時が満たりて凍蠅が葬列を為せば、埋もれた罪が時効の天秤にて計量(はか)られる

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       5 次の日。 木葉刑事と市村刑事が支度をして青森県に飛んだ。 この日は、織田刑事と飯田刑事が休みに入るが。 残る篠田班の3刑事と嶋本班の刑事が主軸として捜査が展開される。 また、この日に。 情報を得た2課が逮捕状を携えて向井なる女性を確保した。 白い女性用のワンピにコートを着た、セレブレディみたいな姿の向井は、逮捕状を見ても顔色を変えなかった。 畠中の供述や、八王子などセミナー詐欺が行われた場所からの訴え。 弁護士などから提出された証拠などから、事情聴取にて詐欺容疑が固まっているのを察した彼女は、すんなり罪を認めた。 但し、主犯は亡くなった四人と強く、躊躇なく言い張った。 その様子を窓越しに眺めた九龍理事官は、 (これは、犯人として筋金が入ってる。 畠中のあやふやな話だけで、踏田さんの殺人を聴くには弱すぎるわ。 何か、もう1つ強い切り札がないと…) こう感じた。 一方、日ノ出町の通り魔事件捜査本部に居る進藤鑑識員も、本日は警視庁の科捜研に向かい。 木葉刑事の指摘した事を調べて欲しいと頼んだ。 この日は、春が冬に逆戻りした様に寒くなった。 東京では雨が降り、聴き込みも捗らなかった。 そして、木葉刑事が青森県に向かってから3日目の晴れた日。 夕方に、里谷刑事が或る事を聴き込んだ。 昨夜の夜に、木葉刑事が班の皆が意見を載せるボォイスメールアプリで、こんな事を言った。 要約すると。 “もし、古堅が生きていて、身を隠すにしても。 住所変更をしていないし、身分証明の更新も怠っています。 恐らく、風俗などの闇に紛れているかも。 あの亡くなった四人の詐欺師の生前の記憶が、手掛かりに成るかも知れませんね” 勘からこれを信じた里谷刑事は、八曽刑事と岡崎刑事を伴って、亡くなった4人の詐欺師の生前の事を聴き込んだ。 すると、亡くなった4人の周りで、奴隷みたいに付き合わされた女性が居た事を覚えている者が居た。 時には、詐欺師の片棒を担ぐ者として。 また、時には目的の為に男達の性的な相手。 時には、協力者へ肉体的な接待と奴隷の様で。 そして、調べると関西の詐欺的なアダルト商品の作製に、彼女が関わっていた事を聴く。 だが、捜査本部では、松原刑事や中堅刑事が焦り。 “向井に事情聴取をさせて欲しい” 九龍理事官に掛け合う。 だが、九龍理事官はそれを許さなかった。 早々と弁護士が付いた向井なる女性。 そのバックボーンは、明かに政財界や暴力団の影が在る。 警察庁の上からの圧力が来たのか、警視庁の総務部の部長が向井の早期起訴を申し出て来る。 また、捜査本部に何故か、総務部の職員が来た。 何を聴きたかったのか、陣中見舞い的な口を九龍理事官には言ったが。 刑事やら捜査本部の調整をする職員に話掛けては、何を聴いていたやら。 困る九龍理事官だが、追い風は在る。 亡くなった4人の詐欺師の遺留品が、警視庁にまだ残っていた。 その調べも科捜研に持ち込めた。 九龍理事官は、機が熟すのを待つ。 周りの捜査員は、 “女性だから、いざとなると尻込みか“ “臆病風に吹かれた” こう囁くが…。 (我慢、今は我慢。 あの殺人に話が及べば、毎日毎日と弁護士に接見する向井は、何等かの手を打つかも知れない。 殺人を誰が遣ったか解らない中で、逆に畠中が遣ったと言われたら、立証があやふやにされる。 実態に及ぶ証拠なり詳言が在ってからでも、話を切り出すのは遅くはない…) 無駄に慌てて風当たりを強めるなど、それこそ無駄な労力だろう。 九龍理事官は、捜査員として優秀だった。 その最たる感覚は、小さい事も見逃さない性格で。 また、機を見計らう感性で在る。 最強の一手を打つ為ならば、如何なる我慢もする。 さて、木葉刑事が青森県に行ってから、大きな動きが見えたのは5日後。 先ず、雨の午前だ。 日ノ出署に在る捜査本部にて、科捜研から二つ情報が入る。 一つ、被疑者と思える人物の体格を、イメージ像として作った。 防犯映像の体の一部を映した画像を組み合わせ、身長や体格を近いものとしてイラストみたいな姿を作った。 聴き込みには、これは使うそうだ。 二つ、被疑者は靴の紐を変えた可能性が強い。 靴に当たる街灯の光を様々な分析に掛けた処、靴紐の結び方が変わり。 そして、色も大きく変化し。 市販品の同種の靴には無い組み合わせに変わった、そんな可能性が在ると解った。 情報が増えた事で、意気消沈した捜査本部が幾らか活気付いた。 そして、報告した進藤鑑識員を、郷田管理官が呼び止めて。 「進藤主任。 新しい情報、有り難う御座います」 すると、郷田管理官に顔を近付ける進藤鑑識員で。 