時が満たりて凍蠅が葬列を為せば、埋もれた罪が時効の天秤にて計量(はか)られる

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不気味な悪寒に似たものを感じる飯田刑事。 「理事官、どうします? 蔦野と云う人物に話を聴きますか?」 打診された九龍理事官だが。 「それよりも、先ずは本件の捜査を詰めるべきよ。 調べを中途半端にして過去の事件に切り込んだら、手数の限られた捜査本部は機能がマヒする」 「確かに、そうですね」 刑事達がまんじりとしない中、其処に連絡が入る。 メールを見た篠田班長は、 「全く、アイツの強運は凄いな」 と、呟くと。 「理事官」 「はい?」 「例の配達物が鑑識に持ち込まれ、血の着いたゴルフクラブが見付かったそうです」 「そう。 これで、凶器は確保が出来たみたいね」 「はい」 さて、11時を回ってから木葉刑事達が戻った。 報告を任された女性刑事より。 「理事官。 例の不審な僧侶なんですが、この辺りの寺に居る住職とかでは無いみたいです」 「夜分までご苦労さま。 もうそこまで調べたのね」 「はい」 だが、九龍理事官の視線が、黙って立った木葉刑事に向く。 「木葉さん。 心証として、どう思いますか?」 「理由は解りませんが。 計画殺人の線が濃厚の様な気がします」 「凶器も用意し、配送して行方を眩ませる工作が確認され。 また不審な僧侶がこの周辺の住職ではないならば、変装の可能性も示唆されてるものね」 「…です」 「貴方は、何かについて個人的に動きたい?」 変わった事を質問した、と周りが感じた。 が、木葉刑事は他所を向き。 「まだまだ、被害者と被疑者の足取りが判ってません。 一つ一つ…」 言っている処に、鴫鑑識員が会議室へと入って来た。 「理事官殿。 被害者の名前が判明致しました次第に」 紙を受け取る九龍理事官。 データを読ませた共有パソコンより、鴫鑑識員が大画面に保険証のデータを出す。 九龍理事官が用紙を手に。 「手術当時に使われた保険証によると、現在の住所は京都府在住。 氏名は、〔朝倉 多恵子〕《あさくら たえこ》。 手術を受けた時が、48歳。 今は、59歳ね」 情報を眺めた九龍理事官は、その視線を木葉刑事に向けた。 「木葉さん、悪いんだけど。 明日、お昼から京都に飛んで。 被害者の事、現地の捜査員と調べて頂戴ね」 「あ…自分ッスか」 「文句は聴かない」 「マジか…」 嫌がった木葉刑事に、松原刑事が心配する。 「木葉さん、私も志願しましょうか?」 だが、時計を見た木葉刑事で。 「松原さん、もう上がって下さいよ。 明日は休みでしょ? まだ老体にムチ打つ時じゃないッスよ」 頷くのは飯田刑事。 市村刑事は明日が休みで、女性の元に直帰した。 「はぁ~、休むか」 勝手に休みと下がる木葉刑事。 九龍理事官も。 「さ、もう皆さんも休んで。 明日も在るわ」 サバサバとした様子で云う九龍理事官。 下がった木葉刑事に、鴫鑑識員が近付く。 「木葉殿。 解剖所見じゃ」 手にする木葉刑事は、頭を下げてから。 「死因は、やはり頭の一撃か。 警視庁に送った凶器がそれだな」 「のぉ、木葉殿」 「はい?」 「防犯映像を観ておるのじゃが。 あの被害者は、確かに新幹線で東京へ来訪せし。 それは、間違いの無い事実じゃ」 「ほい」 「じゃがの、新幹線に乗車した場所がの。 何故か、福岡からなのじゃ」 「福岡? あ、住所の在る京都じゃなくて?」 「うむ。 不思議なのじゃ、どうにも解せぬわぇ」 「ですねぇ…」 話す二人を見た刑事の中には、朝に鴫鑑識員へ話し掛けていたあの刑事も居て。 「チッ。 何だ、仲良くしやがって」 ブツブツ云う彼が先に会議室が出て行くと。 下りの階段では、先を行く年配の刑事二人が話している。 「あの一課の刑事、“有賀キラー”だとよ」 「まぁ、二度も退けりゃ~それは言われるな」 「でも、公安もだらしないな。 有賀の情報をあの刑事から最速で貰ってたのに、ギリ手前で逃げられるなんてよ」 「でも、噂じゃ~かなりギリギリだってよ。 もしかしたら、誰かが有賀に教えたんじゃないか?」 「辞めてくれってか、勘弁しろよ。 有賀みたいな奴、逃すだけ誰か人が死ぬだけだ」 下に降りる二人をゆっくり追って階段を降りた彼は、憎悪を顔に浮かべ。 (何でっ、アイツがチヤホヤされるんだ!!) こう思う其処へ、2階より。 「鴫さん」 「うむ、何で在ろうか」 「あの、僧侶に扮した可能性が在る不審者なんですがね」 「木葉殿、向こうで伺おうぞ。 貰い物の飲料が在るのじゃ」 「ほぅ。 喉が渇いてますから、頂きますよ」 「沢山貰ったからのぉ」 同僚として壁も無く話す二人に、嫉妬から怒り、警察署から立ち去る彼。 このまま帰宅した彼は、次の日を体調不良で休む訳だが。 そんな彼など、事件に臨む刑事達には関係が無い。 飯田刑事と二人してシャワーを使った木葉刑事は、意見を交わしながら一緒に休む。         * さて、次の日。 「ゔぅ・うんん゙…」 宿泊部屋の大部屋にて、木葉刑事の呻き声がする。 その不気味な声に、飯田刑事も眼を覚ませば。 (朝の8時前か) 身を起こす飯田刑事へ、同じ部屋の50代となる、所轄から応援で来た男性刑事が近付く。 「飯田さんよ。 向こうの若いの、魘されてなさるゼ」 「木葉か、どうした」 飯田刑事も立ち上がり、二人して木葉刑事に近付くと。 