時が満たりて凍蠅が葬列を為せば、埋もれた罪が時効の天秤にて計量(はか)られる

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       6 GWが3日後から始まるとなる日の朝だ。 本日も、毎日コロコロと変わる天気の事情に、真冬みたく寒い。 天候も芳しくなく、TVの“お天気キャスター”が異常と口にする。 千住署の会議室にて。 「木葉さん、里谷さん、飯田さん、如月さん、前へ」 九龍理事官が呼び出す。 4人が前に出ると…。 九龍理事官は、資料を傍らに置いて。 「あなた方4人は、後から決める数名の捜査員と共に。 明日、蔦野と武蔵川の移送をして貰います。 低気圧の接近に伴い風が強まる為、移送は新幹線で行うとし。 席も、車両を限定して押さえました。 本日、午後3時より、警視庁で打合せを行います。 それまでに、準備に回って下さい」 まだ、本日の午前は確認作業も在るので、命令を聴いた皆は捜査に行く。 だが、木葉刑事だけは、会議室に残って九龍理事官に或る相談をした。 そして、明けた次の日。 蔦野と武蔵川を連れて、午前10時台の新幹線に乗り。 新青森駅に向かう木葉刑事達。 指定席を抑え、前から5列を丸々と抑えていた。 1列目、2列目の右窓側に、蔦野と武蔵川を其々座らせて。 その隣に其々、飯田刑事と里谷刑事が座り。 木葉刑事と松原刑事が、通路を挟んだ隣の席に検事とその部下と共に、1列目、2列目の左廊下側に。 3列目の後には、如月刑事、髪の長めな荘司刑事、体格が立派な女性の〔閾〕《しきい》刑事、八曽刑事が座る。 今回、東京と青森で裁判が起こる。 その調整や資料の関係で、4・5列目には魚住参次官と井口医師、所轄の鑑識員も一緒に居る。 本日は、指定席がガラガラで、自由席は大体が埋まる。 電車を運営する会社の方も、移送の情報からこうしたのか。 そんな様子で新幹線は発車した。 只、走り始めて大宮を過ぎた頃か。 「俺達を25年前の事件で逮捕なんかしたって、絶対に裁判なんか継続はしない。 証拠なんか、証拠なんか無い。 絶対に無い…」 武蔵川が、憎しみを込めた目で里谷刑事を睨む。 「それは、裁判になってみれば解る。 前に言った筈」 相手を見返す里谷刑事が、静かにも強い言葉で言い返した。 新幹線が走り始め、30分ぐらいは武蔵川も静かになっていた。 だが、小さな問題が起こったのは、福島県に入った頃。 「トイレ」 武蔵川が言った。 閾刑事、八曽刑事、里谷刑事が完全に囲う形で、如月刑事も着いて行きトイレに。 だが、奇妙な時間の間が在り。 戻った4人の刑事と武蔵川は、ただならぬ緊張感を纏って現れる。 そして、里谷刑事が木葉刑事に近寄って膝を折る。 「木葉さん」 「どうしました?」 「武蔵川が、貴方に話が在るって…」 「じゃ、席を替わりますか」 「お願い」 木葉警部補への、刑事と云うことに対する今日の同行者の信頼は篤い。 だが、腕っぷしと云う意味では、全く信頼は無い。 武蔵川はガタいが大きく、木葉刑事は棒っきれみたいに見える。 武蔵川の頼みに、八曽刑事も、閾刑事も、隣に座らせるのは恐いと言った。 だが、木葉刑事はアッサリ座った。 木葉刑事が隣に座ると、武蔵川は不気味に微笑んだ。 その顔を観た里谷刑事や飯田刑事も、やはりこれは選択ミスと感じる。 外は、北に向かう程に風が強まる。 新幹線の車内アナウンスでも、 “本日は強風に合わせた走行です。 福島を過ぎた後は、到着時間が少し遅れます” こうアナウンスが流れた。 そのアナウンスに、刑事達が表情を様々に変える時。 「お前が、白骨遺体を見付けたって?」 武蔵川が木葉刑事に話し掛けた。 前を見て、一人緊張感も無い木葉刑事で。 