時が満たりて凍蠅が葬列を為せば、埋もれた罪が時効の天秤にて計量(はか)られる

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       * 次の日。 朝の始まりで。 「木葉さん」 九龍理事官が彼を呼ぶと。 「飯田刑事、松原刑事と一緒に、大崎と云う女性を当たって頂戴。 向井と古堅って女性は、別に当たらせる」 「はい」 飯田刑事と松原刑事に木葉刑事は、車で所沢市に向かう。 途中、ちょっと回り道をしたのは、ライターの麻木なる女性がタクシーで尾行していた為だ。 木葉刑事一人が降りて、新宿のビルに入り。 麻木を撒いてからまた車に乗る。 今回の事件は、記者に憶測記事を書かれると大変だ。 過去の事件が絡む事、詐欺の一味が未解決事件で死んだ事は、今の処は情報を出さない様にしている。 恐らく、踏田と云う女性失踪の事件に関し、あの亡くなった詐欺師達の情報は何れ洩れるだろう。 あの大量殺人事件に紛れているだけで、細かく調べれば解るはずだ。 記者がそれに飛び付いて記事にするまでに、此方とすれば捜査にアドバンテージが欲しい。 その記事が出る頃には、踏田さんの殺人の実情ぐらいは掴みたい。 さて、埼玉県警と所沢署には話が通っていた。 住所を尋ねてみれば、小さいながら一軒家。 「一軒家だ」 驚く松原刑事。 詐欺師として逮捕されたのに、新しい一軒家とは驚きだ。 だが、すんなりインターフォンを押す木葉刑事。 「はい、何方?」 「此方、警視庁の者です」 「警察…」 「実は、貴女に少々、質問が在りまして」 「私に質問って、私は何もしてないわよ」 「ですが。 出所の日、貴女を迎えに行った女性らしき人物が、先月に亡くなったんですよ」 「え? あ・・誰の事でしょうか」 「お惚けに成られても、見ていた人が居ましたよ」 「と、にかく…」 「殺人事件なんで、御話下さらない場合は、警察もしつこくなりますよ。 面倒とお思いならば、この今に終わらせた方が早いかと」 そして、沈黙が続いて1分超後。 「解りました」 答えが返って来る。 そして、玄関が開かれて。 人生に疲れた様にガリガリに痩せた、50歳はとうに過ぎた感じの女性が現れた。 その女性に近寄る木葉刑事は、あの女性の写真を見せて。 「単刀直入にお聴きします。 この女性の事を、何でも構いませんから教えて下さい」 写真を見る大崎なる女性は、ジワリと怯えた仕草で。 「本当に、彼女が死んだの?」 「御遺体の写真も必要ですか?」 ドキッとする事を言われ、大崎は怯えたままに早く首を左右に振った。 「彼女の名前は、〔小田切 玉美〕《おだぎり またみ》と言います」 飯田刑事と松原刑事が書いて。 「あの、漢字が解れば、此れに書いて下さい」 手帳を開いた木葉刑事は、ペンを差し出す。 彼女が漢字で書くと、木葉刑事の眼が厳しく凝らされた。 飯田刑事、松原刑事に見せる傍ら、木葉刑事は。 「あの、もしかして…」 「はい?」 「この方、東北のご出身とか・・聴いてませんか?」 聴き返された大崎なる女性は、また驚いた。 「何で、解ったの? だって彼女、普段は絶対に訛りは出さない…」 木葉刑事と大崎なる女性のやり取りに、飯田刑事と松原刑事は眼を奪われた。 然し、木葉刑事の方が早く冷静になり。 「この女性との関係は、話すと長くなりますか? 立って話すのがお辛いならば、玄関で座って話を聴きますが?」 彼女の痩せた体が気になり、木葉刑事は配慮する。 この大崎と云う女性と亡くなった小田切玉美の関係は、凡そ20年以上も前に遡るそうな。 まだ大崎なる女性が結婚していた頃。 彼女は、夫の暴力に堪える生活だった。 その時、夫の暴力から肩を痛めた大崎なるこの女性は、病院に行ってから帰る時。 路上を歩いていた最中に、走り去る女性が何かを落としたのを見た。 それを拾ったのが、全ての切っ掛けだった。 拾ったのが、大崎なる彼女。 落としたのが、小田切玉美。 焦る小田切玉美は、礼も荒く拾われた紙袋を奪い取った。 が、その数日後。 この彼女が疲れた顔で買い物から帰る時、小田切玉美が待ち伏せしていた。 “こんにちわ” 穏やかに挨拶されて、大崎なるこの女性も驚いた。 さて、話は礼だけと思いきや。 