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蔦野と武蔵川、両方を青森県の県警本部に送った。 25年も経過していたが。 殺害したと思われる主犯が野放しで、青森県としても異例な事件だった為に捜査本部は残されていた。 二人に対する25年前の事件についての捜査も始まる。
一方、東京では。 篠田班と嶋本班が合同となり。 青森県県警から来た刑事も含め、応援の所轄の刑事と本件の捜査に動いている。 武蔵川と蔦野は、東京で犯罪計画を企てた。 だから、合同捜査をしても不思議はない。
だが、その他の事についても捜査している。 それは、何故かと云うと、小田切玉美の手記が原因で在る。
小田切玉美の手記より、謎の犯罪組織の影が浮かび上がった。 ま、小田切玉美は、その組織に登録した、“日雇い”の犯罪人みたいな位置に在る。 当然、組織の中枢に近付ける立場などではないらしい。
が。 これまで自分が遣った犯罪について、近々の事件以外の凡そが、押収した手記に書かれている。 また、押収された記憶媒体(SDカード・USBメモリ)の中身についても、幾らか記述が在る。 また、あの踏田禊の殺人についても記述が在り。
- 私の生涯に於いて、3回だけ直に人を殺害したり、手助けをしました。 その中でも、突発の事態で殺めてしまったのが、踏田禊さんです。 -
こんな書き出しから、殺害の経緯を綴って在った。
また、あの大崎と云う女性についても。
- 彼女は、私の友人。 彼女だけは、犯罪に巻き込みたくなかった。 まさか、あの蓮沼が彼女を利用して、詐欺を働いていたなんて…。 思いも寄らなかった。 けれど、遣られたからには、取り返す。 -
この綴りから、玉美が蓮沼を殺害に至った経緯が綴られていた。
捜査本部を預かる九龍理事官も、これは大変と刑事部長に伝える。 小田切玉美は、日本のあちこちに依頼で向かい、様々な詐欺や悪事に荷担していた。 各県の捜査二課は、これでまた忙しくなる。 小田切玉美が主犯ならば良いが、彼女は実行犯の一人に過ぎない。 “被疑者死亡”で片付く訳も無く。 時効の事案が多くとも、今回の25年前の事件の様に。 犯人が海外に行ったり、別の裁判で訴えられていたケースも在る訳で…。
その捜査の最中、世間はGWで休み。 飯田刑事と織田刑事と如月刑事が、ずらしずらして休みを入れる為。 木葉刑事やら里谷刑事は、連日の出ずっぱりとなる。
さて、5月の頭となるこの日。 朝9時過ぎに、青森県警から連絡が来る。
九龍理事官が警視庁に行っていて、篠田班長が電話に出る。
「もしもし、此方は千住署の捜査本部」
「もしもし、魚住ですが」
「あっ、参次官」
まだ青森県に居る魚住参次官からで。
「どうされました、参次官」
「昨日の夜、武蔵川がまだ色々と供述をしまして」
「はい」
メモ張とペンを用意する篠田班長。
「篠田主任。 武蔵川が、小田切殺害時に使用した変装の袈裟や、凶器に使ったゴルフクラブですが。 どうやら当初の詳言の様な、偶然に拾ったものでも、ネットで売っていたものでもないみたい。 青山に在るリサイクルショップで、意図的に購入したみたいです」
「参次官、店名等は解りますか? 誰かを向かわせて調べます」
その電話が終わる時、木葉刑事と如月刑事が話し合いながら入って来た。
「おっ、木葉。 お前、里谷と一緒に外へ出てくれ」
一緒に入って来た如月刑事が。
「班長、自分は?」
「お前さんには、聴き込みを用意して在るよ」
「まぁ~た聴き込みですか」
「適材適所。 それが普通だよ」
其処へ、後から鴫鑑識員と一緒に里谷刑事が入って来る。