「恐いッスよね。 多分、貴方は死刑だ」 閾刑事と入れ換えで、この二人の後ろに座る八曽刑事は、武蔵川と木葉刑事の話し合いに全神経を傾け。 通路を挟んだ向かいの、横の席に座る里谷刑事も同じ。 ピリピリし始めた空気に、木葉刑事以外の全員が警戒をした。 「黙れ」 武蔵川が小さく吐いた。 だが、木葉刑事は続ける。 「本当は、もうダメと解ってるでしょ。 大体、バレないと思うならば、小田切さんを殺害する必要なんか無い。 時効が成立したと思っていたのに、わざわざまた犯罪を犯した」 「黙れっ」 また、武蔵川が繰り返す。 その手に、ブラックコーヒーのペットボトルを持つ木葉刑事。 軽く一口すると、蓋を閉めて。 「てか、時効が成立したとしても、3人も殺害している。 裁判員に因る裁判にて、3人も殺害しているのに」 “時効は成立しました。 今回の東京での事件は初犯なので、区別して考えて頂きたい” 「なぁ~んて通用する訳が無い。 小田切さんの事件だけで、一撃アウトでしょ」 こう言って武蔵川を見た。 武蔵川の眼は、明らかに狂気染みた殺意に近い怖さが在った。 確かに、在った。 だが、木葉刑事と見合った瞬間、その眼が変わった。 最初の1秒2秒は、驚き。 その後、怯えに変わる。 席と席の隙間より、木葉刑事と武蔵川が見合ったと感じた八曽刑事。 木葉刑事が窓側を見たので、武蔵川と彼が見合ったと解る里谷刑事や魚住参次官。 「なぁ、彼を並席させて大丈夫かい」 4列目から井口医師が、前の席の荘司刑事に言う。 「………」 緊張感を集めた木葉刑事だが。 無言で前を向くのは、武蔵川の方が先だった。 (い、いま、ひか・光った。 眼が、眼が紅く………) 全く予想だにしない一瞬の現象。 人間の感覚が認知する大まかな時間的最小単位は、1秒ぐらいから始まると云うが。 その3分の1にも満たない一瞬の出来事で、武蔵川の思考が散って攻撃性が失せる。 もっと正しく云えば、恐怖で戦意喪失した。 弾丸の様な恐怖が、眼から飛び込み心に飛散した。 後部座席から見た八曽刑事は、急に武蔵川が大人しくなった様に見えた。 ゆったり前を向く木葉刑事。 「遺体の傍に、二つも重要な証拠が残っていた。 一つは、御宅が事件の半月前に契約した携帯電話。 もう1つは、被害者の一人の手記だ」 俯く武蔵川の眼が、ギョッとする。 「前に座る蔦野さんに誘われてオーナーに成るため。 3人の預金2億を融資した日付、弁護士の名前、証文の事も。 それから、旅行の事も総て・・ね」 武蔵川が顔を上げ。 「だがっ、あれから何年が経ってるっ? 今更、ボロボロの紙の文字なんか、よ・読める訳が無いだろうっ?」 「ハァ…。 御宅さん、殺人から何年が経過したか解るクセに、技術の進歩を考慮しないなんて笑われるよ? 科学捜査を舐め過ぎだ」 「か、科学捜査…」 「化け学は得意じゃないけどね。 洞窟の中で密閉保存されていただけ、此方には運が良かった。 文字も浮かび上がらせたし、携帯電話の契約者だって製造番号から貴方と解った。 それに、小田切さんも、事件の詳細な手記を残していた」 「たま・み、が?」 「えぇ」 「だが、玉美のバックは、私が取って燃やした。 アイツのバックの中には、家やアパートの鍵だって無かった」 またコーヒーを一口する木葉刑事は、蓋を閉めながら。 「貴方に、蔦野さんが居た様に。 犯罪者と成った玉美さんにも、信頼の出来る人が居た。 それだけの事ですよ」 「あ、な・なんて…」 武蔵川の想像の中では、事件に対する自分の行動は粗方だが、完璧と思えた。 然し、小田切玉美殺害と云う綻び1つ。 その小さな失敗が、固結びされた筈の謎を解く事に成った…。 武蔵川はこう感じた。 然し、木葉刑事より。 「武蔵川さん。 