腕の痣を見られていて、家庭内暴力を見抜かれた。 “アンタさ。 夫に殺されたい訳? 女が夫の奴隷なんて、何時の話よ。 別れなさい、働けばいいだけよ” 諭された。 いきなりの事で、この女性も困惑したと云う。 だが、20年以上は前の当時の事だが、夫の暴力が確かに酷い。 酔う前は、言葉。 酔うと、暴力。 子供が居ない自分で、確かに別れるにしても心配は少なかった。 この時は、彼女は別れるかどうか考えると言ったが。 それから一年半ほどして。 夫の会社が早期退職者を募集しつつ、中年社員の首切り対象者に夫が入った。 その決まった夜、夫は呑んで暴れに暴れた。 その様子を近所の人が見て、警察を呼んだ。 夫の暴力にほとほと疲れてしまい、結局は彼女も別れる決心をした。 弁護士と話して、家や土地は一切貰わない代わりに、退職金を7割ほど貰って別れた。 コレでも、財産の割合は夫の方が多かった。 その後、この彼女はスーパーで普通に働いていたが。 一年ほどしていきなりまた、小田切玉美が現れた。 夫と別れた事を話してからその後、小田切の方から誘う事で何度か呑みに行った。 然し、其処に落とし穴が潜むとは、大崎なるこの女性も思いもよらなかった。 それは、小田切玉美とだいぶ仲良く成った頃、彼女の知り合いとばったり会った。 それが、結婚詐欺や健康・美容商品詐欺をしていた女性、〔蓮沼〕《はすぬま》なる人物だ。 その後、今から16年ほど前か。 小田切玉美は何故か、次第に忙しく成った。 最初に会った時からこの大崎と云う女性も、小田切玉美と云う人物が普通の仕事をしているとは思えなかった。 高価な衣服や指輪などを身に付けるし、高い酒も気前よく頼む。 また、世間話をしていても結婚などの経験で話が合うと思えば、普通の人と感覚がズレている話をする処も在った。 それでも、やはり小田切玉美は、自分にとって友人だったと思う。 何故ならば、彼女は自分を悪い道に誘わなかったからだ。 だが、ばったり会った蓮沼と云う女性は違う。 先ず、小田切玉美が忙しくなり中々会えず、3ヶ月ほどが経過した頃か。 或る日、小田切玉美から飲みに誘われた時。 “仕事で関西に行くから、当分は逢えなくなる……。” 次の再会まで間、元気で居ようと語り合い。 小田切玉美と会えなく成ってから、ふた月ぐらい経過した時だ。 突然、蓮沼と云った女性がまた現れた。 “ねぇ、小田切さんの連絡先を教えてくれない? チョット、話が在るのよ” 半年以上も前に、一度ばったり顔を合わせただけの蓮沼なのに。 馴れ馴れしく言って来た。 大崎は、この蓮沼と云う人物が、何となく印象として怖かった。 小田切玉美と同様に、身形が派手なのは勿論だが。 その何となく綺麗に見せる魅力の中に、毒々しい欲望が在りそうな感じが強く感じられたからだ。 大崎は、蓮沼に連絡先を教えなかった。 知っていたが、小田切玉美は忙しいのか、電話は掛かって来る一方でしかない。 蓮沼なる彼女に、 “小田切玉美とは、当分の間は会えなくった” その事実だけを説明したのだ。 蓮沼は、この時は了承したと直ぐに別れた。 処が、小田切玉美と大崎が会えなくなったと知るや、蓮沼は妙に親しげな雰囲気を持ってまた現れた。 連絡先を押し付けみたく渡され、半月ペースで呑みに誘われる。 その末に頼まれたのは、美容商品や健康商品の詐欺だった。 この女性の逮捕やら裁判の記録を観た木葉刑事達。 裁判では、この大崎と云う女性が詐欺に関わる過程で、何処まで犯罪の認識が有ったのかを争った様だ。 裁判員達は、数年に渡り受付窓口の役割をしたこの大崎には。 “何処と無くですが、普通ではちょっと考えられない報酬の仕事をしている…。 そんな感覚を持っていた” こう云う処から、途中で警察に通報が出来たと感じた事を意見を出した。 裁判官も、その意見を反映した判決を下した。 だが、逮捕されるまで大崎は、詐欺の事実を全く知らなかった。 言われるままメール注文を受けて、商品発注をパソコンで指定されたサイトに送信するだけ。 一件の送信につき、報酬は500円。 毎日数件から数十件。 高い時には、日当が何万円に成る事も。 月の報酬が十数万円から、高い時には三十万を超える事も在った。 