「鴫さん、助かったわ」
「うむ。 じゃが、車検を忘れるとは、何か面倒が在ったかえ?」
「ヒ・ミ・ツ」
「ふふふ、何やらかは解らぬが。 余り重要な用事ではないと見受けるぞ」
「こらっ、察しないでよっ!」
「よいよい、解った解った」
笑った鴫鑑識員は、木葉刑事に挨拶すると。 篠田班長へ紙を出し。
「主任殿、新しい鑑定結果を御持ちしましたぞえ」
「有り難う」
受け取る篠田班長は、
「里谷、木葉と外に出てくれ」
コンビニの袋を手にする里谷刑事で。
「コレを食べたら行きます」
そして、朝の弛い一時後。
木葉刑事と里谷刑事は、小田切玉美殺害に使ったゴルフグラフを含む、武蔵川が変装した時に使用した証拠品の出所を確かめていた。 この前までの供述では、
“拾った”
“ネットで買った”
と、武蔵川は言っていた。
青山一丁目に在る、古着や自作のコスプレものを中古品として売買する、リサイクルショップが在る。 ちょっとした倉庫を店に改装した店舗で。 外観は、海外の下町ストリートの落書きだらけの様子と同じ感じ。 だが、醜さは余りなく、好き嫌いは個人差に依るだろうか。 その店に向かう途中だ。 本日も5月始めの晴れ空にして、風が東北側からで寒い。 薄いコートを羽織る里谷刑事が。
「袈裟を買うのに、こんな所に来るぅ?」
「本人が来たって言うんですから、仕方ないですよ」
「はぁ、青森県で一泊したかったなぁ」
「食べ物は、魚介類からして美味しかったッスよ」
「ぬ゙ぅっ、誰と食べた!」
「井口先生とか、教授や博士と」
「御主、女っ気はニャいのか?」
「居ねぇデス」
脇目に彼を観る里谷刑事だが。 木葉刑事が、弘前城で桜を撮した際に、離れた所に居た茉莉隊員を見ていた。 後で、彼女に軽い嫌味を言ったが…。
「然も、次の日には桜を見てたしね」
「やっぱり、一度は観たいと思ってましたんで…」
「写メでも解ったけど、弘前城とか公園って桜が凄いわね」
「そうッスね。 あの時の春の嵐で、濠の川面が桜の花弁色に成ってましたよ」
「う~ん。 彼氏とかと行けば、ロマンティックだろうねぇ…」
浸る里谷刑事。
離れる木葉刑事。
「離れンな゙っ」
「理由は解りませんが、怖いッス」
目的の店を見つけて、駐車場に入って行く。 店員へ話を聴いて回ってから…。
2人、駐車場に出で来るなり。 里谷刑事は、酷く呆れた顔で。
「ね、マジで?」
「マジらしいッスね」
「アホでしょ」
「アホみたいッス」
店へ振り返って里谷刑事が呆れ果てた意味は…。 武蔵川が、この店で袈裟を購入したのだが。 店のコスプレ衣装の様子をネットショップにアップする為、エロい格好をした女性店員が居た。 その姿に、彼は欲情をそそられたらしい。 武蔵川は金でデートに誘い、断られていた。
これから犯罪をしようと言うのに、バカみたいに目立ってどうしようと云うのか。
呆れた木葉刑事と里谷刑事。 篠田班長に連絡をする。
報告を終えると篠田班長から。
「あ~済まんが。 青山一丁目のその店の近くに、3階建ての雑居ビルが在る。 青い外壁で、1階に空(カラ)の手榴弾がぶら下がるアーミーショップが入ってるとか」
木葉刑事は、武蔵川はそんな場所にも行っていたのかと。
「班長。 武蔵川は、何を購入したんでしょうか」
「いや、武蔵川ではなく、小田切玉美の手記や犯罪の記録に書いて在る」
「別件ですね」
「おいおい、この捜査本部に情報(ネタ)元を持ち込んだのは、お前だろうが。 GW明けの捜査本部の改変までは、此方が責任を持つ事に成ったんだよ」
「はいはい、遣ります、遣りますよ」