「実は、木葉ちゃんから入れ知恵を…」 「え?」 「青森県に旅立つ前日の夜に、ちょっと話をしまして…」 「まぁ。 彼に頼りきりだわ。 進藤主任、この話はシークレットですよ」 「はい」 手柄の価値も、刑事には時として意味が在る。 この情報は、伏せる事にした郷田管理官。 この日の午後。 九龍理事官の指揮する捜査本部に、新たな情報がもたらされた。 「もしもし、東京の千住署、殺人事件の本部でしょうか」 関西の訛りが在りながら、此方に分かりやすく話してくる年輩男性の声。 「はい。 此方、本部を預かる警視庁の理事官をします、九龍です」 「此方は、大阪府警の捜査一課の主任をします、大垣です。 そちらより照会を頼まれた女性、〔古堅 悠子〕《ふるかた ゆうこ》を確保致しました」 眼を見開く九龍理事官。 「関係者として捜していました。 此方に寄越して下さい。 実は、犯罪に荷担した疑いが持たれています」 「はい。 では、明日に新幹線で」 「本日。 此方から、一人をそちらに向かわせます。 明日は、一緒にお願いします」 「あ、まさか京都でお手柄の?」 あの未解決事案を解決してしまった木葉刑事で、知られたとは気恥ずかしいが。 「いえ。 その捜査員は、今は別の捜査に当たっています。 此方からは、女性です」 「解りました。 では、大阪に着きましたら、連絡を」 「はい」 通話を終えた九龍理事官は、眼を細めほくそ笑む。 今や、八曽刑事や松原刑事は、向井を取り調べて吐かせるべきと言う。 若い刑事も、中堅の刑事も、それが突破口と感じていた。 九龍理事官に対する陰口か、日に日に増していた。 然し、あの向井と言う被疑者は、取り調べで余罪を問われても平然と黙秘していて。 2課の上役と総務部の部長が、彼女の起訴について言い合った事実を知るかの様に。 “今回は、詐欺の荷担を仕方無く遣らせた形で終わる” こう捜査員へ言った。 彼女は弁護士を通じて裏に手を回しているのか、軽微な罪で終わるとタカを括る様だ。 今が、油断している。 こう感じた九龍理事官は、殺人については一切に話をさせない。  (よし、攻める一手は進められたわ。 でも、詳言が得られるまでは、楽観しないほうが良いわね) こうして、里谷刑事に移送の護衛と監視が頼まれる。 が、劇的で落雷の如く、皆を震撼させるとんでもない事が本日に起こる。 それとは…。 夕方の5時を回ると。 警視庁の専用サイトにて、篠田班専用の場で、音声認識でショートメールを載せてやり取りが出来る場所にて。 - 誰かっ、木葉の能力の秘密を解明してくれ! もう、コイツは神だ…。(市村) - 東京に居たり、電車に乗っていた班の面々より、 - どうした?(飯田) - - 何?(里谷) - と、問えば。 - 今、雪に埋もれた洞穴の中に、複数の白骨遺体が見つかった。 これがあの失踪した女性だったら、殺人事件が解決するかも知れない。 (市村) - 木葉刑事や市村刑事が、本部へ連絡する前に。 捜査本部に資料を届ける為、警視庁から戻った篠田班長が、廊下でそれを見て気が可笑しくなった。 ボーっと会議室に入って来た篠田班長。 彼を見た九龍理事官が。 「篠田主任、どうしましたか?」 「は・・はい。 こっ、木葉が、雪山で…」 「木葉刑事が、雪山でどうしましたっ?」 “遭難でもしたか” 聴いた刑事や九龍理事官が緊急事態発生か、と思うと。 「やま、で、は・白骨遺体を・・・発見したみたいで」 「はぁっ?」 ゆっくり九龍理事官の方に向いた篠田班長が、 「複数の白骨遺体を、雪山で・は、発見したと」 ギョッとした九龍理事官は、慌てて木葉刑事に連絡を取る。 通話に切り替わるなり。 「木葉さんっ、何が有ったの!?」 「理事官、耳が早いッスねぇ」 「報告っ!」 普段は冷静な九龍理事官が、捜査員の前でも憚る事なく声を強めた。 ゆっくりとした木葉刑事の話だと。 “明日に東京へ戻る為、大量の血液が発見された場所だけでも視たい” 木葉刑事が現地の刑事課に言った。 すると、本日は猟友会の団体が山を抜ける山道を点検する為。 酸ヶ湯温泉の山側の中に分け入ると云う。 それに、木葉刑事と市村刑事は同行し、酸ヶ湯温泉の真南に広がる雪山に入った。 さて、雪の中を歩くのは、経験が無いと非常に疲れる。 市村刑事が疲れた為に、或る斜面の間近で休憩を取った。 其処で、木葉刑事が立ちションに向かい、雪の壁に手を預けた際、溶け出した雪が小さく崩れた。 そして、崩れた雪の向こう側に、洞穴の一部が覗けたのだとか。 其処から蠅が霧の様に飛び出すのを見付けたので、穴を確認したら白骨遺体が見付かったと言う。 発見までの経緯を長々と語った木葉刑事。 「今、回収の為の作業員や鑑識が、洞窟の在る此方に向かっています。 自分は、今夜は徹夜で付き合いますので。 