「ん゙、んんっ、止めろっ」 魘される木葉刑事が寝たままに手を上げ、譫言を言う。 心配に成った飯田刑事は、彼を起こそうとするが…。 「カレーっ、や・止めるんだ…」 “カレー” と、聴こえ。 「あ?」 飯田刑事と年配刑事が見合えば。 「ダメだ・・トンカツは、う・浮気・・してなぁいぃぃ…。 ハン・・バーグと、トンカツは、仲良く…」 “カレー”と来てから、“トンカツ”と“ハンバーグ”が出てきて。 浮気がどうのと言って居る。 訳が解らない飯田刑事。 「コイツ、どんな夢を見てるんだ?」 呆れた飯田刑事。 だが、年配刑事は可笑しいらしく。 「うははは、動画を撮ってやろう。 後で見せてやる」 バカらしく成った飯田刑事で。 自分の寝ていたベットに戻るも。 「止めろ、止めるんだハンバーグぅぅっ。 トンカツはぁ、悪く無い…」 木葉刑事の下らない譫言を聴く。 床に置いていた飲み掛けの御茶のペットボトルを手にした時。 「フッ」 短く失笑した。 さて、10分ほどした後に起こされた木葉刑事。 「はぁ、はぁ、はぁ…。 トンカツとハンバーグが、カレーに抱かれるのは自分だって言い張って、スプーンを手にチャンバラ遣ってた」 年配刑事は、その話にゲラゲラと笑う。 呆れた飯田刑事も、また横を向いて失笑した。 警視庁では、飯田刑事と木葉刑事は付き合いが長くなる。 凡そ、魘される理由は、昨日の昼時の様子だろうと察した飯田刑事。 「木葉。 御前、昨日の昼は何を食った?」 「カレーッスよ。 ハンバーグカレーとカツカレーでしこたま迷いまして。 コインで決めてハンバーグカレーに」 夢の原因を聴くと、また年配刑事は笑う。 飯田刑事もニヤけが収まらない。 「アホ。 何だそりゃ」 「だって、飯田さん。 値段が同じで、ハンバーグとトンカツって…。 “決めあぐねろ”って言ってる様なモノじゃないッスか」 「言ってるか」 どうしようもない、と呆れて顔を洗いに向かう飯田刑事。 笑いが収まらない年配刑事は、確かに迷う選択肢だと動画を観た。 本日、市村刑事は休みとなり。 織田刑事は有休を入れた。 夫を亡くした奥様のショックが大きく、そのお嬢さんが出産を控えてもう入院していた。 何と、三つ子とか。 メールを見た木葉刑事。 コンビニでカツカレーを買って来て。 飯田刑事や年配刑事に笑われながら食べている。 “せめてもの供養ッス” こう言われてしまうと、もう笑う以外に無いが。 如月刑事は、明日まで休み。 八橋刑事は、まだ研修みたいだ。 で。 「あ゙~、警護なんて名ばかりよ。 アホの接待を見守るみたいだったわ」 「ふむ。 然し、流石は里谷殿よ。 その戦闘能力を買われて、警視総監殿の護衛とは、の」 鴫鑑識員と肩をならべて里谷刑事が入って来た。 「あっ、カレー食べてりゅう!」 匂いで一気に距離を縮めて来た里谷刑事。 「里谷さん、半分食べます?」 「貰うっ。 朝にコンビニ行きそびれたぁぁぁ」 微笑む鴫鑑識員と食べる里谷刑事に、夢の話をして笑わせた木葉刑事。 その後、飯田刑事に年配刑事、若い女性刑事を交えて里谷刑事に経過を掻い摘まんで話す。 さて、先に篠田班長が会議室に来て居る訳だが。 「里谷」 話す刑事達の前に来た班長。 「班長、お土産物は無いですよ」 前置きした里谷刑事に、苦笑いを見せた篠田班長。 「馬鹿、そうじゃない。 九龍理事官の意向で、御前さんは福岡だ」 「はぁ? 福岡って?」 「被害者の朝倉は、やはり福岡から新幹線に乗車している。 向こうの県警には連絡を入れる。 だから御前は、福岡での被害者の足取りを追え」 顔を歪ませる里谷刑事。 「ハンチョ~~~、出張から帰ったばかりぃぃ…」 薄笑いを浮かべた篠田班長。 「仕方無い。 明日は飯田が休みだ。 里谷は、色々と休めたろ?」 「班長っ、内2日分は謹慎っ!」 「知らないな。 ヤツに言え、永遠のライバルによ」 有賀の事を持ち出され、里谷刑事もイライラが募る。 「あんのド変態ヤロウめ!」 有賀の事を思い出し、残りのカツカレーをカッ喰らう彼女だった。 そして、嵐の様な風が時おりに吹き付ける最中、里谷刑事と木葉刑事に所轄の刑事3人が東京駅に来た。 「風ね~。 確かに、この様子じゃ~飛行機も飛ばないか」 こう言った木葉刑事と一緒に肩を並べて歩く里谷刑事は、予約した新幹線が発車する一時間以上も前に東京駅に来た。 目的は、出張の仕度。 下着ぐらいは買いたい訳だ。 東京駅内の衣服を売る店に行けば、最近はまるでショッピングセンターの様に成って来た。 「里谷さん、時間厳守ッスよ」 「はいはい、13時発の新幹線でしょ? まだ1時間半近くあるわよ」 彼女と一緒に行く若い女性刑事も、捜査で連日泊まり掛けで下着が欲しい。 男性刑事は、安上がりな下着で構わないから空腹を満たす為に散る。 そして、福岡行きの新幹線に乗る訳だが。 春の嵐と成った本日は、新幹線も全速力とは行かない。 自由席に座る木葉刑事と里谷刑事。 所轄から応援で来ている若い刑事3人は、客に圧されて離れた場所に座った。 走り出す新幹線の窓に、風に運ばれた雨が打ち付ける。 アイスキャラメルマキュアートをストローで吸った後の里谷刑事より。 「で? 犯人は、その御坊さんモドキな訳?」 タルタルフィッシュバーガーを取り出す木葉刑事で。 もう眼を瞑る後ろの客を見てから。 「変装してましたからね。 