こんな旨い話が普通ならば有る訳がない。 確かにそうだが、注文した客側から此方に文句は一切言われない。 普通ならば、詐欺ならば客から文句は来そうなものだが。 それが無かったから、ズルズルと続けてしまった。 そう、蓮沼なる女性は、自分を詐欺に利用していたのだ。 そして、6年以上経ったある日、いきなり弁護士の男性が大崎の住むマンションに来た。 “貴女が販売する商品に、謳う様な効能は確認されない為。 この事を詐欺として訴える” 全く身に覚えの無い大崎へ、弁護士の男性はこう言った。 詐欺と解ってから思い返せば、何処かでそうじゃないかと疑った事は何度も在ったが。 警察に捕まって取り調べを受けると、蓮沼なる女性が警察の捜査や弁護士から逃げる為、会社の住所を二転三転とコロコロ変えた上。 最後には、大崎の住んでいたマンションに変更したらしい。 訴えられて、逮捕されて、警察の調べが入って自分も騙されて居たと解る。 だが、犯罪をしている認識について、裁判は2年近く争ったが。 結局は3年以上の実刑を受けた。 マンションも賠償の為に売られたし、蓄えの一切を奪われた。 世間知らずと言われたら、確かにそれまでだろう。 処が、絶望した大崎が刑務所に入ってから一年ほどして。 突然に、小田切玉美から手紙が来た。 内容は、 “仕事が忙しく、逢えない間に知り合いが悪い事をした。 貴女の奪われた財産は、私が必ず取り返すわ。 謝りたいから、出所の日取りを教えて頂戴。” こうだった。 (刑務所にて生きる自分に、今更何を言うのか) 大崎は、これも嘘かと思ったが。 (でも、嘘ならば…。 そうならば、何も手紙など出さなくていい) こう思ったし。 また、絶望していた自分に、小田切玉美との思い出は小さな良い思い出だった。 望みなど叶わないと想いつつ、返信の手紙を出したが。 出所の日に彼女が迎えに来たのは、この大崎も本心から驚いた。 高級車タクシーの車内で、運転手に聴かれない形の中。 小田切から重ね重ね謝罪された。 彼女を見た瞬間、怒りも込み上げた大崎だったが。 小田切玉美は、蓮沼と深い関係ではないと感じた。 それほどに、彼女は謝った。 そして、この家に案内された。 二千万の、奪われる前の貯蓄と同じ額が入った、自分名義の通帳も渡された。 小田切玉美は、それからちょくちょく電話をくれたりした。 先月の頭にも、亡くなる数日前にこの家を訪れたとか。 “また東京に一時ばかり戻るから、暇な時は一緒に呑みましょ。 今回は、面白い話が在るのよ” 一夜だけ泊まった小田切玉美と交わしたのは、こんな話だった。 まだ、仕事で動き回る必要が在ると言っていた。 この家の2階に在る一部屋は、小田切玉美の為に取って在るのだとか。 此処で、木葉刑事が。 「最後に、一つ確認させて貰います。 “小田切玉美”とは、彼女の本名でしょうか」 「え?」 大崎なる女性が、木葉刑事に顔を上げる。 「それ、どうゆう…」 「実は、捜査の過程で明らかに成って来たのですが。 この女性には、幾つかの偽名が在ります。 貴女の御話を窺うと、どうもこの女性は貴女とだけ、人情味の有る付き合い方をしている。 これが本名、貴女はそう思ってましたか?」 奇妙な質問だ。 飯田刑事や松原刑事は、その質問の仕方に困惑する。 だが、木葉刑事の眼は、人に見えざるものを視る。 この大崎なる女性の間近に、被害者の霊が居て。 彼女を守るかの様に庇い、此方を睨んでいた。 “この人は関係無いっ。 この人には何の関係も無いっ!” 強く繰り返す様子からして、かなりの思い入れが在るらしい。 大崎なる女性は、木葉刑事を確りと見返し。 「私は、彼女の本当の名前だと思います。 話に嘘が見え隠れした時も有りましたが、名前は嘘じゃ無いと思います」 それを聴いて、木葉刑事は小田切玉美の幽霊も視ると。 (これは大事だ。 今に思えば、あの遺体の周りにいた女性の霊の内、若い何人かはアレの写真の人物に似ていた。 くっ、手懸かりは、最初に在ったか…) 一緒に来た松原刑事は、大崎なるこの女性に任意同行を求めるべきと思った。 だが、木葉刑事はそれをせず。 飯田刑事と、もう少し調べてからで構わないと確認し合うと。 「貴重なお話を有難う御座います。 