帰るのは少し遅れます。 情報の事はメール致しますが、ナンなら市村さんを先にそちらへ返してもいいです」 「解りました。 なら、市村さんを明日に此方へ。 此方からは、誰かを向かわせます」 「解りました。 では、非常用の連絡の為に、連絡を切ります。 スマホの電力を持たせたいので」 木葉刑事が通話を切る。 流石に、九龍理事官でも気持ちが乱れた。 慌てるままに刑事部長に連絡すれば、何人か派遣して構わないと云う。 捜査本部は、白骨遺体の発見に動揺する。 これが、噂の様な不正で遣れるならば、もう木葉刑事が犯人とするしか無い。 また、この内部情報を得たあの監察医の主任と云うか、責任者代表の井口監察医が。 “現地に行かせて欲しい” 九龍理事官に言って来た。 異例も異例だが、市村刑事と入れ替わりで青森県に行くのは、4人。 刑事部長付きの魚住参次官、井口監察医、飯田刑事、松原刑事だ。 話を聴いた松原刑事は、電話の先で唖然とし。 「あの彼には、私の経験など全く歯が立たない。 凄い、凄い…」 こう呟いたとか。 また、刑事部長より同行を頼まれた魚住参次官も、白骨遺体を見付けたと聴いて鳥肌を立てた。 九龍理事官より呼び出された所轄の鑑識課の課長に、彼女は言う。 “万が一、白骨遺体が行方不明者と性別が同じで、年齢が近しいと鑑定された場合。 行方不明者の家族とDNA鑑定をする事も在ります。 その覚悟も持って下さいね” 課長は、一所轄の課長だが。 鑑識課の部屋に戻りなりに職員へ。 “あの木葉と云う捜査員の感性や運は、不正とは程遠い。 疑うより、受け入れた方が素直に近道だ” と、内心を吐露した。 新幹線で大阪に向かう里谷刑事も、警察署に寝泊まりする篠田班の皆や、嶋本班の刑事も心配したし。 警視庁、警察庁の責任者ですら、 “あの、25年前の事件が解決するのではないか” と、噂話が立つ。 この日は、夜中まで捜査本部が落ち着かなかった。 九龍理事官ですら、本件の事件を担当する検事と連絡を取り合った。 今後の対応について、話し合う必要を迫られた。 処が。 青森県の酸ヶ湯温泉付近の山中にて、白骨遺体の発見は大きなニュースに成らなかった。 成ったのは、 “遺体発見” と、濁した言い方の短い一報のみで在る。 その流れるテロップを眺めた九龍理事官は、いよいよ大詰めと腹を決める。         * そして、次の日。 午前8時代のニュースにて、白骨遺体の発見が速報で流れた。 此処まで遅れたのは、警察の上層部から青森県警に、審議の確認が入ったからだ。 “例の、25年前の失踪者か” あの、裁判で高橋なる人物が判決を受けた訳だが。 当然、警視庁としても、警察庁へ事件の経緯は挙げている。 万が一、判決を受けた高橋が無罪だった場合も、警察庁の高官やら検察庁の上層部と話し合っている。 また、新聞社なども慌ただしくなる。 継続捜査を担う新しい部署の捜査員が話を聴いた事と、白骨遺体の発見は例の事件へ直結する。 25年前に始まり、数年前まで長引いた裁判。 主犯が解ってないのだから、目立つニュースに成るのは間違いない。 そんな騒がしさが浮き始める巷だが。 大阪に向かった里谷刑事が、古堅と云う女性と午前に静かに東京へ。 詐欺事件も考慮し、警視庁に身柄を持って行く。 午前11時23分。 彼女の事情聴取が始まった。 虚ろな目、痩せ細った頬に過去のふっくら感は少なく。 頬骨が皮に引っ付いた感じだった。 人生の全てに疲れたかの様な、生きながらに死人の様な印象を受けた古堅なる女性。 対峙して座る里谷刑事は、何よりも先ず。 「これまで大変でしたね。 でも、もう悪い奴等との付き合いは終わり、御疲れさま」 と、頭を軽く下げた。 怒鳴られたり、厳しい取り調べを覚悟していた悠子にすれば、これはちょっとした驚きだったろう。 「あ、………」 言葉が出ず、頭を下げ返した。 里谷刑事は、あの詐欺師4人は死んでしまった事。 畠中、向井の両名も捕まっている事を教えた。 「私が先ず、貴女にお訊きしたいのは、八王子市で行方不明になったこの女性。 踏田禊さんの事です」 顔写真を見せると、悠子は涙を流して話し始めた。 あの詐欺セミナーの終わった後。 ホール会場内に踏田禊さんは入って来た。 自分の母親がアルツハイマーに成っているいる事を言った上で、自分達を訴えると携帯電話を取り出した。 “嗚呼っ、犯罪者として捕まるんだ” 悠子は絶望したが。 向井こと、〔向井 麗美〕《むかい れみ》がいきなり携帯電話を奪い取りに掛かった。 それに合わせ、4人の男性詐欺師と、田所が連れて来たサクラをした年輩女性が踏田さんに襲い掛かったのだ。 いきなりの事で、驚いて腰が抜けた悠子。 膝の力が抜けて呆然とする間に、踏田さんは首を絞められて殺害されたのだ。 里谷刑事が、東京を始めに地図をタブレット端末のアプリで用意。 