悪いけど、完璧な殺人事件など在りませんよ。 在るのは、不完全ながら、完璧に見えるってだけ。 ま、貴方には完璧と思えていたでしょうが。 言わせて貰うなら、ただ単に運が良かった。 それについてだけは、本心から言えます。 それこそ、ロトくじでキャリーオーバープラスの最高額を当てた様な・・ね」 「なら、・・ならっ」 何が悪かったのか、答えを知りたくて木葉刑事を見返す武蔵川は。 「何が悪かった? 一体、運が良かったのに、どうしてこうなった?」 と、人生最大の謎を問う。 問われた木葉刑事は、全く普段と変わらない。 「その答えは、シンプルでしょうよ。 幾ら、くじで最高額を当てても、得られた金を使いきったら。 そう、当てる前に戻る」 当たり前の事を言われ、武蔵川は言葉を失う。 北へ向かい、時が過ぎると共に風が強まる。 窓に風が当たると、雨も一緒に叩き付けられる様に成る。 何処かの駅に着いた。 ぼんやりする武蔵川には、何処だかもう解らない。 「武蔵川さん。 貴方が、焦って小田切さんを殺害しなければ、運の良さは貴方を助けていた筈だ。 運良く、事件は極一部の関係者を除いたこの今まで、忘れられていた。 運良く、高橋と云う人物にのみ注目が集まり。 判決が出た後、事件は見過ごされていた。 運良く、遺体を含む重大な証拠は隠れていた。 …なのに、貴方は小田切さんと会って焦った」 話す木葉刑事の声は、次第に引き締まったものに成る。 聞いていた武蔵川も、神妙な面持ちに。 「貴方が、蔦野さんに、小田切さんと会ったことを言わず。 小田切さんの真意を知るまで、一時ばかり我慢していれば良かった。 小田切さんは、手記に書いていた」 “私は、彼を今は恨んでは無い。 一時、いい夢を見た。 そう思う事にしたの。 だってあの時の、彼を知るまでの私は、淋しいだけの沼の底に居た。 世間知らずだって他人には言われるかも知れないけど。 彼に出逢った事は、私には間違いじゃ無い。” 「こう書いてました。 ま、貴方に騙された事を知って、怒りもしたでしょうが。 貴方を見掛けた後の日付に、こう書いてましたよ」 また、俯く武蔵川は、前の座席の背に在る網を見詰める。 黙る武蔵川は、漸く自分が独りで焦り過ぎたと気が着いた、と感じる木葉刑事。 「武蔵川さん。 だが、貴方が小田切さんを殺害したのは、在る意味で運命だったのかも知れない。 事件の真相解明を待っていた人も居た。 殺害された3人の遺族もそうですし。 また、高橋さんもそうです」 合わせて握る武蔵川の両手が、幽かに震えた。 「確かに、そうかも知れない。 玉美を見た時、俺の頭の中は・・・殺害しか、う・浮かばなかった」 「そう聴くと…。 貴方と小田切さんが逢うか、逢わないか。 こうなるお膳立てが出来ていたのは、それと云うスイッチの点灯を待つだけだったのかも」 「どうゆう事だ?」 木葉刑事へ顔を向けた武蔵川。 見られた木葉刑事は、彼を一瞥だけして。 「どうも何も、高橋さんの事を忘れ過ぎですよ、貴方は」 「え?」 「ほぼ無実と言って構わない彼を、貴方は犯人にしようとした。 だが、警察も其処までバカじゃない。 状況証拠の段階で、貴方の指紋が凶器に見せ掛けた包丁から検出された。 確かに、高橋さんの指紋も有りました。 だが、高橋さんの指紋は、凶器として使う場所には無かった。 寧ろ、柄の指紋を拭き取る時に、恐らく貴方は刃の部分を持った」 「だ、だがあの時は…」 「えぇ。 貴方は布か何かで指を保護して、刃を持った。 ですが、拭き取る事に集中していた為。 ずれて部分的な指紋が着いた事を見逃した」 「それで、指紋が…」 「ですが、それだけじゃ在りませんよ。 高橋さんは、確かに起訴されましたが。 母親は、無実を信じた。 