但し、亡くなったこの女性は、多数の犯罪に関わっていた事実が解っています。 本人が亡くなってしまった為、生前の被害者を知る貴女には、また話を御伺いすると思いますが。 それは、ご了承下さい」 大崎は、スマホに在るデータを任意提出に応じてくれた。 小田切玉美の連絡先と、彼女と大崎がスマホで写した写真のデータもくれた。 さて、大崎なる女性の家から離れるなり。 「木葉、お前は何で解った。 被害者が東北鈍りって…」 松原刑事も。 「私も、それが聴きたい」 だが、普段とは違う、真剣な表情の木葉刑事。 「話は車で。 とにかく、九龍理事官に報告しないと。 これは不味いです」 飯田刑事、松原刑事は、何事か解らない。 木葉刑事の警戒が、何に対するものなのか解らなかった。 然し、車に入るなり助手席に座った木葉刑事は、九龍理事官に連絡を取った。 「もしもし、此方は木葉」 「木葉刑事、どうしたの」 九龍理事官が出た。 「理事官、大崎なる女性から話が聴けました。 あの被害者の本名らしい名前は、〔小田切玉美〕」 「小田切玉美ね」 「理事官。 今すぐに、25年前の事件の資料と付き合わせて下さい」 「は? 何で?」 「25年、あの青森県で起こった事件の関係者で。 既に判決を受けた、あの受刑者の事を捜査関係者に話した人物の一人が、確か〔小田切玉美〕と云う名前でした」 この話が出た瞬間、飯田刑事と松原刑事はビックリして、木葉刑事を食い入る様に見る。 いや、通話の向こうの九龍理事官ですら、眼を見開いて固まった。 「わかっ、た。 今すぐに、確認します」 スマホの通話が切れるや木葉刑事は、飯田刑事や松原刑事が話し掛けて来るのを手で制し。 次にまた、誰かへ電話をする。 「もしもし、先輩ですか」 「よぉ、迅。 例の美女とは、もう一発のヌキサシ成らない関係に成ったかい?」 「せっ、先輩っ。 なんて事を…」 「悪い悪い。 ンで、ちょっと頼みが在るのさ」 「事件絡みですね。 何ですか?」 「あのさ、8年か9年ぐらい前に、健康食品や美容商品の性能や効能を偽った詐欺事件で。 大崎って女性だけが逮捕されて、判決が下った事件が在る筈なんだ」 「はい。 で、何を調べれば?」 「その事件の被疑者で、“蓮沼”って女性も居たと思う。 その女性の事、どうなってるか調べて欲しい」 「解りました」 「迅よ」 「はい?」 「お前、時に女性には情熱を見せないとダメだぞ。 真面目なだけじゃ、ヌキサシは無理だ」 「先輩っ、もう切りますよ!」 一方的に通話が切れた。 が、木葉刑事の表情は厳しい。 「木葉」 改めて飯田刑事が声を掛けると。 「どうしましょうか。 警視庁に暇潰しに行きますか?」 この文言は、松原刑事も知っていた。 「情報収集ですな」 飯田刑事は、篠田班長にだけ連絡を入れると。 「あの過去事案の関係者を覚えてたのかよ」 車を出しながら云う。 考える仕草をした木葉刑事からは、 「資料は、貰いましたからね」 と、だけ返って来る。 さて、此処には小さな、隠された話が潜む。 それは、北千住での殺人事件発生から2日目の時。 朝の捜査会議で、25年前の失踪事件の報告が為された。 然し、その夜には、25年前の関係者となる人物の写真も付属されていた。 青森県警は、当時に小田切玉美の事も少しばかり調べていた。 その時に、写真も撮っていた。 処が。 その写真を木葉刑事が見なかったのは、捜査本部より外れた別所なる所轄の刑事の存在が関わる。 “チキショウめ。 あの不正をする奴め、何で鑑識とは仲が良いんだっ” 鴫鑑識員に恋慕する別所刑事は、木葉刑事にだけは優しい対応をする鑑識員達に苛々していた。 其処で、篠田主任より。 “悪いが、ウチの班の面子が戻って来たら、この資料を渡しておいてくれ” 25年前の事件の資料と、顔写真の事を言われた。 聴き込みから戻った木葉刑事達に対し、別所刑事は顔写真を抜いた資料のみを渡した。 彼からすれば、簡単な意地悪と成る。 だが、実際には、捜査の進展が遅れた。 さて、警視庁に着く頃には、もう午後の1時を回っていた。 警視庁に帰った木葉刑事は、組織対策室の情報・資料を扱う部所に向かった。 厳重な二重のドアが在る部屋の前で、インターフォンを押す。 「誰ですか」 「警視庁捜査一課。 