「あの女性の御遺体を何処に?」 口を震わせた悠子は、 「さが・さ、相模湖です。 ビニールみたいな・・ラップに包んで、古いタイヤを括り付けて沈めま、した…」 と、総てを供述した。 悠子は、殺害には参加して居なかったが。 死体遺棄は脅されて手伝った。 遺体を包む為のラップを向井と一緒に買いに行ったり。 釣り客に見られない様、夜中まで時間を潰す間に見張りを遣らされたり。 その後、怯えて動けないと叩かれたりしながら、麗美や他の男達の言いなりに成った。 先ず、踏田さんを捜さなければならない。 一休みをすることにした里谷刑事は、悠子に。 「貴女のお母さんは、まだ貴女を待ち続けてる。 亡くなった踏田さんのご家族も、まだ行方不明だからと帰りを持ってる。 どちらも絶望しても、必死に希望を持とうとしてる。 貴女は、謝らなきゃいけないわ。 お母さんにも、踏田さんのご家族にも。 もう、逃げるのは止めよ。 自分の人生だって、出来る事から始めないと」 泣きじゃくる彼女は、悪人からの縛りから漸く解放された。 だが、待ち受ける試練は、まだまだ多いだろう。 一方、彼女の供述を観ていた九龍理事官は、溜め込んだ我慢を解放する切欠を掴んだ。 向井麗美について、殺人と死体遺棄で逮捕状を請求する。 午後から、殺人の取り調べと聴いて、 “田所を始めに、畠中と古堅が遣った” 言い張る向井だが。 古堅悠子が既に捕まり、供述をしている事に驚いた。 てっきり悠子は、 “あの4人と一緒に殺された” と、そう思っていたのだから…。 また、神奈川県警に捜査協力が打診され、踏田禊の遺体を捜す事になる。 九龍理事官には、総務部の部長が起訴を迫る連絡を寄越す。 だが、態と会議の最に見せ掛け、その迫るやり取りを録音した九龍理事官。 刑事部長へ、連絡をして録音を聴かせた。 刑事部長は、 “九龍、それは消去しなさい。 総務部長の事は、私に任せて捜査に邁進したまえ” こう言ってきた。 一方。 午後、青森空港に着いた派遣された4人は、飛行機に乗る前の市村刑事と会う。 彼を見付けた飯田刑事が近寄りながら、 「御疲れ。 大変だったな」 と、労えば。 頭を左右に振った市村刑事。 「疲れたと云うより、もう脱帽を超えて震撼だよ。 あの白骨遺体が例の事件の被害者ならば、木葉に報奨金でも払った方がいい。 雪解けしたって、あんな穴を誰が見付けるよ」 これまでに、何度も木葉刑事の起こす奇蹟を見てきた飯田刑事だ。 うっすら笑い返してから。 「で? 今は、どんな状況だ?」 「今朝がた、洞窟内の鑑識作業が終わり。 今は、遺体を回収している頃だと思う。 青森市内の、県警と協力してる大学病院に運ばれるそうだが。 何しろまだ雪がかなり残ってる山の中。 休み休み、事故が無い様に運ばれてる」 「木葉は、大丈夫か?」 「アイツは、タフだよ飯田さん。 一昼夜、仕事続きなのに、鑑定にも立ち会うってよ」 魚住参次官が。 「本当に大丈夫なの?」 其処へ、飯田刑事が。 「参次官。 アイツは事件の山場に成ると、二・三日は平気で徹夜します。 この寒さでも、寧ろ誰より冷静で、動ける。 北国生まれで、雪は家族なんて云うだけ在りますよ」 こう言った飯田刑事に、市村刑事が。 「行ってくれ、飯田さん。 俺を連れてきた車が、まだ待ってる。 あの、受付の所に居る大柄な男性が、県警の捜査員で運転手だ」 「解った。 気を付けてな」 「ん」 一緒に成ってそっちに向かい、青森県警の職員に話をする。 此処は、魚住参次官が頭だ。 「私は、警視庁刑事部、部長付きの参次官、魚住です」 「あっ、青森県警の捜査一課に所属をします、秋元です」 「迎え、有り難う御座います。 では、さっそく県警に」 「はい」 県警のワゴン車に乗り込む皆。 助手席には飯田刑事が。 後ろに松原刑事、魚住参次官、井口監察医が乗る。 道路に雪は無いが、街中には雪が残る。 今年は例年以上に寒いと、3月でも雪が何回も降ったとか。 雪を眺めながら飯田刑事が。 「木葉は、大丈夫ですか?」 運転手の秋元職員は、 「いんやぁ~、あの方は警視庁の刑事さんだとかぁ。 細い体して、偉く元気な方ですな。 あの雪の中で、ずっと鑑識さんと一緒とか」 「東北の生まれらしいんでね。 雪には、馴れてる筈ですよ」 「したっきゃ…、いや。 それでも、雪山ン中では、しばれてしばれて、普通なら動けなくなってしまいますよぉ」 其処に、監察医の井口氏が後ろから。 「白骨遺体は、どうなってますか」 「あ、はい。 今、青森市内の大学病院の方に。 鑑識さんの所見だと、骨は何れもおなご、あ、いや、女性と云う事で。 大学病院の先生が、人類学の博士さんサ呼ぶと喋ってました」 「全員、女性…」 「はい。 あと、骨はかなり年月を経ていたみたいで、身元をしらべるには・・デー・エヌ・エー鑑定が望ましいと」 また、飯田刑事が。 