逃げる時はどんなだったか、まだ解りませ~ん」 「でも、25年前の事件に繋がってるとしたら、あんまりの~んびりともしてられないわよね」 「まぁ、確かに」 話し込む2人。 その2人から離れた場所に座る所轄の刑事達。 木葉刑事と似た年齢の男性刑事2人が、お菓子を出して話を始めた。 「しっかしさ、昔の未解決に繋がるなんて、俺等も運が悪いよな」 「まぁ、な。 解決が出来たらスゲーけど、昔に解決が無理だった事案だし。 25年も経つと、事件の立証が不可能な気がする」 「はぁ、それよりも。 ムダ骨の捜査がダラダラと続くぞぉ~。 未解決に成ったら、もう点数処の話じゃない」 後ろから聞いていた若い女性刑事は、前の2人に腰を浮かせ前のめりみたくなり。 「あの、謹慎ってどんな時に言い渡されるンですか?」 男性刑事の一人、角刈りの刑事が。 「はぁ、何の話だ?」 「あ、あの…」 口を濁した女性刑事に、別の少し髪の長い男性の荘司刑事が。 「普通なら、命令違反、不正関与、行き過ぎた捜査なんかの時に喰らうんだよ」 と、適当な説明をした。 女性刑事は、席に腰を戻し。 「なるほど…」 だが、髪の長い荘司刑事は、 「だけど、例外も在るぞ」 と、付け加える。 隣の角刈りの男性刑事が。 「例外って何だ?」 「前に座る一課の刑事サンは、3月の頭に謹慎を揃って食ったらしい」 「何でだよ」 通路側の髪の長い荘司刑事は、チラッと木葉刑事達の方を見た。 そして、身を戻すと。 「有賀だよ」 「有賀って、あの世界的に指名手配された殺し屋の?」 「元警察官で、警察の敵だ」 「何、あの2人って関係者な訳?」 「去年、有賀を追い返したのが、あの2人だってさ」 「あ、あのインキチ絵画の殺人事件か」 「有賀、もしかすると復讐をしに来たかもな。 でも、公安が今、躍起に成って有賀を探してるのは。 実は、あの2人が先に、有賀の存在を見付けたから・・、なんて話が出てる」 「マジかよ~」 小声で話す二人。 黙る女性刑事は、木葉刑事に対する松原刑事の信頼感を思い出す。 (ってか、あの刑事さんも、松原さんも、今回の事件をバリバリに解決する気なんですけど…) 木葉刑事と荘司刑事は、京都府警に行く為に京都で途中下車。 里谷刑事と他の二人は、終点の福岡まで。 さて、京都府警より迎えに来た女性刑事二人と落ち合った木葉刑事達。 被害者・朝倉の昔の住所を訪ねれど。 其処は、賃貸アパートの一室。 アパートの外観は、あまり古めかしいとは感じないが。 還暦はとうに越えた年輩の男性管理人から話を聴けば、この部屋は所謂の事故物件と云うモノで。 “家賃が安いから朝倉は借りた” と、云うのだ。 アパートの部屋に入った木葉刑事は、殺害された母娘の幽霊を視て。 (まだ、未解決のままか…) 若い母親と10代前半の娘と云う二人は、先に娘が犯されて殺害された。 ホステスをしていた母親が後から戻り、変わり果てた娘の遺体を見て崩れた。 其処をまた、潜伏中の犯人に襲われた様だ。 少女と母親が犯されて、殺害されるまでが走馬灯の様に視えた。 然も、何とその犯人は、自分達をこの部屋に案内する、この年配者となる管理人の様だ。 線路から近いこのアパートで、周りに在る比較的に囲いと感じる印象の新しいマンション等は、防音壁の役割に成ったのか。 事件の内容は凄惨極まりないのに、全く異常が他に伝わらなかったらしい。 部屋を一見すると、永らく放置された感じの、テレビやら炊飯器を始めに家具すら無い部屋だが。 「事故物件って事は、過去に殺人事件でも?」 木葉刑事が決め打つ様に言えば、大人びた眼鏡の女性刑事が。 「はい。 今から14年前に、母親と娘が強姦された上、鋭利な刃物で殺害されました」 事故物件の意味を知って、荘司刑事は改めて部屋を見回しながら。 「酷ぇや…」 小さく呟く。 部屋を見回る木葉刑事は、母娘が押し入れを指差すのを視て。 その押し入れを閉じる襖戸を軽く引けば、奇妙に突っ掛かりを感じた。 「あ、この襖戸。 立て付けが悪く成ってますね。 地震か何かで、歪んだ…」 水墨画のプリントされた古めかしい襖戸。 木葉刑事が少し力を入れて開き切ろうとすると、“ガタン”と音を立てて外れた。 見ていた荘司刑事は、 (おいおい、どん臭いな) と、呆れるのだが。 外れた襖戸を外して見る木葉刑事。 襖戸の底。 小さな滑車が填まる処に、古めかしく乾燥したカビを葺かせる黒い染みを見付け。 「あの。 この襖戸は、殺人事件の後もずっとこのままで?」 いきなり聴かれた女性刑事の2人。 色っぽい大人びた刑事と、髪を短めにしたふっくら体系の女性刑事が木葉刑事に近付くと。 「これ、血液では?」 いきなり血痕とは。 荘司刑事も、女性刑事2人も驚いた。 ま、他の管轄の事件に、ズケズケと踏み込むのは不味い。 木葉刑事と荘司刑事に、ふっくら体系の女性刑事が加わり。 朝倉なる被害者の事を聴き込みすべく、周辺へ聴きに散る。 その傍ら。 色っぽい大人びた眼鏡の女性刑事は、まだ形が残る所轄の捜査本部が在る刑事課に連絡をした。 14年も経った事件だが、この事件は時効が殺人に関して25年に延長された最初の日に起こった。 形ばかり残る捜査本部を持つ警察署も、手掛かりならば何でも欲しいと、この血痕らしきモノの採取をする事になる。 夕方の5時を回る時に、木葉刑事の前に母娘の霊が現れた。 “助げてっ、また・・誰か襲われる゙ぅ” この時から1時間ほどか。 荘司刑事とふっくらした京都府警の女性刑事は、奇蹟みたいな幻想的な時間を過ごす。 