篠田班に所属します木葉警部補です。 松永さんに面会したいのですが」 すると、程無くしてドアが開く。 細く鋭い眼をした、いぶし銀的な風貌の大柄な年輩男性が現れた。 「木葉。 元気そうじゃないか。 今は、九龍ちゃんと仲良く遣ってるって?」 ドスの利く声をした松永なる人物は、階級で云うと警部だ。 然し、来年で定年を迎えるし、足を悪くして内勤に回った。 頭を下げた木葉刑事だが、松原刑事も頭を下げた。 「お久しぶりです、松永警部」 「やぁ、松原さん。 確か、今年で定年では?」 「はい。 一応、5月です。 刑事課の人員の入れ換えが遅く、5月末までです」 「いや、流石。 その年齢まで、刑事課に居るとは」 だが、松原刑事の方が。 「松永警部。 どうか、一つお力を貸して頂きたい。 今、関わった事件だけは、定年までに目処を見たいのです」 「ん。 で、木葉。 俺に聴きたい事は?」 写真を取り出す木葉刑事。 「風俗関係の組織事案に詳しい松永警部に、この女性の事を教えて欲しいんですよ」 その写真の女性を見るなり、松永警部の眼が凝らされた。 「知りたいのは、向井の事か」 「はい。 どうやら詐欺事案の最中に、殺人を犯した様でして。 まだ、遺体の見つかって無い、行方不明の人物の情報を握っている一人らしいんです」 「ほぉ、なるほど。 この女ならば、それも強ちあり得ない事でも無い。 とにかく、強欲なまでに金の亡者でな。 自分の為ならば、子供でも売り渡す様な気性をしている」 「話では、暴力団関係者の縁で、飲み屋を遣ってるとか」 「おう。 場所は、北池袋の会員制クラブ・〔フローラ〕だ。 一見すると高級クラブだが、夜中になると性的なサービスをするらしい」 「摘発は?」 「そ~れが、財界やら国のお偉方が会員に成ってて、摘発を計画すると情報が渡る」 「あ~らら。 愛人を作る事が面倒だから、其処で発散してるみたい」 「全くだ。 それで性病になっても、此方に文句を持って来るなって話よ」 「あ、好物のシガレットチョコを持って来ましたが」 「ん゙~、食べ過ぎるとダメって、娘に怒られるんだ」 「んじゃ、今回は止めと云う事で……」 「まぁ、待て。 情報の代金だ。 有り難く、貰っとく」 「ま~つながさん、言い訳に此方はナシですよ」 「バカ。 お前が主犯だ」 「ヒドい話だよぉ」 別れの前に少し雑談をし、松永警部と別れた木葉刑事。 次に、また迅と連絡を取り合う。 警視庁内の喫煙スペースに居ると……。 「よ。 木葉」 現れたのは、2課の立川主任。 結婚詐欺師を主に扱う班の班長だ。 「立川さん、お手数を掛けます」 「おう。 お前が居間辺に聴いた案件は、これだろう?」 迅は忙しい。 今はやや余暇が在る立川主任が、代わって来てくれたのだろう。 蓮沼は結婚詐欺師としても、警察に顔が割れていた。 立川主任は、結婚詐欺師の専門となる班を預かる主任だ。 資料を受け取り見て、 「はい」 頷く木葉刑事。 既にカップコーヒーを買って在り。 それを貰う立川主任が。 「その被疑者の蓮沼って女は、結婚詐欺師としてもマークされていた。 俺も、その線で追っていたがな。 だが、蓮沼は死んでたよ」 資料を読む木葉刑事も、琵琶湖で上がった死体が蓮沼で在ると知る。 「この詐欺事件の、他の被疑者達は?」 「それが、公衆電話から来た謎のタレコミで捕まった。 タレコミの主は、変装もしていて解らなかったが…」 蓮沼と云う女性の死は、不審死と成っている。 「立川さん。 殺人じゃ無いんですね?」 「怪しかったらしいが。 毒物は出なかったし、蓮沼は内臓に持病が在った。 だから最終的には、ホレ、事故死で片付いた」 「そうですか…」 処が、立川主任の表情はやや疑わしいと眼を細め。 「だがよ、木葉。 この蓮沼って女は、そっちが今、捜している向井と同様。 自殺する性質(たち)じゃ無い、かなり狡猾で強情な女だったからな。 誰かに呼び出されならば、そいつが1番の容疑者。 殺人の疑いも残る」 「立川さん。 この資料、貰っていいですか? 理事官に提出します」 「構わないよ」 「それから、過去に八王子で起きた。 インターネットセミナーの詐欺事案ですが」 「ん。 別の班が動いてる。 