「洞窟内の鑑識作業で、何か採取されましたか?」 「あ~、ボんロボロの手帳サと、かぁンなり古い携帯電話が見付かったとか」 「携帯電話?」 「そうです。 ほら、折り畳みサ出来る一昔前のより、細長い・・醤油挿しみたいな」 「嗚呼、まだアンテナを伸ばすみたいな」 「そ、それです」 そのまま行くと病院が近いので、井口監察医は大学病院で降ろして貰う。 木葉刑事も病院に向かうと云うので、松原刑事も降りた。 飯田刑事と魚住参次官は、先ずは県警の責任者に会うとした。 大学病院の監察医室に向かった井口監察医と松原刑事。 案内された一室に入ると、小柄な年配者と、背の高い老人が居た。 井口監察医は、名刺を出して。 「私、東京の警視庁で監察医の責任者をします、〔井口 景昭〕《いぐち かげあき》と云います。 昨日に発見された遺骨の鑑定を為さる方は、何方でしょうか」 すると、白衣を着た小柄な年配者が前に出て来た。 「あの、解剖学の権威で在られる、井口教授でありますか?」 「いやいや、権威とは。 私より、越智水准教授など、もっと立派な方が居ますよ」 白骨遺体の鑑定に携わるのは、小柄な年配者の外科医をする柳沢教授と。 人類学者の博士となる長身の老人、竹波博士。 遺体は、もう地下のラボラトリーに運ばれて居ると。 ラボラトリーに向かえば、既に着替えた木葉刑事が居た。 「木葉刑事」 「木葉さん」 井口監察医と松原刑事が近寄れば、準備室の透明な窓の向こうで木葉刑事がニコリと。 一緒に来た柳沢教授が、 「あの東京の刑事さんは、東北部の生まれらしいですな。 雪山に半日以上も居て、此方に来てもピンピンしてる。 いやいや、身体からしてなかなか強い人だ」 着替えに入る3人に対し、自動ドアを開いた木葉刑事が。 マスクをした青いガードウェアを着たまま。 「松原さん。 午前中までのあらましを書いた書類です。 此方の原本に成ると思うので、青森県警に持っていってくれますか?」 「あ、木葉さんは?」 「このまま、鑑定を見守り付き合います。 今、一番の過渡期です」 「し、然し、昨晩は寝てないとか」 「それは、その前までユルユルでしたから、大した事では在りません。 それより、鑑識が回収した証拠品の手帳には、25年前の被害者の一人の者と思われる人物の記述が在ります」 「え゙っ?」 「此方に来た魚住参次官と県警の責任者の判断以下では、東京の遺族からDNAの提供を依頼する可能性も大。 魚住参次官に、この資料を」 「あ゙っ、はい!」 「タクシーなら、受け付けで呼んで貰えます。 後、林檎ジュースは是非に飲んだ方がいいですよ」 目元を笑わせた木葉刑事は、3人の鑑定する者を待つ為に準備室へ。 資料をサッと流し見た松原刑事は、 (動く! 25年前の事件が、今動くぞ!!) と、慌てて受け付けに向かう。 (待ってろよ、犯人っ) 定年目前の老刑事が、2・30代の若い頃の様に心を熱くする。 午後3時を回る頃。 「では、鑑定を始めます」 助手の職員も3人ほど入り、鑑定が始まった。  先ず、3人の頭蓋骨を見てみると。 一般的に、男性の頭蓋骨は女性のものよりも大きく、また造りがガッシリしている。 だが、女性の場合は、頭蓋骨は男性のものよりも小さく華奢で、造りもなめらかだとか。 また、前頭骨を見ると。 頭蓋骨の側面を観れば、女性の前頭骨は真っ直ぐに立ち上がっている。 これに対し、男性では後ろに後退しているとか。 更に、眉弓と呼ばれる前頭骨の目の上の部分は、男性では大きく発達しているのに対して、女性は小さくあまり発達していないと、男女で差が在るらしい。 観ている井口監察医より。 「木葉さん。 この遺骨は、恐らくどれもが女性だよ。 骨盤の形状や肋骨の形から観ても、恐らくは女性だ。 間違いない」 「井口先生。 この骨からで、亡くなった時の年齢の推定も出来ますか?」 「それは、人類学を修めた竹波博士の方が詳しいだろうが。 この骨の主は、誰もが20代から30過ぎぐらいと思われる」 其処へ、頭蓋骨を持って観ている竹波博士が。 「年齢は、恐らく25歳ぐらいから、30歳を過ぎたばかりだと思われるよ。 頭蓋骨に有る縫合線の癒着具合、肩と腕の骨の結合部や骨盤と大腿骨の結合部の接着から推察するに、それぐらいと思えるよ」 木葉刑事は、骨を見て居ながら。 「あの、鑑識の方は、殺人と見ていましたが。 この御遺体は、殺害されたんでしょうか」 この質問に、3人の権威は3様に頷く。 井口監察医が。 「骨を観れば解るよ。 どの骨にも、肋骨や胸骨に刃物に因ると思われる傷が多数見受けられる」 柳沢教授が、遠い台に寝かせられた一人の骨を指差し。 「一番向こうの骨には、頭蓋骨側面部に外傷が在るよ」 また、標準語が滑らかに発音される竹波博士より。 