その切っ掛けは、例のアパートから程近い十字路にて。 夕方に、3人で落ち合った際に。 「あの~、処で。 さっきの女性刑事サンからゼ~ンゼン連絡が来ないンだけど。 大丈夫かな」 と、木葉刑事の語りから。 彼女と連絡を取ろうとするふっくらした京都府警の女性刑事は、連絡が繋がらないと驚く。 過去の現場となるアパートに戻れば、警察署の車両が路肩に在った。 “何が在った?” 朝倉なる被害者の借りた部屋に踏み込めば、年配の男性刑事が頭から血を流して床に倒れ。 血痕を採取に来た若い女性鑑識員と色っぽい大人びた女性刑事が、透明な粘着テープで縛られ。 年輩男性の管理人が包丁を手に、二人の衣服を切り裂いていた。 刑事達が踏み込んだ事で、年配男性の管理人は包丁を女性刑事に突き付ける。 「動くなっ! 騒ぐんじゃねぇぞ」 急転する事態に、気が動転してしまう荘司刑事やふっくらした女性刑事だが。 木葉刑事は冷ややかに。 「御宅、自分の血液を其処に残したんだな? 然し、我々が見た以上、もうこれで完全な犯罪者だ。 逃げる場所なんて何処にもないよ」 こう言って管理人へ近付く。 「うるせぇっ! 近付くな゙!」 狂ったかの様な管理人に対して、木葉刑事はズボンのポケットから鍵を取り出そうとして床に落とす。 これだけでも、犯人を刺激するのに。 下手くそに見せた歩みの蹴りで、キーホルダーを部屋の隅に飛ばすのだ。 管理人の年配男性は、更に苛々して怒鳴ろうとした。 其処に。 「あ、悪い。 今の、警察車両のキーなんだ」 全くの大嘘だ。 然し、“車の鍵”と聞いて、逃げる手段を見出だした管理人。 「此方に寄越せっ! 投げないと殺すぞっ」 頷いた木葉刑事は、了承した様な素振りで鍵を取る。 それは、自分の部屋の鍵なのだが。 改めて拾い直す時に眼を紅黒く光らせると。 (被害者の無念を知れ、死ぬまでな) 鍵に念を込めて管理人に投げた。 荘司刑事も、ふっくらした女性刑事も、完全に気が動転して立ち竦むも。 鍵を受け取る管理人は、その耳に有り得ない声を聞いた。 “おまえがあぁぁ、にくい…” “死ねぇ、死ねねぇぇぇ、おまえもぉ” 間近に声を出せる者は居ない筈だ。 色っぽい大人びた女性刑事は、喉を絞められて噎せ返る処で更に殴られては、粘着テープで口を塞がれた。 鑑識員の女性も顔を粘着力テープでグルグル巻きにされたから、辛うじて鼻呼吸するのが限界。 自力では外すことも無理だろう。 だが、誰か、女性の声は聴こえる。 管理人が振り返れば、其処には14年前に自分が殺した若い娘が立っている。 「ひぇっ!」 居る筈の無い人物の出現に、驚き退いた管理人。 然し、また誰かに肩を掴まれる。 パッと振り返った其処には、同じく殺害した母の霊が居た。 「うわあっ!!」 慌てて外へ逃げ出そうとする管理人に、隙を見て足を引っ掛けた木葉刑事。 転んだら管理人に掴み掛かりながら。 「今だっ、確保!」 荘司刑事とふっくらした女性刑事は、もうテンパりながら管理人を確保する。 だが、それからは大変で在る。 救急車を呼んだり。 京都府警に連絡したり。 警視庁に連絡したり。 だが、幽霊をそのままにしなかった木葉刑事。 手錠を掛けた管理人を警察車両に閉じ込めた後。 部屋に戻る木葉刑事は、母娘の霊を呼び出すと。 (憎悪に縛られたままは、もう止めましょう。 あの人物はどの道、死刑になる。 貴女方が固執するに値しない。 もう、安らかに、穏やかに成りましょう) 拘ろうと、縛られ様とする霊。 憎しみや怨みが強い程にそうなる。 が。 木葉刑事に触れられた2人は、哀しい表情を浮かべて消えて行く。 それから夜の9時過ぎまで、説明や捜査の協力をする木葉刑事。 一方、連行された管理人は、刑事や鑑識員に対する殺人未遂。 14年前の母娘殺害も自供した。 14年前に、管理人はこの部屋に盗撮機器を着けていた。 だが、その機器を見付けられた為に、また新に仕掛けようとしたらしい。 母娘の生活は、盗撮から粗方は把握していた。 だが、塾で居ない時間帯と思い、合鍵で侵入した直後。 忘れ物をした娘が帰って来てしまった。 鉢合わせした管理人は、もう隠せないとして娘を捕まえた。 TVの音量を上げたりして、誤魔化した訳だ。 その事件当時は、母親のホステスをする女性に恋慕していた管理人だが。 娘が大人へと成長する様子を一年近く盗み観て、性欲を掻き立てられた。 だから、殺害する前にその若い体を堪能したらしい。 取り調べをする京都府警の刑事課の課長が、明らかに嫌悪の素振りを見せた。 酷い話で、それから娘を殺害した訳だ。 管理人はそのまま部屋に潜伏し、母親の帰りを待った。 血の臭いがする部屋で、母娘が夜に食べる予定だった作り置きのシチューを喰らったとか。 その後、帰宅した母親が異変に気付いて気を動転させた。 この管理人は、其処を襲って首を絞めた。 途中で首を絞める事を止めれば、苦しさで直ぐに行動は出来ないし、大声も出せない。 当時は、現場に在ったガムテープで遣ったらしいが。 先程の大人びた眼鏡の女性刑事同様に、母親も体の自由を奪われた。 そして管理人は、己の募り積もった欲望を開放したらしい。 支配的な立場より、母親の体を凌辱した。 この事件の猟奇的と思える処は、管理人の男性の異常さだ。 だが、それ以上に刑事達を震え上がらせたのは。 “あの母親の体も、娘の体も、洗ったよ。 