なんか、進展が在ったみたいだな」 「はい。 先に持ち込まれた土地絡みの連続詐欺と同様に、近々ですが2課(そちら)へ新たな情報が持ち込まれると思います」 「おい、ちょい前の土地の詐欺事案といい、2課はそっちの手柄を貰ってるみたいじゃないか」 「あ~、今回は行方不明の事案が絡んでますんで。 先の千葉の一件みたく、大変ですよ」 「然し、この2、3年。 一課は大変だな。 お前、体は壊すなよ」 「立川さんも、気をつけて下さいよ。 頼る人が居なくなる」 「フン。 お前のお陰で、最近は上からの風当たりも柔らかくて、元気ビンビンだよ」 「ビンビンって・・下半身も、ですか?」 「・・・今、妻が3ヶ月目だ」 「た、立川さん。 男らしい~」 「お前も早く結婚しろよ」 先輩風を貰い、立ち話をして別れた。 その後、情報を貰って捜査本部に帰る木葉刑事達。 運転する木葉刑事に、助手席の飯田刑事が。 「なぁ、木葉。 俺は、少しこんがらがって来た。 これはどうゆう事だ?」 「さぁ。 25年の事件と、何等かの関係が在る…。 今は、それだけでしょう」 「だが、こんな事が在るのか?」 「これは、自分の憶測ですがね。 25年前の事件には、あの判決を受けた人物以外にも。 もっと、何人も関わって居るんじゃないですか」 「ん…。 お前の意見、最もな気がして来た」 其処へ、松原刑事が。 「あの、向井なる女性はどうしますか?」 畠中の供述が在る。 任意の事情聴取は可能だろうが、相手は何度も犯罪を重ねている人物。 逮捕には、令状を添えないと面倒なのは解っている。 悪い事でも、重ねれば経験になり。 相手とて知恵が着く。 考える木葉刑事が。 「令状を持って行った方がいいでしょう。 でないと、バックが煩そうです」 頷く飯田刑事も。 「畠中の詳言だけじゃ、殺害に関係しているとは言えない。 出来たら、古堅って女性も抑えたいな」 「その行方の方を追いたいッスね。 向井さんの確保は、誰でもいい」 捜査本部に戻れば、九龍理事官と話す事に。 情報を聴いた九龍理事官も、頭を抑え。 「逮捕・・。 う~ん、畠中の話だけで落とせるかしら…」 前に立つ木葉刑事は、 「行方不明者の姿も在りませんし。 事件を目撃して居ない畠中の話だけですしね。 八王子のコミュニティーセンターには、殺害の証拠も在りません。 ハッタリだけでは、微妙かも」 然し、定年が迫る松原刑事は、やはり解決を急ぎたいのか。 「然し、詐欺セミナーの犯人としては、立件可能では? 先ず、身柄だけでも…」 詐欺セミナーは、詐欺事件として警察署に訴えられている。 動くならば、2課の仕事だろう。 畠中の身柄は、本日に2課へ預けた。 ならば、直に動く筈なのだが。 それよりも九龍理事官には、大崎なる女性の詳言が気掛かりだ。 「木葉さん」 「はい」 「明日、やはり青森県に行って下さい。 同行は、市村さんで」 「あの話を確かめる為、ですね」 「事情を聴いて来て。 但し、向こうの職員に批判はダメですよ」 「はい」 「じゃ、本日は織田刑事達の応援に。 古堅と云う女性は、死亡事案に名前が在りません」 その捜査に向かう事になる木葉刑事達。 また、九龍理事官が話を通して、向井は2課が逮捕する事になる。 古堅と云う女性を探し、刑事は奔走する。 実家の在る山梨県に織田刑事が若手と向かったが、其処には母親のみが居るだけ。 “あの子は、もう8年以上も会いに来てくれません。 2年ほど前、差出人不明の手紙がポストに入っていて。 あの子だと解りました。 でも、会いに来てくれないんです” 子を持つ親の織田刑事の眼から見て、まだ60前後の母親が、70代に見えた。 もう夫も亡くし、一人で生きる母親は心配で疲れてしまったと思えた。 同じ頃。 都内を動く市村刑事も、古堅なる女性を探し、同じ大学の卒業した同期を探したり。 講師に話を聴いたりする。 古堅なる学生は、余り大学に来なかったらしい。 結局、大学3年で退学している。 印象が薄い、大学に来てない、知り合いが少ない。 だからまぁ、聴ける情報は少ない。 夜まで聴き回り、8時、9時まで聴き回って捜査本部に刑事達が戻る。 九龍理事官に報告するも、木葉刑事と市村刑事が会うと。 「木葉、明日は青森だろ?」 