「この遺骨が同じ場所に在った事から推察すると、3人は鋭利な刃物に因って刺殺された可能性が大だ。 そして、抵抗したのか、逃げようとしたのかは不明だが。 動きを封じる目的か、殺害の為か、暴力も振るわれた。 見なさい。 此方の遺骨の胸骨には、打撲に因ると思われる骨折も…」 説明を受ける木葉刑事は、遺骨を凝視しながら。 「他殺の痕跡、古い携帯電話、25年前の失踪者の名前の載る手帳。 やはり、東京の御遺族からDNAの提供をして貰うべきだ」 柳沢教授より。 「それが妥当だよ。 早く、この遺骨の還るべき場所を決めて遣らないと」 頷いた木葉刑事は、ラボラトリーから出て連絡に動いた。 それから時が経過して、夜の8時頃。 東京の捜査本部では、九龍理事官が魚住参次官より連絡を受けていた。 「はい、はい、承知しました。 御遺族からDNAの提供を依頼します。 はい? 此方ですか? つい先程、行方不明として捜していた踏田禊のものと思われる遺体が、相模湖の底から発見されました。 はい。 タイヤで重しをし、上から土砂も被せた様に成っていました」 報告をする九龍理事官は、魚住参次官が通話を切ろうとすると。 「あ、魚住参次官。 いえ、木葉刑事に伝言をお願いします。 はい。 先程、日ノ出町での連続刺殺犯と思われる人物が確保されたと。 郷田管理官、進藤主任から礼が在った…。 それだけ、お願いします。 はい、解りました」 そう、あの連続通り魔事件の犯人が確保された。 買い換えた靴紐、その結び方の違い、体格のモンタージュ、全てが集約されての逮捕となる。 青森県で白骨遺体の発見。 相模湖で、白骨遺体の発見。 日ノ出町では、通り魔事件の被疑者が確保。 新聞社や出版社が大慌てとなる。 警察も大変だが、悪い大変さではないから遣る気は十分だ。 この時、新たな情報が、向井なる女性の事情聴取をする織田刑事と八曽刑事の元に届けられる。 その証拠にて、向井は完全に戦意を失った。 さて、木葉刑事に話を戻す。 木葉刑事がラボへ戻り、作業を見守る中のこと。 柳沢教授と井口監察医が検視を行い。 竹波博士が骨の鑑定をする。 その時、夜の8時も半ばを過ぎた頃。 青森県警の中では、古い資料も含めて。 定年間際の刑事から昔の報告等を受けた魚住参次官、飯田刑事、松原刑事の3人が、一休みと休憩場に居た。 食事も忘れる程に集中していて、魚住参次官は久しぶりの捜査、前線で疲れていた。 体格は立派でも、難しい事件の絡み合いに眉を揉む。 其処に、廊下の角の先、自販機が在る場所に来た職員の声が聞こえて来た。 「御疲れ、タチさん」 「よ、シゲさんも」 「今日は、東京からの客が多いなぁ」 「んだな」 「でもよ、いんやぁ~おったまげた。 あの、木葉とか云う刑事サ、鑑識の経験でも在っのかね」 「なしてサ、シゲさん」 「ほれ、昨夜の鑑識作業で、あの刑事が骨の在るって場所をサ、次々に言って来たんだぁ。 東京の刑事さんだからよ、一応は小さい石と見たモノも拾ったんだが。 今、仕分けを遣って貰った学者さんの方から連絡サ来て。 ぜぇ~んぶ、骨だと」 「ほぉ~~、そらぁ大した眼力だ」 「ンだ、ンだよ」 「でも、これであの25年前の事件(ヤマ)に片ぁ着くかな」 「そう願いたい」 職員の話す内容を聞き入る3人。 壁に頭を預ける魚住参次官が。 「飯田警部補」 「はい?」 「木葉刑事は、まだ戻らないの?」 「事件が進展すると成ったら、アイツはもう迷いませんよ。 今頃、骨についての疑問を肴に、井口さん達と話し合っているのでは?」 「でも、1日半は動きっぱなしだと…」 「2・3日は平気で動きますよ。 それより、魚住参次官」 「はい?」 「手帳の一部の内容を、どう捉えます? 名前が出た以上、例のあの人物にも話を聴かないと」 「当然、事情は聴くわ」 「ですが向こうは、与党のアチコチに献金してるとか。 上からの圧力は必至ですよ」 「ならば、飯田さん。 先ずは外堀、内堀を埋める。 包囲の攻めは、捜査の常套手段。 証拠や詳言を集めて、逮捕をしないと…」 然し、遺骨が見付かった事は、大きな大きな収穫だ。 その後、真夜中まで資料の情報を整理した3人。 手配して貰ったホテルに戻れば、木葉刑事はまだ戻って無かった。 そして、次の日の朝。 4月だと云うのに、青森市内は時々霙が落ちる。 午前10時前に、木葉刑事が青森県警に戻った。 木葉刑事と会う飯田刑事は、少しの疲労感も見せない木葉刑事を見て。 東北人らしいと云うか、寒い中で色白となる彼を見て。 「おはよう、木葉。 この寒い中でも、お前は元気そうだ」 細く笑う、すると幾分か眠そうな様子も在る木葉刑事だが。 「飯田さん、遺骨の一部からDNAが採取され始めました。 此方の分析データは、警視庁に送ってくれるそうです」 「そうか。 いよいよ、大詰めに成るな」 頷く木葉刑事。 