俺の体液が付いてたら、警察にバレるって思ったから” そう、母娘の体は、一方的に強引な遣り方で洗われていた。 その後で、それぞれ殺害されたのだ。 最初に娘を押さえ付ける時に、管理人の男性はあの襖戸の滑車に指をぶつけて怪我をしていた。 ちゃんと拭いたらしいが、後に成って僅かな血液が滑車の金具を腐食させたのだ。 京都府警の刑事部長に会った木葉刑事は、迷惑を掛けてしまったと謝ったが。 未解決事件の被疑者を確保が出来た訳で、事件の解決は絶望的と思われていたから喜ばれたらしい。 逆に礼を言われた木葉刑事と荘司刑事。 また、入院した刑事や職員は、精神的なダメージは別にすると命に別状は無い。 あの色っぽい女性刑事は殴られた上、上半身を半裸にされ掛かったにも関わらず。 “私は、捜査に戻れますっ” と、言ったとか。 ホテルに案内された木葉刑事は、ロビーの一角で九龍理事官と連絡を取り合う。 「申し訳ありません。 はい、はい…、被害者の借りた部屋と云うのが、未解決事件の在った部屋でして。 はい。 今更に証拠が見つかり、犯人が焦って犯行に……。 はい。 明日からは、此方の事件に集中します」 報告をする木葉刑事の間近にて、椅子に腰掛けて居る荘司刑事は。 (この人、場数が違い過ぎる。 何で、こんなに冷静な対処が出来るンだよ) まだ、落ち着こうとしても体が緊張して、幽かに震える彼だった。 貰った缶コーヒーを中々開けられない。 通話を終えた木葉刑事は、そんな彼へ。 「さ、風呂にでも入ろう。 明日は、遅れを取り戻す」 「あ、はい」 こうして、出張初日はムチャクチャと成った。        * 次の日。 漸くスッキリ晴れた春らしい陽気の下で。 木葉刑事と荘司刑事は、土地勘が在るだけの派出所勤務の巡査を一人だけ借りて、東京の事件の被害者についての聴き込みをする。 一方、京都府警の捜査本部は、目まぐるしい忙しさに成った。 あの管理人の家をガサ入れすれば、盗撮の常習犯で。 また、母娘の強姦で、女性の体を堪能する事に癖が付いた管理人。 京都府内で発生しだ、まだ未解決の暴行や強姦事件の何件かに関する証拠まで見付かった。 未解決事件が一気に数件片付くと解った府警は、この捜査に暇な所轄の刑事を寄せ集めて投入する。 “棚ぼたから手柄に与れる” と、刑事達も遣る気だった。 夕方、山の方に雲が見え始めた清水寺の近くにて。 木葉刑事と長い髪を汗でしっとりさせた荘司刑事が落ち合う。 「木葉さん」 「やぁ、どうだい?」 「真新しい目撃情報は、全く無いです。 この被害者、何であの部屋を?」 「少し休もう。 何処かに入ろうか」 巡査に案内して貰い、和風のカフェに入った2人。 窓側の入れ込みに入った木葉刑事は、巡査を本日は帰す。 そして、注文を済ますと。 「今、被害者名義の銀行口座の照会を東京でしてくれている。 部屋の月極めを引き落とす口座の金の流れが判れば、少しは助かるかもよ」 「あ、成るほど。 然し、あのアパートに被害者は、数年に一度しか来てないみたいですね。 あのアパートから出て来た姿の目撃証言も、4年前とか、7年前とか。 まるで別荘みたいですよ」 すると、アイスティー・ラテが運ばれて、受け取る木葉刑事が店員に頭を下げる。 コーヒーとケーキセットを頼んだ荘司刑事。 二人が一息吐く形に成ると。 「君の意見、当たりかもよ」 と、木葉刑事。 「はい?」 「実は、昼間に府警の刑事さんが来てさ。 追加の事情を聴かれたんだけど。 その時に、ちょっと野暮用を頼んでみた訳さ」 「“野暮用”? 何ですか、それは」 「あの被害者が、もし犯罪者だったら…。 この京都にアパートを借りたのも、その為だとしたら」 「だとしたら?」 「府警の一課や二課さんに、被害者の顔認証だけ頼んだ」 「あっ、もしかすると…」 「そ。 まぁ、ダメ元だけどね~」 「いやぁ、木葉さんって抜け目無いッスね」 甘い紅茶を楽しむ木葉刑事。 「…それより。 手柄は持って行って構わないからさ。 報告書とか、頑張ってよ~。 此方は点数が着かない身分だから、君に頑張って貰わないと」 「はい。 文章作成は得意なんで、任せてください」 「頼もしいねぇ」 ホテルに帰る前に、荘司刑事と二人して府警本部に向かった。 捜査に立ち会った刑事二人から、雑談の様に再三の確認を問われた。 処が、もうホテルに帰ろうと云う8時過ぎ。 「警視庁の刑事さん。 これ、頼まれたモノです」 京都府警の科捜研より調べられたデータと書類が、大きめの茶封筒にて渡された。 喫煙所で中身を見た木葉刑事は、窓の前で首をグル~りと回す荘司刑事に渡す。 「ほい、手柄の書類」 「え゙っ?」 あの被害者らしき女性は、地面師の一味としてマークされていた。 他人の土地を、さも所有者の様に振る舞って売却したり。 占有権を主張して搾取したりする地面師。 大掛かりな土地の売却ともなれば、複数人のチームプレーをする事も在る。 書類を見た荘司刑事は、 「あの被害者っ、裏の顔はこれってかよ」 と、慌て始める。 「理事官に報告したら、ホテルに帰るよ~。 メールは、ホテルでゆっくりどーぞ」 「はいっ」 ホテルにタクシーで戻る訳だが、車内で彼は必死に書類を見ている。 木葉刑事は・・と云うと。 陽気なドライバーと京都の事情を聴いて喋っていた。 ホテルに戻れば、隣のコンビニで軽く買い込むのみ。 風呂も適当に入った荘司刑事は、スマホに齧り付いて集中する。 