「市村さんも、でしょ?」 「青森県って、まだ寒いか?」 この話を受けて、軽く失笑した木葉刑事。 「市村さん、八甲田とかあの辺りは、まだ雪が残ってますよ」 「あっ? もう4月だぞ」 「あの、去年から今年3月までの降雪量、青森県の八甲田って言ったら1メートルや2メートルじゃ済まないッスよ。 今年もまだ寒いし、青森県の気温も例年以下。 まだまだ、山間部を抜ける国道から山まで、数メートルの雪が残ってますよ」 「な゙っ、なぬぅ」 驚く市村刑事に、呆れた木葉刑事。 「あ、それから市村さん。 混浴の場所なんて、貸し切りの部屋風呂ぐらいッスよ。 国内、国外の客のマナーが悪くて、今はガイドラインとかも厳しいです」 「何で、そんな話をするっ」 「市村さんならば、現地調達で混浴とか狙いそうだな~と」 反論する前に、里谷刑事が笑う。 「ウケるぅぅぅっ、市村が遣りそう」 「里谷っ、どっちが先輩が解ってンのかっ?」 「ヒモなんか、先輩に思えないわよ」 「だからっ、刑事を遣ってるのに何で“ヒモ”だっ!」 「毎日通う部屋が違う公務員。 帰る場所が女の部屋って、ヒモモドキじゃないの?」 怒る市村刑事だが、周りは笑うのみ。 警視庁の若い女性職員の何人とも関係が在ると囁かれれば。 刑事としては一流でも、一人の人間となれば人其々の感じ方が在る。 ま、木葉刑事はどっちでもいいのだが。 (酸ヶ湯温泉か…。 今、まだ温泉の敷地に入れるのかな。 あの豪雪地帯だもんな…) 手にする資料は、25年前の事件の概要。 失踪した3人の女性の家族は、既に親のほぼ全員が死亡している。 病死だが、事件で心労が嵩んだのは間違いない。 この3人の女性の内、2人は次女だの三女だの。 3人兄妹、5人兄妹の下の方。 一人は長女だが、産んだ時に親が中年の後期など。 25年も経てば、70代から80代。 日本の国民が高齢化したとは云え、生きていると言い切れない。 (家族が兄妹と成ると、事件の事ばかりを思って生きる訳にも行かないよな) この事件は、世間的に風化していた。 この事件を蒸し返す意味は、殺人と云う事件の真実を明かにし、正しい裁判を行う事。 もし、判決を受けた人物が無実ならば、その冤罪を晴らして間違いを質す事。 そして、亡くなった3人の死の事実を明かにする事で、家族に残る悲しみや無念を少なくする事。 これが、重要になろう。 現に、行方不明のままとなる被害者3人の親族に、継続捜査班の捜査員が話を聴いたりしたが。 家庭を持っている兄妹が多く、日々を生きる事が優先に成っていた。 “妹はもう殺害されているっ。 犯人を捜さないアンタ達の怠慢だっ!” こう怒りを見せた家族も居るのだが、それは血縁者だから当たり前で。 “もう、妹の事は…。” 25年と云う歳月が怒りを色褪せさせて、事件に対する気持ちを殺(そ)いで行く。 力無く諦めを吐露する家族も多かった。 黙る木葉刑事は、 (はぁ、今回の事件は、多数人の人生が絡み合って大変だ) と、仲間を眺める。 苛立つ市村刑事に、里谷刑事や八橋刑事が絡み。 織田刑事や如月刑事が呆れている。 娘を見たいと云う飯田刑事は、本日はもう帰った。 織田刑事も、聴き込み終わりで本日は帰るが。 泊まる刑事は10時前に、ファミレスへ向かおうと警察署から出る。 処が、本日は珍しく進藤鑑識員が来ていて。 「木葉ちゃん、俺も一緒にいいかい?」 階段上から声を掛けられた。 「あ、進藤さん、御疲れ様。 向こうは進展が在りました?」 上着を着替えた進藤鑑識員が降りて来て。 「イヤイヤ、あの遺体は被害者と解って、もう郷田管理官も大変だよ」 最後に2人で、先に外へ出た刑事達の後を追う。 八曽刑事、荘司刑事も一緒だ。 さて、居酒屋風ファミレスで、大人数の奥座敷みたいな場所に入る。 普段は遣らないが、今日はどうも気が晴れない刑事達。 壁に当たった感じで在る。 隅の席に座る木葉刑事と進藤鑑識員。 進藤鑑識員は酒を注文に入れず、食べる為だけの注文をした。 「木葉ちゃん」 「はい?」 「あの事件さ。 下手すると、御蔵入り(迷宮入り)するかも」 「所謂の“コールドケース”(未解決事案)ですか」 「うん。 やっぱり木葉ちゃんの云う通り、あの被害者は犯人を知ってしまったのかも知れないね。 