「然し、やはり規模が違うと云うか、警視庁の方が設備がいい。 此方で採取された証拠品は、警視庁に運び込みたいッス。 一々、大学に分析を頼みますからね」 「だが、青森県警にも意地が在るよ。 おいそれと、それをするのもな」 「はい」 其処へ、魚住参次官が青森県警に来て。 「木葉刑事、監察医の見解は?」 「資料は此方に。 遺骨に残る傷痕から、殺人で間違いないと。 また、土壌の調査や骨の衰退を調べれば、より精密な経過は得られると言われましたが。 今の時点でも、死後15年から20年以上は放置されているのではないか、と」 「DNA検査でハッキリする」 「間違いなく」 木葉刑事は、今の時間を確かめ。 「魚住参次官」 「何か?」 「東京の方は、どうなってます?」 「解決に向かってます。 日ノ出町の連続刺殺事件も、被疑者が確保され。 進藤主任と郷田管理官が、貴方にお礼を言ってました」 「流石は、進藤さん。 あの意見から犯人に結びつけた…」 呟く木葉刑事へ、松原刑事より。 「木葉刑事、おはよう。 行方不明だった古堅と云う女性も見付かり、向井にも殺人容疑が固まった。 それから、踏田禊さんの遺体も、相模湖から上がったよ」 頷く木葉刑事は、窓の白い光景を眺め。 「後は、25年前の真実と、本当の事件解決。 そして、警察の誤りを質すのみか」 飯田刑事は、その話に引っ掛かる。 「木葉、まさか…」 「実は、飯田さん。 あの今回の発端となる被害者の小田切玉美は、嘗てこの青森市に在住していまして。 25年前の事件の時は、東京から来た誰かに誘われて酸ヶ湯温泉に行ったみたいです」 「東京から来た、誰かだと?」 「はい。 また、この話は当時の捜査本部に、既に在った情報なんですが。 あの被害者の小田切は、この温泉や麓の黒石市方面で、怪しい人物の事を調べていたみたいなんです」 「あの判決を受けた被告人を、被害者が調べていた?」 「いえ、そうじゃないんですよ」 「違うのか?」 「あの人物を調べていたんじゃなくて。 ああ云った怪しまれている人物を、探していた様です」 「ん、なんだそれは」 「詰まり、警察が怪しく思える人物を探していた、と云う事じゃないですかね」 「まさか、端っから誰かを嵌める為にか?」 「推測ですが、あり得る事かと」 「だ・だが…」 混乱する飯田刑事。 然し、だ。 木葉刑事は、遺体が発見された場所の写真を取り出すと。 「焼き増しをして貰った写真ですが。 女性達の遺体が発見された洞窟は、酸ヶ湯温泉から直線距離で300メートルと無い場所。 ですが、大量の血液が発見されたのは、ずっと北側の山奥で在り。 また、衣服やナイフの入ったバックが発見された場所は、もっと南側の山の中。 山道の近くなんです」 聴いていた松原刑事は、目を丸くして驚く。 「で・では、その血液が見付かった場所からその洞窟まで、殺害した遺体を運んだ・・・と?」 飯田刑事は、当時の気象条件を思い出し。 「もう幾らか雪が積もっていたんだろう? 運べるのか?」 其処に、松原刑事が。 「ですが、飯田さん。 被疑者が大柄な人物とすれば…」 二人の話に、木葉刑事は北国の人間として。 「無理、運んだなんて無理です」 飯田刑事は、思った通りと。 「やはりか」 だが、まだ理解が出来ない松原刑事は。 「どうしてですか」 当時の捜査資料を思い返す木葉刑事。 「あの距離を女性の遺体とは云え3人分なんて、分けて運んだとしても半日とか掛かりますよ。 そんな事をしていたら絶対に、猛吹雪が始まるまで最初に捜索していた捜索隊の誰かと接触します」 資料を見ていた魚住参次官から。 「そう云うならば、別の移動の方法が有るのね?」 頷く木葉刑事。 「あの、判決を受けた被告人の持っていた女性の衣服は、汚れも少なければ、血痕も少ない。 また、発見された白骨遺体には、暴行の痕やら刺殺痕は残るのに。 押収された衣服には、刺されて破れたものが無い」 魚住参次官、飯田刑事、松原刑事が、木葉刑事の話に黙ってしまうが。 「これは、まだ自分と鑑定をして頂いた井口さん達3人の推測ですが。 犯人は、先ず3人の女性をあの洞窟内で拘束。 上着等を脱がして裸にし、血を抜いたんだと思います。 大量の血液を抜けば、自然と死にますからね」 “血を抜く” こう聞いて、もうその先どうするか混乱する。 「ま、この北国の寒さですからね。 血を抜いて裸にし放置すれば、半日と経たず死にますが。 そのままの遺体では、発見が早いと血を抜いた事が絶対にバレるでしょう。 其処で、その時の生死は解りませんが。 体をナイフで激しく刺して損傷させ。 凶器のナイフと衣服をバックに積め、洞窟とは違う離れた場所に捨て。 また、別の離れた場所に、抜いた血液を撒いた」 “待て待て”とばかりに手を上げた飯田刑事。 「別々に捨てる事に、意味が在るのか?」 