ベットで横に成る木葉刑事は、里谷刑事にも情報を送ると。 静かに眠りに落ちる。 スマホには。 - うぉい゙っ! 何でぇっ、帰ろうと云う晩に言うんじゃぁーーーーっ!!(里谷) - 彼女の怒りが送られていた。        * さて、出張3日目。 東京、京都、福岡にて、被害者の裏の顔の捜査が始まった。 照会された銀行口座には、多額の入金が確認され。 預金残高は、1億8000万円を超えていた。 然し、先ずの問題は、振込先の銀行である。 地方銀行から日本の大都市のアチコチと、2頁以上は進まないと被らない銀行名でビッシリ。 こんな事は、日本中で何か取り引きをする法人だの、会社名義のモノならば解るが。 個人のものとしては、中々に珍しい。 そして、その調べをするや、第2の問題が浮上する。 振り込み人の名義が、ほぼ全て偽名なのだ。 更に、京都府警より送られた情報に由り、警視庁の二課が調べ始めると。 データベースには、被害者の女性が関わった地面師の主犯格のデータが在った。 この人物は、別件の詐欺で既に捕まり、都内の刑務所に収監されていた。 午後には、刑務所に刑事が向かい。 逮捕されていた主犯格の男性と話をした。 確かに、被害者の朝倉なる彼女は、違法な土地の売買に関わった。 地面師や詐欺師のネットワークの中で、アルバイト的な役割で荷担する“傍役”、または“子役”と称する者が居る。 地面師や詐欺師の抱える手下的な人物ではなく。 何か、悪党の人材派遣みたいな事をする黒幕が居るらしい。 こうなると、捜査が混乱するのは在り来たりだ。 怨恨か、口封じか、営利目的か。 一応、被疑者が変装をしたらしき事は、僧侶の姿をした不審者が北千住の界隈のみで目撃された事で判って来たが。 目撃詳言から似顔絵も作成されたが、それ以上の目撃証言がプッツリ切れてしまった。 それから2日後。 新たな事が解ると同時に、擬装工作の迷路に入る。 先ず、銀行の振込み名義を調べてみると、名前が実在する者と照会されても。 それは、ネットで依頼を受ける“何でも屋”の存在だ。 全く解らない誰かより、金のみのやり取りで支払いの代理を頼まれ事が解る。 次に、地面師や詐欺の利用するネットワークとやらだが。 これまた、もうアクセスが出来ない。 関係者が捕まると、そのアクセスに利用された様々なアドレスは消える。 捜査をした捜査員は、何か巨大な悪党の組織が在る様な気さえした。 漠然とした恐怖を感じてしまう。 さて、本件の捜査に戻そう。 九龍理事官の指示を受けた木葉刑事は、京都より帰ろうとしていたその足で、石川県に向かった。 あの荘司刑事は報告の為、東京へ戻る。 また、福岡に出張した里谷刑事達3人の内、所轄の2人は報告の為に東京へ戻り。 代わりに、里谷刑事が石川県で合流する運びに成った。 折角、晴れていた福岡よりどんより曇り空の石川県に来た、グラサンの黒ずくめと成る里谷刑事。 「ゔぅ、トーキョーに帰りてぇよぉ」 小松空港に着いて呻く里谷刑事に、スマホで木葉刑事より。 - 早くお願いしますよー。(木葉) - メールを見た里谷刑事は、空港のロビーで木葉刑事と合流するや。 (うぉい゙っ、幽霊から他県管轄の事件なんか解決すんな゙っ! アタシゃ東京に帰りたいんじゃ!!) 小さい声ながら、強烈な圧力を受けた木葉刑事。 「すいませんね~。 可愛そうな親子の亡くなった現場に、行っちまったんですよぉ~」 「なぁ~にぃ? ふん!」 そして、金沢市に捜査としての用が出来た。 あの被害者の衣服や身に付けていた指輪が、この金沢市にて販売された。 インターネットのカタログサイトにも登録された商品だったが、直に店で売買されたらしい。 その販売について調べる為に、2人はこの石川県に来たのだ。 石川県警にも連絡は通っていた。 金沢市内で、やや年配となる捜査二課に所属する女性刑事と落ち合う。 「捜査協力で来ました、石川県警の畔地です。 知らせを受けて判明した店は、二店舗です」 木葉刑事は、晴れた空を眺めている。 里谷刑事が率先し。 「その店は、お互いに近いんですか?」 「両店舗は、車で数分の距離です」 「では、近い方から案内して頂けますか」 「解りました」 あの偽名ばかりを名乗る被害者の女性は、この金沢市でも詐欺師の片棒を担いでいたらしい。 如何にも成金みたいな格好にて。 また、身形のしっかりした・・らしいスーツの男性と、セミナーなるものに出ていた。 そのセミナーでは、肩凝りを取るネックレスを、開運効果も在るとして高値で販売していたとか。 “効果を全く期待が出来ない。 返金して貰いたいのに、連絡が繋がらない” 購入者が消費者センターに相談をして発覚した詐欺だ。 さて、先に衣服を扱うセレクトショップに向かう。 金沢市内のやや外れと成る場所で、ちょっとした倉庫みたいな店舗だ。 ボサッとした髪の長い店長代行の男性店員に話を聴けば。 「ウチは、セレクトショップで在ると同時に、インターネットショップでも或るんですよ」 対応するのは、里谷刑事。 「でも、このお客は店に来たのよね?」 「似顔絵だから、100%とは言い切れないけど。 間違いなく、この人だと思う」 「当時の事は、何か覚えてます?」 「あぁ。 あの服は、少し古い年代のデザインでさ。 サイズの大きい物だけ、何処かのデパートから在庫払い出しかなんかで、此方に流れて来たみたいッスよ。 帳簿でも解る通り、取引は現金払い」 「良く覚えてますね?」 