それを確かめようとして、近付き過ぎた…」 「そう思えるんですか?」 「うん」 このファミレスは、最近に珍しく大概の料理を運んでくれる。 烏龍茶が運ばれ、グラスを木葉刑事と二つ引き寄せた進藤鑑識員は。 「あの被害者が殺害される日の晩、誰かを尾行しているのがハッキリした。 だけど、尾行されている側は、防犯カメラの位置を良く調べているみたいでね。 被害者の姿だけ映っている・・みたいな感じ。 被疑者らしき人物は、腕とか肩のみなんだよ」 と、烏龍茶を直で飲み。 「それに、この凶器がね」 スマホの写真で、取り込んだデータを呼び出す。 その凶器を横から見た木葉刑事は、酷く強い念が蟠っているのを視た。 (何だ、このガムみたいに粘っこい念は。 犯人にとって、これは思い入れの強いものだ…) そう感じながら。 「変わったナイフ・・って感じッスね。 持ち手の柄が包丁みたい」 「あ、やっぱりそう思うんだ」 「何処の商品なんですか?」 「それが、サッパリなんだよぉ~」 「分解が可能な感じですから、刃は付け替えてるとか?」 すると、進藤鑑識員が木葉刑事を見て。 「流石、流石は木葉ちゃん。 直ぐにそう判る」 「そうなんですか?」 頷く進藤鑑識員は、分解したナイフの様子を見せて。 「このナイフ。 刃は丈夫な素材を用いてる。 でも、如何せん、攻撃の対象は人体だ。 これまでの被害者の遺体の傷からして、骨に達する傷も幾つか在った。 刃毀れが、発見されたナイフのあれだけとは思えないよ」 証拠の画像を見る木葉刑事は、感じて思うままに。 「で、その防犯映像なんですが。 全部肩とかのみなんですか?」 「ん?」 「今は映像技術も進化してます。 部分部分でもある程度の全身像が映っているならば、継ぎ接ぎでもモンタージュぐらいの姿は創れたりして」 「ん、ん? う~ん、・・・考える価値は在るかもね」 其処へ、料理が運ばれて来て。 「食べようか、木葉ちゃん」 「あ、はい。 で、進藤さん」 「ん?」 「この防犯映像、ちょっと見せて貰って構いませんか?」 「木葉ちゃんならば」 カツ煮御膳と、刺し身3種とブリの照り焼き御膳を二人で突っつく。 処が、木葉刑事の眼は、不思議と何かが視える事が在る。 (ん? 何だ、この違和感は…) それは、二つの防犯映像。 恐らく、犯人と思われる人物が歩く足の映像。 前の映像は、第2の殺人の後。 その次の映像は、第3の殺人の後らしい。 (何で、何で第2の犯行の後は、殺害された人の霊以外に、左足にモヤみたいな念が在るのに。 第3の犯行の後には、強烈な憎しみや怨みの念が霊として着いて行くのみなんだ?) 違和感を覚えた木葉刑事は、進藤鑑識員にスマホを返し。 「ねぇ、進藤さん」 「ん~?」 「この映像と、一つ前の映像。 なぁ~んか、変な感じがしますよ」 「どれどれ~」 箸を口に咥えて映像を見た進藤鑑識員。 「ん~、夜の薄暗い中だから、街灯のライトの当たり方かな」 注目はさせた、と感じた木葉刑事だから。 「俺も疲れたかな? 明日は青森県なのに」 箸を手に戻す進藤鑑識員。 「あらら、木葉ちゃんが行くの?」 「はい。 市村さんと」 「あ、なら林檎ジュースを送ってよ」 「警視庁の鑑識課でいいですか? 林檎ジュースとか、林檎パイとか。 ニンニクに、酒。 意外と美味しいものは多いんで、幾つか見繕いますよ」 「よし。 片岡さんに話を通しておこう」 残りを食べる間、他の話をする2人。 進藤鑑識員の話だと、最近は鴫鑑識員が元気も無く。 また、班の全員が仕事に疲れているとか。 「まぁ、この仕事に於いて、最高の特効薬は事件解決ッスよ、進藤さん」 「木葉ちゃん。 それはどうしょうも出来ないよぉ」 「進藤さん、辛抱をさせましょう。 木田一課長なんて、辛抱の人ッスよ。 望月主任とか、ウチの班長とかも」 「木葉ちゃんに言われると、言い返す言葉が無いよ」 「大丈夫、大丈夫。 進藤さんが、辛抱の人ですから」 「ゔ~ん」 だが、今夜は困っている進藤鑑識員なのに。 それが明日から劇的に変わる事に成る。 全ては、木葉刑事の意見が切欠だった…。
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