「はい。 犯人のしたい狙いを、その証拠や遺体の在った場所から推測すると。 真っ先に見付かったバックは、雪が山を被うまでの目眩まし。 血液は、遺体から人の目を遠ざける為と思われます」 魚住参次官より。 「何故、そう思ったの?」 「こうすれば、真っ先に見付かる可能性が高いのは、解り易く放置する筈のバックです。 次は、雪解けまで待つ必要が出てくる血液か、遺体。 もし、遺体を入念に隠せば、発見は血液が先に成るか。 もしかすると、何年かすれば血液はもう見付からない」 推測を聴く飯田刑事は、瀕死の肉体を損傷した意味を察する。 「なるほど、そうか…。 死体を激しく刺して損傷すれば、発見が遅れれば遅れるほどに肉体が早く腐り。 白骨が発見されれば、刺殺と思われる。 血液が抜かれたとバレなければ、バック、血液、遺体が離れている為に、目眩ましの効果は絶大となるな」 「はい。 ま、犯人の思惑は変に効を奏しました。 早々とバックは発見されたのに、拾った人物が隠した。 血液が春に早く発見されましたが。 その為に用意していたのが、今回の被害者で在る小田切。 怪しく思えた人物が酸ヶ湯温泉に来ていて。 然も、バックを拾って隠した。 彼を警察に突き出せば、自然と犯人に為る可能性が在ります」 「だが、木葉。 どうやって証明する?」 「はい。 一応、まだ25年前に押収された血液を含む土が、此方の鑑識に保存されていました。 それを今の技術での再鑑定を頼みました。 ま、青森県警がどう判断するか、それでまた答えになるかと」 すると、魚住参次官が目を凝らす。 「それを早く言いなさいっ」 「え? あ・・向こうの刑事部長から説明を…」 魚住参次官は勢い良く階段に向かう。 自分達の威信の為に、必要な鑑定や調査を渋らせる訳にはいかない。 それを見送る木葉刑事は、 「ま~だ話し合って無かったのね」 と、他人事の様に。 然し、催促を込めて話したと感じた飯田刑事で。 「お前の魂胆の方が怖いゼ。 此方の責任者が、まだ黙(だんま)りしてるって察してたんじゃないか?」 「飯田さん。 そんな超能力が在るんなら、“ロトくじ”にでも使いますよ。 今、キャリーオーバー中ですからね。 1等ならば、遊んで暮らせます」 この余裕が、松原刑事には寧ろ怖い。 楽観視などでは無く、本音を隠す余裕だからだ。 「処で、木葉さん。 これからどうしますか?」 「そうですね。 小田切さんの実家は、もう跡形も無くてスーパーが建ってます。 当時の事を知る人を訪ね、青森市や黒石市には市村さんと行ったと思います。 ま、総てを聴き回ったとは到底に思えませんから。 もう一度、聴き込みをしますか?」 黙って待つのは時間の無駄と思った飯田刑事。 「時間の限り浚えるだけ、情報を浚わないとな」 「なら、給料分は働かないと」 「お前、もう休めよ。 昨日も、鑑定やら調査に付き合ってたんだろうが。 宿代も出てるんだぞ」 「夕方には、帰って寝ますよ」 「化け物か、お前は」 「あっ、モラルハラスメントだ」 仲間内のやり取りとなり、素が出る飯田刑事。 「うるせぇよ」 「娘さんと奥さんに、飯田さんの本性を教えたいッス」 「フン。 お前には、一生会わせん」 こんな駄話が出る二人。 松原刑事からすると、冷静に居る証に見えた。 聴き込みをしようと、3人して青森市内に出ようとする。 其処へ。 「あのっ、東京の刑事さんっ!」 5人ほど、青森県警の刑事が遣って来た。 その中でも最も年輩に見えた刑事が。 「何処へ?」 飯田刑事が。 「出来うる限り、また聴き込みをしますよ。 25年の時を経て、事件が動き出しました。 この動きで、また何等かの記憶や詳言が浮かび上がるかも知れない。 東京の事件にも関わる以上、安穏と遊びに来る訳も無いでしょう」 「な、ならば、私達も行きます。 事件解明の為、此方も動きます!」 松原刑事は、その言った男性刑事の前に立つ。 「私は、今年の5月で定年ですが。 この事件を解明したならば、あの判決を受けた被告人が冤罪と為る可能性も在りますよ。 それでも、公正に調べられますか?」 「やっ、遣ります。 辞表は、何時も持ってます。 冤罪ならばっ、た・他人の手で判るぐらいなら、自分達も関わって質したい………」 妙な事に成った、と飯田刑事や松原刑事は思った。 が、木葉刑事だけは、何が起こったか察した。 (なぁ~~んで魚住参次官が来たのかって思ったけど。 刑事部長、誰かから何か言われたかな) そして、県警の入り口に居る年輩女性の霊を視る。 “息子は犯人なんかじゃねぇ! 我の息子サ、あんな惨いことしねぇだはんでっ! しねぇっ、絶対にしねぇ!!” 視える者は、静かに真実へ向かう。
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