「この客の事は、7年前でも覚えてるよ。 何せ、凄い地味な格好のオバサンが、80万超えの上下一式を一括払い買いしたからね」 里谷刑事が手帳に書く其処に、木葉刑事から。 「領収書とか、何か筆跡が解るものとか在ります?」 「いや、高額商品だけど、現金一括で払われたらさ。 こんな店じゃ、レシート切って終わりッスよ。 ポイントカードも作って無いみたいだし…」 「そっか」 其処で、男性店員が。 「あ」 と、声を出すと。 「ちょっと待って…」 いきなり奥へ。 木葉刑事が周りの服を眺めると。 「ゔ~、仕事じゃ無いなら見て回りたいよぉ~」 唸った里谷刑事が間近の服を手に取る。 呆れているのは、石川県警の女性刑事だ。 其処へ、奥から店員が戻ると。 「この黒は、あの服の色違いだ。 実は、7年前にあの客が試着した時に、ボタンや襟を留める金具に不良が見付かってさ。 売るに売れないって仕舞ったのを、今に思い出した」 それを見た木葉刑事は、石川県警の女性刑事に目だけ向け。 「そちらの詐欺師事件に必要ならば、押収はそちらで構いませんよ。 彼女の存在を証拠付ける、痕跡の検査結果さえ警視庁に頂ければ…」 証拠を寄越すと言われ、彼女はビックリしてから服を受け取る。 緊急性の無い事だから、店員に許可の意思表示を一筆貰ってから、石川県警に連絡して承諾を得た。 その次は、宝石店だ。 少し市内へ入った処の、店の外装は洒落た佇まいの宝石店。 だが、良く見ればコンビニを居抜きで引き取り、改装しただけの様な形と解る。 その店に向かう為、カメラ屋の店と共同の駐車場に車を停めた時だ。 木葉刑事は、酷く強い怨念のざわめきを間近に感じた。 (何だ?) バックミラーを覗くと。 怒鳴り上げる様な仕草の老人・老婆を何人も引き連れた、地味なパーカーを羽織る髪の長めな男性を歩道に見付ける。 霊には気付いて無いらしいが、不審に辺りを窺いながら宝石店へ向かって行くではないか。 「あ~らら、宝石店には似合わないお客さんだ事よ」 降りる動作に移っていた女性の2人だが。 後部座席から女性刑事2人の間に顔を出した木葉刑事は、バックミラーに写る男性を見ている。 3人が観る男性は、辺りを気にしながら足早に店の裏側へ入ろうとする。 「さて、どーなりますか」 素早く降りる木葉刑事は、その後に続こうと後を行く。 女性2人が彼に追い付くや。 (里谷さん、念には念で) (入り口を固めてあげるわよ) 息の合った2人。 真意を問う小声の女性刑事を黙させて、木葉刑事はスマホを手にしながら若者の後を追って細い店裏の土地へ。 そして、店の裏側に回ると扉が開いていた。 扉に近付くと、やや動揺した若い感じの男性の声で。 「もうっ、ダメだ。 受け子が3人、出し子も5人が捕まった。 此方の名前が、サツにバレてるかも知れないよ」 すると、ややハスキーな男性の声で。 「此方をバカにするな。 お前等は、使い捨てで雇ったんだ。 目標額を納めるまでは、受け子でも出し子でも追加する。 金を受け取っておいて、此方を裏切るなど許さない。 詐欺の片棒を担ぐなんてな、そんな甘いものじゃないんだよ」 話を聞いた木葉刑事は、県警の女性刑事に。 (そろそろ、捕まえますか) 驚く彼女だが、木葉刑事はライセンスを出して扉を開きながら2人の前に現れる。 驚いた男性2人は、慌てて店の出入り口へ走る。 それを見た県警の女性刑事は、もう気が気でなかっただろう。 だが、里谷刑事がアッサリ2人を確保した。 然し、問題は追わなかった木葉刑事。 バックヤードの事務室で、手袋をすると壁に填まる鏡を見るなり触ったり、引いたり。 そして、押して見ればロックが外れて、鏡の戸が開いた。 「はい、証拠発見~」 ノートPCを取り出して、店の中へ向かう。 宝石店の入り口では、ボサッとした若者を里谷刑事が捕まえていて。 眼鏡をした身形の良い中年男性に、県警の女性刑事が手錠を掛けていた。 そちらに向かった木葉刑事は、捕まった身形の良い人物へ見付けたノートPC見せる。 「証拠は、この中かな?」 身形こそ良い中年男性だが、ノートPCを見るなりに眼を鋭くさせ。 「どうしてそれをっ!」 「鏡に指紋がベタベタ着いてても拭かないし。 無造作に置いたデスクも違和感が在り過ぎだよ」 後に、このノートPCの中の情報で、振り込め詐欺の一組織が解体される。 だが、警察車両が来るまで、木葉刑事は宝石を見て回った。 さて、取り調べとして、先に話を聴く事を許された木葉刑事と里谷刑事。 振り込め詐欺の幹部を“棚ぼた”で確保が出来た訳で。 手下の男性を脅していた音声の肝心な部分は、木葉刑事がバッチリ録音していた。 あの県警二課の女性刑事は、先に実行犯らしきパーカーの男性に話を聴く。 午後の3時前。 幹部らしき身形のしっかりした眼鏡の中年男性は椅子に座らされ、木葉刑事と対峙している。 「話を聴いたら、さっさと帰るよ。 だから、すんなり答えてちょーだい。 この女性に、効果な宝石を売ったよね?」 写真と似顔絵を並べられ、中年男性の表情が微かに歪む。 その変化は、里谷刑事も見逃さない。 「この女性、この間に殺害された訳。 何か知らない?」 すると、眼鏡の中年男性はあからさまに驚く。 「おっ、俺は関係無いぞ!」 似顔絵を持ち上げる木葉刑事は。 「関係無いって言うならば、この女性に宝石を売った時の事を話して頂戴。 