「当たり前だ。 それで、その店の裏では、改造拳銃の密売が在った事が書いて在るそうだ」
「“改造拳銃”? 組対室の案件では?」
「だぁ~か~ら、話を聴くだけでいい。 小田切玉美は、改造拳銃を欲しがった誰かと、暴力団の間に入る緩衝役として。 金を払い、銃を受け取る役目を引き受けていたらしい」
「なぁ~るほど。 で、一階だけですか?」
「いや、また3階の無人事務所は、盗作絵画や美術品の模造品を売る拠点が在るとか。 今、捜索令状を持った飯田と八曽さんや荘司達を回してる。 合流して、ちょっとカマ掛けてくれ」
こう仕事を回される。
その場所に行って見れば。 雑居ビルの1階に、長い暖簾で中を見せないのに。 入り口の上には、アーミーショップの文字がネオンで踊る店先が在った。 前の通りは、軽乗用車が入ったら通行人も歩けない幅の路地。 車の侵入を阻む為、道路の真ん中に2本の鉄柱が出ている。
通りの角に、シェイクを売るジューサー店が有り。 コートが気持ち暑く感じ始めた里谷刑事がシェイクを買って、歩行者を装いつつ。
「確かに、アヤシー」
並ぶ木葉刑事も、
「タシカニ~」
指をハサミに例えて、チョキチョキさせる。
その建物と道路を挟んで斜め向かいの古本屋に、二人は世間話をしながら入る。 見張るには良い場所だ。
だが、飯田刑事達と連絡を取り合った直後だ。
店内の窓越しに、アーミーショップの入り口を見張っていた木葉刑事が。
「あ、ありゃ~~~。 取引の話は、マジかもな」
隣の里谷刑事は、レディコミックの古本を片手に。
「何で」
「ほら、右から歩いて来た、お相撲さんみたいな女性」
今、二人が見る視界の右側より、カラフルなニット帽に関取みたいな体格の、半袖にオーバーオールを来た人物が歩いて来た。
「100キロは超えてそうな…って、あの人は女性なの? 何で解るの?」
「彼女は、改造拳銃のプロを自称する、〔野上原〕《のがみはら》って人ですよ。 自称、“モデルガン・クィーン”」
「良く知ってたわね」
「前の話ですが、渋谷署の嶽さんが、初めてあの女性を逮捕しましてね。 その時、自分も一所轄の刑事でした」
「どーするの?」
「飯田さん達は、後10分ぐらい掛かりますからねぇ。 探ってみて、取引するならば其処を押さえますか」
「よしっ」
気合いと一緒に、シェイクを一気飲みした里谷刑事。 痛む頭を押して、雑居ビルに近付く。
処が、事態は思わぬ方向に。
木葉刑事と里谷刑事が素早く雑居ビルに近付き、側面からソッと裏口に回って見ると。
「ふざけるなっ! そんな要求を飲める訳ないっ」
少し籠った女性の声がする。 マスクをしているからか、太っているからか。 だが、声音だけ聴くと、とても愛らしい声で在る。
二人が聞き耳を立て、木葉刑事はスマホの録音機能を使う。
今度は、男の声で。
「何で断る? 人を撃つのと、暴発させるのと、基本的に何が違うよ」
「そっちは只の犯罪だっ! 私は実用性を重視する芸術家っ!!」
「はぁ~、これだから…。 芸術だの、学術だのと抜かす詭弁な奴は嫌いなんだよ」
呆れた気持ちを独り言として言った男の声は続き。
「野上原さんよ。 御宅が呑まないならば、他に頼むが。 この事を知った以上は、生かして置けないぞ。 アンタが帰った後に、人を遣わして貰う」
「どうゆう事よ。 アタシは誰にも言わないっ」
「言うとか、言わないとか、そうゆう問題じゃない。 事実、情報、それを知るのは一部のみだけだ。 それ以外は消す」
話が穏やかでは無くなって行く。
「アンタ達は、何を狙ってるのさっ。 暴発する拳銃が欲しいなんて、取引相手を殺す以外に無いじゃないっ。 金しか重んじないアンタ達が、何で人殺しなんか…」