息子さんが、落ちていたバックを拾って持ち帰った事は事実でも。 死体遺棄や殺人幇助はしてないと信じた。 ですから、自分の命を削り息子を助けようとしました。 陥れた貴方に、その気持ち・・解りますか?」 「そ、それは……」 言葉を口ごもる武蔵川。 前を向く木葉刑事は、乾いた声色で。 「自分は、今の貴方ならば解る、そう思います。 息子を助けようと戦った母親は、病気で亡くなりましたが。 判決が時効撤廃後に言い渡されたのも。 こうなれば、運命的ですよね」 「………」 返す言葉を見付ける為には、何処までも他人に何かを負い被せる気持ちが必要だろう。 だが、武蔵川はその気持ちをヘシ折られた。 様々な想いから手を震わせるだけの武蔵川。 静まる車内に、先程のただならぬ緊張感はもう無かった。 そして、木葉刑事は。 「後、貴方があの時に、殺害された3人の女性と居たと云う証拠も。 次の日の午後2時台の電車で東京に向かった証拠も、ハッキリ残ってましたよ」 「あ、あ・・・玉美の残した日記か?」 「いえ。 あの当時、流行る前の初期のデジタルカメラで、青森駅と弘前駅を2日続けて撮していた写真屋さんが居た」 「しゃ、しんや?」 「はい。 家族写真を撮ったり、七五三や成人式の時の写真を撮したりする店ですよ」 「なんっ、で、そんな人が、俺を撮してたんだ? 俺は、頼んでもないぞ」 「その人物は、雑誌に載せる為だったり。 写真のコンクールに出す為と、青森県内で写真を撮してた・・それだけでした」 「じゃっ、何で当時に警察は解らなかった?」 「あの当時、3人の女性については、失踪事件として騒がれた頃。 その人物は、県外へと出稼ぎに出てしまい。 失踪事件が殺人に成るとは知らなかった。 ですが、今になって遺骨が発見されて。 青森県警に、25年前の事件解決に役立てて欲しいと、写真のデータが提出されました」 「今頃に成って・・か?」 「はい、今頃になって…。 で、その映像データの中に、貴方が居ないか顔認証システムで調べて貰った処。 26年前の事件当日、亡くなった3人の女性を迎える貴方。 また、翌日に髪を切り姿を変えて、青森の地から去る貴方が確認されました」 「に・25年も、た、経ってから………」 「1度は、強運が見方しても。 2度は、中々無いみたいです」 「嗚呼、嗚呼……」 髪を掻き毟る武蔵川。 その前で、これまでの話を聞いて居た蔦野も、もう逃げ道が無い事を悟ったのか。 目を瞑り、死んだ様に沈黙をし続けた。 午後、到着予定より15分ほど遅れて、新幹線は新青森駅に到着。 待っていた青森県警の刑事達に、2人の身柄を引き渡す。 さて、此処までは誰もが普段と変わらない刑事だった。 だが、妙な事に成るのは、この後で在る。 木葉刑事は、検事や魚住参次官や井口医師達と一緒に行く。 新青森駅にて。 一旦、改札を出て駅構内で魚住参次官や井口医師を見送る刑事達だが。 木葉刑事のみ、一緒に行くので。 「はぁ? 木葉さん、何で同行する訳?」 里谷刑事が問うと。 「だって、九龍理事官に交換条件をお願いしましたから」 「何て?」 「移送に最後まで付き合う代わりに、次の日から二日を休みにして下さいって」 フザケタ我が儘に、里谷刑事の顔が怒りの大明神に変わり始める。 「ぬぅあんじゃそりゃ。 九龍理事官はっ?」 「お土産と云う袖の下と交換条件に…」 「受理されたんかいっ」 叫ばれたが、木葉刑事はバックステップで遠退いて行く。 他の刑事達は、このまま折り返しの新幹線で帰る。 明日も、捜査は在るのだ。 「あのカレハめぇぇぇっ、帰って来たら腐葉土にしてやるわいっ!」 九龍理事官に一泊を頼み、断られた里谷刑事。 木葉刑事だけ認められた事だが。 八曽刑事にすれば、殆ど働きっぱなしだった彼だから。 (目処も着いたしな。 