その時の資料とか有れば、貰って行くよ」 この中年男性も、あの被害者の事を良く覚えていた。 800万を超える指輪を即金で買った。 然も、帶封の付いたピン札で。 「裏で詐欺の売り上げを集めてる此方としちゃ、マジで怪しかった。 だが、金はモノホンだったし。 あんな高額の指輪が出るのは、中々ない。 だから、売買契約書にサインだけ貰って売った。 今から7年前の7月8日だ。 個人的に丸々売り上げを懐に入れたから、良く覚えてるよ」 「この女性さ。 どうも詐欺師や地面師の協力をして、犯罪のアルバイトしてたみたい。 振り込め詐欺で、雇ったりしなかった?」 「こんな怪しい女、誰が遣うかよっ。 娘にも成らねぇ中途半端のババアだぞ!」 捕まってまだ心が乱れているのか、大声を出した中年男性。 だが、刑事相手に大声は不味いと察したのか、少し落ち着いてから。 「・・振り込め詐欺なんてな、金回りを急に良くする奴をホイホイと遣ったらアウトだ。 そっちの捜査に直ぐ引っ掛かる。 それに、こんな成りの人間はダメだ」 「つ~かさ。 詐欺に遣う人物の派遣を遣ってる人が居るって聴いたけど」 「そ~ゆうのは、もっと綿密に仕事をする奴等か。 短期で騙して、その土地から逃げる手合いだよ」 「そうなのか」 「どっちにしろ、俺達には話を寄越さないさ。 此方は、捕まるの在りきの手当たり次第だ。 そんな計画的で金の掛かりそうな遣り方は、割りに合わないと思う」 「ふぅん」 2人の心証として、この人物の話に嘘は見えなかった。 事情聴取の終わり際。 木葉刑事は、不貞腐れた感の身形の良い男性へ。 「然し、お宅もかなり儲けてたでしょ。 振り込め詐欺に執着する必要も無かったんじゃ~ないの?」 これ以上は話したく無いと、男性は横を向く。 席を立ち上がった木葉刑事は、 「お宅の店の安いダイヤって、所謂の模造ダイヤでしょうに。 類似ダイヤを天然石と偽るンだから、ボロ儲けだ」 と、部屋から出る。 唖然として木葉刑事を見送る男性は、 「な、何で解った」 と、呟くのみ。 その後、木葉刑事と里谷刑事は、後から押収された資料より、被害者の資料だけを借りて東京に帰る事にする。 九龍理事官の判断で、 “地方の犯罪を解決する為に派遣してない” と、言われてしまった。 ま、仕事はしている訳で、一泊は許される。 雨の所為か、飛行機も、新幹線も捕まらなかったからだ。 夜に、市内でも有名な回転寿司を紹介された二人。 押さえたホテルも近く、送って貰って地元の警察とはバイバイに成るが。 豪勢なネタの回る金沢市の回転寿司に、里谷刑事は大興奮。 東京に居る班の仲間だったり、鴫鑑識員に写メを送る。 ブリの各部位の握り3種を前にした木葉刑事は、被害者のサインしたと思われる書類データをスマホで眺めていた。 「踏田、踏田 禊ね…」 石川市内の二店舗で使われた被害者の氏名は、《朝倉》だ。 然し、4年ほど前に、京都で起きた土地の不正売買に使われた契約書には、氏名の処が“踏田 禊”《ふみた けい》と在る。 住所は東京八王子と在り、以前に此方の所轄が捜査すると。 なんと、この女性が行方不明に成っていた。 豪勢な海鮮丼をカウンターの向こうから貰う里谷刑事。 テーブルの上を寿司で埋めつく。 「なぁ~にを考えている。 木葉警部補ぉ~」 周りの賑やかさで、二人の話声は相殺されていた。 4人の子供を連れた家族が一つ先の席に居て。 何とも回転寿司らしい雰囲気だ。 だが、ビニールの袋に入れられた資料とスマホを比べ眺める木葉刑事は。 「それが、この名前に記憶が在ります」 スマホの方を持ち上げる。 海鮮丼を一口食べた里谷刑事が、ピタリと動きを止める。 「ふぇ?」 「この人物と同性同名の別人が、今もまだ行方不明に成ってます」 口をもごもごさせる里谷刑事だが、 “それで?” と、ジェスチャー。 「今から3年ほど前ッスかね。 忽然と姿を消した主婦ってことで、TVの行方不明者を捜す番組でも取り上げられました」 口を開けた里谷刑事が。 「ナニ、それ」 「さぁ。 単なる同性同名の違う人か、それとも…」 「ちょっとちょっと、一体、幾つの事件を掘り返す事に成るのよ」 「さぁ。 被害者に聴いて下さいよ」 先が思いやられると、里谷刑事は海鮮丼に向き合う。 一方の木葉刑事は、にぎりを食べながらスマホやら資料に眼を向けて居た。 ホテルに帰り、里谷刑事は東京の捜査本部に連絡を入れた。 折しも篠田班長が電話先に出て、経緯を話せば。 「おいおい、里谷。 まだ他の事件に繋がるのかよ」 「解りません。 ですが、保険証の番号を控えて、それぞれ本人を偽り他県へ移住し。 住基カードを作り身分証明にしてます。 無関係かどうかだけ、調べた方が良いかと」 「行方不明、行方不明な…」 「班長、二つも別人の名前が出た以上、早急に捜査すべきです。 どちらの名前も、確認は保険証を身分証にしてのこと。 住所から探って偽名に使われた2人が誰なのか、被害者が何者か調べた方がいいと思います」 「ん、それはそうだが・・。 此方も手が足らないんだよ」 木葉刑事の疑問は、常に事件の存在を突く。 事件に被害者が関わるならば、詰まりその事件を炙り出せば被害者に繋がるかも知れない。 通話を終えた里谷刑事も、今回の事件には言い知れぬ不気味さを感じて。 寿司の味を忘れてしまった。
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