「うるせぇ。 死ぬ奴が詮索なんかするな。 遣るなら、生かしてやる。 遣らないなら、殺す。 選択は、今、此処で決めろ」
男の方が、最後通告をする。
「・・・イヤだ。 アタシは、プロだ。 そんないい加減なものは造りたくない」
「ならば、帰れ。 直に、始末する」
「アタシを返して言い訳? サツに垂れ込むかも知れないし、他の組に情報を売るかもよ」
「別に構わない。 此方が先に、情報を回す。 お前みたいな牝豚一匹と、手堅く秘密を守る此方。 どっちの話を信じるかは、言うまでもない。 さぁ、帰れ」
交渉が決裂し、木葉刑事はジェスチャーで里谷刑事を呼ぶ。 二人がドアの裏に成る様に忍べば、野上原がドアを押して出て来た。
「一匹狼でも、曲げられない義理やプライドが在る」
外に出た所にで、野上原が言えば。
「アホか。 女の分際で、解った様な事を言うな。 消えろ、牝豚」
見下されて、野上原はドアを閉めた。 その時、隠れて居る木葉刑事と眼が合うが。
「!?」
口に人差し指を当てた木葉刑事で、野上原も意味が解る。 木葉刑事は、その指を雑居ビルの側面に向けた。
(サツの手が回ってる)
野上原は、そう感じた。 だから黙って側面に向かう。
この時、側面には飯田刑事達が来た。 里谷刑事が事情を伝えていたので、そっと遣って来た所に野上原が現れる。
“彼女は無関係だ”
改造拳銃を持ってきた訳では無い以上、無理矢理に確保する理由が無い。 音声は録音して在るし、事情は後からでも聴ける。
そのまま外に出した木葉刑事は、飯田刑事に外側を指差す。
“解った”
出入り口を固める為のサインで、飯田刑事達が表に回ると。 木葉刑事が裏口をそっと開く。
だが。
(居ない)
里谷刑事がポツリ。
耳で音を探る木葉刑事は、店内側面に足音が向かって行くのを聴いて。
“向こうです”
里谷刑事に示す。
頷いた里谷刑事は、正面の入り口に向かった。 飯田刑事達を誘導する為だ。
普通ならば、これまでの話からして、何処かに連絡をする筈。 然し、野上原と話して居た男は、側面ドアから北西側の駐車場に出て、2階や3階に向かうコンクリートの階段に上がった。
木葉刑事と他の刑事が合流すると。
「上に、誰か居るかも知れません。 少し探りましょう」
応援を呼んで、八曽刑事、岡崎刑事、荘司刑事に建物を固めて貰う。
そして、3階のアルミ戸まで行くと…。 誰か、一階で野上原と話していた人物とは違う男性の声で。
「チッ、野上原が蹴ったか」
次に、下で野上原と話していた男の声で。
「はい。 あの女は、始末します」
「当たり前だ。 噂話でも撒かれれば、7月の取引は延期になる」
「いや、ですが若頭。 寧ろ、延期にさせた方がいいですよ」
「少し時間を置くか?」
「はい、その方が狙い易いですよ。 何せ、相手はあの三橋総長。 仕留められずして生かせば、此方は大様さん毎潰されますゼ」
「成るほどな・・。 然し、これは只の怨恨じゃねぇ。 愛知と大阪の警察本部、組織対策室の中から来た依頼でも在るんだ。 サツから情報を貰うには、是非に殺らなきゃ成らん」
「ですから、先ずは野上原を始末してうやむやにしないと」
「まぁ、焦ってしくじれば、此方も潰されるのは見えている。 慎重さは、必要か」
「はい」
二人の話だが、木葉刑事の脳内には。
『気をつけて・・、拳銃が在るわ』
時折に聴こえる女性の不思議な声がする。
男達の話を録音した木葉刑事は、里谷刑事へ。
(拳銃も在ると思いましょう。 各個撃破です)
話し合いが終われば、あの男は下に来るだろう。 2階へと降りた木葉刑事は、応援の車両にサイレンを頼んで3階を見張る。