まぁ、構わないな。 別に、行きと帰りの新幹線代の以外は、全部自腹だし) 遅れて来た分、次の新幹線までは空き時間が少ない。 もう知っていた飯田刑事だから。 「里谷、新幹線が来るまでに用事を済ませろよ。 さて、娘に何を買うか」 脇に八曽刑事が来て。 「やっぱり、林檎関係ですな」 並んで歩き始める飯田刑事。 「ですね。 ジュースだけではなく。 妻からジャムやお菓子も頼まれてまして」 其処に、如月刑事も合流。 「林檎だけじゃないよ。 酒も美味しいし、ねぶた関係のグッズも面白い」 「如月、3月に来たんだろ? 何か、薦めてくれよ」 「ほい、来た」 八曽刑事は、駅構内の大きな売り場を見つけ。 「彼方に、土産物屋が在りますな」 「八曽さん、余裕は4・50分ぐらいしか在りませんよ。 早く買って、腹もみたしましょう」 「その通り、その通り」 3人が向かう後ろには、怒り捲るまま物産店にノッシノッシと向かう里谷刑事が居る。 荘司刑事や閾刑事は、怖くて声も掛けられず。 「閾ちゃん。 ど~する?」 「同期だからって、“ちゃん”は止めてよ。 私も、同僚の先輩から頼まれてるの」 「後で、カレーか、ステーキでも食べない? 彼処に、駅内の店が在るし」 「荘司さんが奢ってくれるなら、いいわよ」 「よし、奢るっ」 こうして、夕方の新幹線で6人は帰った。 木葉刑事のスマホに、大明神様のお怒りメールがチェーンメールと感じるぐらいに有ったが。 彼は、無視して未読削除した。 その夜。 青森市内の炉端焼きの店にて、木葉刑事、井口医師、柳橋教授、竹波博士が食べていた。 柳橋教授より。 「木葉さん、今回は有り難う。 あの遺骨も見付けて貰えて、喜んでおるよ」 普段は物静かな竹波博士も。 「こんな田舎では、山の中で白骨が見付かるなんサ、十中八九は遭難だ。 したっきゃ、今回は殺人事件だった。 あの微罪の若い者も釈放されて、人生をやり直さねば、な」 「んだ、んだな」 酔い始め、竹波博士、柳橋教授が訛る。 同意し、トキシラズの焼き身を肴に、清酒をチビチビする木葉刑事。 そんな彼を横目に観るのは、井口医師だ。 (やはり、私の眼が間違っていたな。 越智水さんが、全服の信頼を寄せるだけ在る。 人生は、學ぶ事が多い。 実に、実に……) 井口医師が思い返すは、あの白骨遺体の鑑定を始めた後だ。 遺骨を眺めながら、木葉刑事は必死に何かを考えているみたいで。 “木葉刑事。 何か、疑問でも?” 井口医師が尋ねれば。 “いえね。 あの洞窟で3人の女性が殺害された、としてですよ。 バックは、西寄りの山道近くで発見された。 然し、血液はもっと東側。 山の奥で見付かりました。 今の事を踏まえて考えるとして。 血液の在った場所で3人を殺害したとしても、あの洞窟まで雪中をどう運びます?” この時点で、遺骨を見た井口医師、柳橋教授、竹並博士はもう。 “3人は包丁で殺害された” こう結論付けされた感が在ったが。 だが、北国を生きる柳橋教授や竹波博士は、確かに犯行は難しいと指摘。 すると、木葉刑事はこう言った。 “体を移動させるのは難しくとも。 血液だけならば、何とか成りそうに思えます。 ですが、そんな事は出来ますかね” 鑑定書の結論部分を空けたまま、朝方まで4人で捜査資料を付き合わせて考えた。 そして、採血が出来る犯人ならば、その犯行も可能に成るとなる。 だが、やはり単独犯では難しいと話し合った。 (あの時の彼は、もう答えを知っていた様だった。 その答えに辿り着く正しい道、公式の様な仕様を捜していた様に思える。 だが・・真摯だった。 誰よりも、被害者へ、事件に対し、真摯だった…) 刺し身を食べる井口医師は、確かに北の魚は旨いと思う。 「スイマセン。 キンキの煮付けを。 