起訴して、この罪で有罪に成ったな” と、感じられる。 “捜査本部として、犯人を挙げられない事は敗北を示す。 負けたとしたく無いが為に、最も疑わしい人物を状況証拠で有罪に追い込んだ” こう感じた木葉刑事は、ゆっくり挙手する。 九龍理事官が。 「何?」 「九龍理事官。 この経過を伺いますと、判決を受けた高橋は犯罪を遣った事を認めず。 また、その犯行に至る過程の説明は、総て警察の捜査本部が主張する状況証拠に因るもの。 指紋の人物が確保されて、被告の殺人に関する無罪が証明されようものならば。 警察は、世間から袋叩きに遭いそうですが?」 3分の1の刑事が思った事を代弁した木葉刑事。 中には、何を言っているのか解らない刑事も居たが。 九龍理事官は珍しく微笑む。 「仕方ないわよ。 捜査が間違ってたならば、マチガイは正さないと。 大多数の捜査が正しいから、極一部の間違いが取り沙汰される。 警察が正しく在る為の非難なら、受け止めないと間違いは無くならないわよ」 彼女の剛胆さは、刑事達を驚かせる。 が、篠田班長は頭を抱える。 警察や検察に汚点が付く事になるのは、内部的な視点からすると大変に面倒だ。 さて、本日も捜査が再開された。 木葉刑事と飯田刑事を含む刑事数名は、昨日に引き続き聴き込みへ向かう。 市村刑事と残りの刑事達は、防犯映像の回収と追跡に。 松原刑事と若い女性刑事は、木葉刑事と一緒に。 小雨が降る中、聴き込みを始める木葉刑事達。 そして、小さな一手、解決に近付く小さい一歩がまた…。 午後の1時過ぎ。 「もしもしっ、九龍理事官!」 若い女性刑事から本部へ連絡が入った。 犯人がゴルフクラブを使ったにしても、持ち歩いて逃げたとは限らない。 木葉刑事と彼女が、配達も受ける近場のコンビニに入って話を聴けば。 “記録を見ますと。 昨日の早朝に、1メートル以上の長い形の段ボールを持ち込んだ僧侶が居た” こんな詳言を得た 「郵送先は、そちらへメール致しました。 尚、現場の寺の住職とは印象の全く違う、ガッチリした体格の長身男性だそうです」 ノートパソコンに来たその住所を見た九龍理事官。 「それで、木葉刑事は?」 「はい。 昨日早朝に、その僧侶の対応をしたスタッフから電話で話を聴きまして。 周辺の寺に聴いて回ると、先に行きました。 松原さんも、手分けして行くと…」 「解りました。 貴女も、その確認に加わって下さい」 「はいっ」 やり取りを終えた九龍理事官は、外回りで聴き込みをする飯田刑事に連絡をする。 「飯田刑事、今は?」 「千住周辺の聴き込みは、そろそろ大まかな目処が」 「実は、木葉刑事が怪しい配達物を見つけたの。 ゴルフクラブが凶器だった場合、計画殺人ならば配送を利用したとも考えられます」 「此方で当たれと?」 「貴方と、誰かで」 「送り先は?」 「埼玉県の草加市。 住所は、そちらにメールします」 「解りました」 それから夜まで捜査は続き。 夕方の終わりとなる6時半を過ぎた頃。 捜査本部に連絡が入る。 「もしもし、此方は九龍」 「飯田です。 理事官、あの送先はデタラメか。 凶器の遺棄が目的かも知れません」 「どうしたの?」 「それが、送先は潰れたレストランで、廃墟みたいなものですよ」 「で、配達された物は?」 「先程、運送会社に連絡を入れまして、警視庁の鑑識課に配送する手配をしました。 夜には、職員が届けるそうです」 「と云うことは、既に最初の配達はされたのね?」 「はい。 本日の午前には、業者が配達をしようとして、廃墟みたいな店に不審を抱いたとか」 「解りました。 処で、飯田刑事」 「はい?」 「出来たら、その廃墟みたいな店の情報を探れるだけ探って頂戴」 「はい。 一応、周りには聴き込みをしてみます」 「お願い」 彼との連絡を終えた九龍理事官は、捜査本部の調整をする事務方となる職員を捕まえ。 「ねぇ、この住所の登記簿とか、過去25年遡った情報を集めて頂戴」 と、紙を渡す。 横で他の者からの連絡に対応する篠田班長は、 (流石は、敏腕管理官だった人だ。 小さい疑問も、よく調べなさる) と、思いながら電話を切った。 「理事官、ちょっと席を外します」 連絡をしてから、トイレに立った。 夜の8時を過ぎると、続々と雨に濡れて刑事が戻る。 そして、10時過ぎに飯田刑事が戻る。 「理事官。 戻りました」 「廃墟について何か解りました?」 「例の廃屋は、5年ほど前まで『ツタノ、キッチン』と云う、洋食の店だったとか」 「“ツタノ”?」 九龍理事官の眼が驚いた。 「知ってますか?」 其処へ、後から中年の女性刑事が。 「“ツタノ、キッチン”って、あの〔蔦野 英司〕《つたの えいし》の展開するお店ですか?」 飯田刑事が振り返り。 「蔦野英司、聴いた事が在るな」 其処に、篠田班長より。 「ほれ、海外にチェーン店舗を出し始めた、有名な料理人だよ。 随分と前になるが、フランスの有名な料理コンクールで、何回か賞を取ったとか。 それから都内を中心に数店舗を出店して。 軌道に乗ってからは、チェーン展開し始めたって云う」 すると、頭を抱える九龍理事官。 「偶然なの? これは、看過して構わないのかしら」 周りが九龍理事官を見詰め。 篠田班長が、皆を代表する様にして。 「理事官、それはどうゆう意味ですか?」 「25年前の事件でも、蔦野英司は事情を聴かれているのよ」 「はぁ?」 「え゙?」 皆の驚きは、九龍理事官に視線を集めさせた。 頭を抱えるままに、九龍理事官は資料を手にし。 「25年前。 失踪した3人の共通した知り合いの一人が、シェフ蔦野。 まだその当時は、有名料理人の弟子だった蔦野は、独立する事が明確と成った。 その時に、常連だった客の中に、失踪した女性の3人が居て。 蔦野とは、プライベートの付き合いが在った。 蔦野も、それを認めてた」 資料を眺める篠田班長。 「ですが、それは単なる割りきった遊びと、蔦野側は供述してますよ」 「3人と男女の仲だった。 普通ならば、3股なんだから嫉妬でケンカでもしそうよ。 なのに、今にして見れば3人の彼女と蔦野は、不思議な関係を築いていた…」
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