この時、アーミーショップの店主が降りて来た。 飯田刑事と里谷刑事が、階段の踊り場で確保。
「サツだぁっ!」
苦し紛れの声が上がり、サイレンが聴こえる。
「チキショウッ! 手が回った!!」
3階の連中が慌てる。
拳銃を手にして、若い組員が廊下に出ると。 その背中に、左手の指を突き立てた木葉刑事。
「そっちも拳銃を持ってるなら、此方も撃って良いよね」
「あっ!」
若い組員は、ビックリして手を挙げる。 その手から拳銃を取った木葉は、3階に上がって来た里谷刑事に彼を左手で押す。
「大人しくしろっ」
里谷刑事が彼を確保すると。
木葉刑事は、
「中の方々。 今、さっきの話は録音させて貰ったし。 警視庁に送ったよ~。 歯向かう意味が、もう無いけど。 それとも、三橋総長って人に情報を流してみようか?」
部屋の中には、若頭なる色眼鏡をした小柄な男性を含めて、スーツ姿の3人が居た。
若頭となる男の声で。
「ハッタリを抜かすなぁっ!!」
と、怒鳴ると。
飯田刑事、八曽刑事、岡崎刑事に荘司刑事まで、3階に上がって来た処で。 木葉刑事は、部屋の中にスマホの録音を流し。
「狙う相手がビッグなのはいいけどぉ~。 これがバレたら、そっちはどーなるのさ。 投降するなら、今の内だよ。 警察関係者からの頼みって成ったら、警察もマジになるよ」
サイレンが雑居ビルを包囲し、完全防備の機動隊も現れる。
「防弾服と盾を持った武道派の職員が踏み込んだら、ボコボコだよ」
八方塞がりとはこの事か。 窓から飛び降りても、裏側にまで機動隊の職員が来る。
「解った! と、投降する」
3階に居た男の一人から声が発せられた。
「両手を挙げて、一人ずつね~」
拳銃が絡んで、こんな弛い逮捕劇も無いだろうが。 青山で拳銃騒ぎとは、何と言う事態か。
全員が捕まると、木葉刑事はあの組織対策室の松永警部に連絡を入れる。
「松永さぁ~ん。 組織対策室は何をしてるんです?」
話を聴いた松永警部は、
「それより鑑識作業を頼むぞ! これは、一大事だっ」
怒鳴られて通話を切られた木葉刑事は、キンキンする耳を指でほじり。
「デカい声を出さなくても…」
言いながら、薄型テレビに近付くや。
「片岡さん」
鑑識班を連れた片岡鑑識員を呼ぶ。
「どうした?」
「このテレビ、B-CASカードが刺さって無くて。 下のSDカードを入れる所に何か刺さってますよ」
大変な事件にまた当たったと、片岡鑑識員も表情が固く。 若い女性鑑識員の肩を触り。
「木葉のを頼む」
「はい」
女性鑑識員は、その場所からミクロSDカードを5枚も見付けた。
(これは、テレビ自体を押収した方がいいみたい)
また、木葉刑事は花瓶を調べる鑑識員の脇に来て。
「多分、下の台じゃないの?」
「え? 下の台は、只の台ですよ。 裏にも、何も無いですし」
「そうかなぁ~」
台の前にしゃがむ。 鑑識員もしゃがむ。
「ほら、この側面の切れ込み、擦れた形跡が在る」
「ですが、開くとは思えませんが」
「ぶっ壊すぐらいに調べないと…」
台の下に手を回して探ると、凹みに当たる。
「なんじゃこりゃ」
其処に指を入れた木葉刑事は、それを押しながら台の表面を押したり、引いたり、ずらしたりすると。
「わっ!」
「あ」
台の表の面が外れた。
尻餅を着いた木葉刑事は、眼を丸くして。
「怪盗ナンタラみたいだ。 良く出来てるぅぅ」
その外れた蓋の中には、拳銃や袋に入った粉が在る。
「退いてっ」
鑑識員の男性が作業に移る。
退きながら立ち上がる木葉刑事。
「あ~~~、ビックリした」
だが、ビックリしているのは、鑑識員の方。