彼と同じものを」 木葉刑事の食べる煮付けの匂いに誘われた。 一方、木葉刑事も忘れられ無い事が在る。 彼女達の遺骨が在った洞窟の入り口を雪を掻き分け開けた時だ。 強い怨念や悲哀が感じられ、雪を掻き分け入り口を塞ぐ朽ちた木々を押し退けた瞬間。 “つぅぅぅぅぅたぁぁぁぁぁのぉぉぉぉーーーーーっ!!!!!!!!!!!!!!” 恐ろしい声が何重にも重なり、黒い靄か、煙の様に、何千何万かと云う蠅が飛び出して来た。 殺害された3人の霊が、恐ろしい顔と成り蠅の群れの中に視えた。 「うわぁっ!」 思わず仰け反った木葉刑事の声で、近場に居た市村刑事もあの時に蠅を見た。 一緒に居た警察官や猟友会の年配者は、 “ヘビだっ! 蠅のヘビだぁ!!!!!!” こう叫んだ。 25年以上も閉じ込められて居た3人の怨念は、時に小田切玉美の遺体の側に。 また、あの蔦野と武蔵川の側にも居たのだろう。 (あの強い怨念は、直ぐには落ち着かないだろうな。 武蔵川と蔦野を観念はさせたが、それで祟りを防げるかな) 京都では、母子の霊の気持ちが悲哀に傾いていた。 だから説得も受け入れられたが。 あの3人の怨念は強い。 騙され、躍らされ、殺害された。 その気持ちが強烈に遺骨へ蟠っていた。 心残りは、発見されない事と、怨みや怒り。 (東京で行われる裁判で、何とか鎮めたいが…) 武蔵川と蔦野が観念した上で、償い、哀れみ、謝罪をするしかない。 夜更けまで話して、木葉刑事と井口医師はホテルへ。 木葉刑事はビジネスホテル。 井口医師は、立派なホテルだった。 次の日。 起きた木葉刑事が窓を明けると、風は強いが晴れ間が広がっていた。 シャワーを浴びて、県警で魚住参次官と井口医師に別れを告げると。 電車で弘前へ。 頼まれた袖の下を含むお土産を買って送ると。 夕方から弘前城へ行き、桜を夜まで眺めて回る。 弘前城の周辺に植わる桜は、木葉刑事の母親が東北で行った数少ない観光名所だ。 もう亡くなった祖父が言っていたから、間違いはない。 ライトアップされた桜と、堀に落ちて川を染める桜の花弁を観た木葉刑事。 (広縞。 まだ威霊と同化が出来ないのか? お前と刺し違える覚悟は出来てる。 他人の犠牲など………) 宵闇の中、壕に掛かる橋の袂に居る木葉刑事は、桜をライトアップする光にうっすら見える。 その彼を、そっと尾行するのは茉莉隊員。 その耳に、車で来た他の班員より。 「茉莉、マルタイは長閑に旅行か?」 「さぁ、何故に此処へ来たのか解らない。 鵲参次官の予想は外れた。 恐山には行かず、弘前城の桜を観ている」 「呑気なものだな、桜見物とは」 「然し、向こうがハッキリと実体を持たない以上。 彼も対処が出来ない」 「だが、霊を視てあんなに事件を解決するんだ。 そろそろ広縞の霊にも、接触が可能なんじゃないのか?」 「難しい質問をしないでくれ。 私は、視えない」 「ふぅう。 茉莉、ホテルまで尾行するか?」 「当然だ」 木葉刑事が個人で押さえたホテルに帰る前に、飲食店へ寄る時。 また、違う姿と云うか。 あの悪霊事件の時の姿に戻して、茉莉隊員は木葉刑事と会う。 カウンターの一席に木葉刑事は座り、茉莉隊員はサングラスを外して近くに座った。 入れ込みの座敷に居る若者の集まりが、茉莉隊員を見て。 「見ろよ。 垢抜けたべっぴんが居る」 「メぇサみたいなの、相手にするかよ」 「んだ」 若者達が盛り上がる頃、木葉刑事が食事を終えて勘定に入る。 先に勘定をして出た茉莉隊員は、サングラスをして闇に溶ける。 店を出た木葉刑事は、コンビニに寄ったが。 茉莉隊員の居る方を視なかった。 1度も、視なかった…。
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