片岡鑑識員が、木葉刑事の腕を掴んで廊下に。 突き当たりまで来ると…。
「木葉。 その音声データは、どうした?」
「あんなデンジャーなモノ、警視庁に送りましたよ」
「そ、そうか」
「班長に言われて来ただけなのに、まさかこんな大事に…」
「大事なんてモノじゃないぞ。 警察の一部からの依頼で、暴力団同士の抗争を起こすなんぞ…」
然し、木葉刑事には理解が行く。
「でも、この部屋に居たのは、大様会系に属した宇和島組の組員ですからね。 警察の一部も、上手く利用が可能と見込んだのでは?」
「あ? 何の話をしてるんだ、木葉」
「片岡さん」
「ん?」
「宇和島組は、大様会系の暴力団ッスよ」
「それは知ってる」
「去年、岩元を捕まえた時に、岩元は自分の組だけじゃなくて、他の組の構成員も遣って詐欺をしてました」
「あっ、そうだったか」
「利用を考えた警察の一部は、あの時まで岩元の手下や大様会系の組員から情報を貰ったり、金銭でも貰ってたんでは?」
「それは、あ・有り得ないとは言えないな」
「岩元に母親を奪われた様な、あの葉山会系の三橋総長は、かなり強引に岩元の振り込め詐欺グループを潰したと聞いてます。 恨む組員と利益を奪われた悪徳警察職員がつるんだ・・みたいな話では?」
「それは…」
片岡鑑識員の長年の勘と、木葉刑事の推測が繋がる。
さて、この実態は、組織対策室でもうっすら表面だけを知りつつ在った。
だが、その情報とは。
“一部の大様会系組員が、勝手な動きをしているらしい…”
これぐらいの情報で。 何なら内偵をするか、と思っていた矢先のこれだ。
夜の7時を回って捜査本部に木葉刑事達が戻れば、
“一つの事件の中で、幾つ事件を解決するんだ”
と、ばかりに、他の刑達事が呆れている。
ま、逮捕等の手柄は、八曽刑事やら荘司刑事などが貰うも。
(あの人には敵わない)
(私、絶対に喧嘩を売らないわ)
秘かに噂が立つ。
待っていた九龍理事官が、木葉刑事を見付けるなり氷の微笑を浮かべ。
「御疲れ様。 楽しかった?」
「いえ。 べ、別に…」
何やら怖くなる木葉刑事で、滅相もないと首を振る。
座る九龍理事官は、資料を片手にしつつ。
「今日は、もう休んで構わないわよ」
何か、他に話が在るかもしれない、と木葉刑事が黙って居ると。
「明日は、徹夜でも行かせるわよ」
「明日に備えて、休みます」
「宜しい」
廊下に出た木葉刑事に、こっそり篠田班長が来て。
「悪いな、木葉」
「班長ぉ、ヤバめでしたよぉ」
「悪い悪い。 組織対策室の知り合いから、あの事を聴かれてな。 何か情報が得られるかもと、お前を回させて貰ったんだ」
どうやらこのカマ掛けに、九龍理事官はタッチしてなかった事らしい。
「はぁ。 今回の事件は、余計な絡みが多すぎるよ」
溜め息を吐く木葉刑事。
「言えてる。 小田切の手帳や手記の調べは、別の班に担当して欲しいよ」
篠田班長も、疲れて愚痴る。
「ですね」
ネクタイを弛める篠田班長も、先程に九龍理事官から叱られたからか。
「里谷じゃないが。 有賀の野郎の一件から面倒が束になってるみたいだ」
後は、組織対策室に任せる事案だ。 休む木葉刑事に、鴫鑑識員と如月刑事やら岡崎刑事が集まり、食事に出る。
篠田班長は、九龍理事官に掛け合い。 小田切玉美の手記や手帳の内容の捜査は、別の捜査本部を立ててそちらに移行し。 本件は、武蔵川と蔦野の移送、小田切玉美の殺人の捜査のみに絞ってはどうか・・と打診した。
考える、とした九龍理事官だが、GW明けまでは事務方が動けないだろう。 少々の面倒は、此方が負うしかない。
一方、近場の回転寿司屋に向かった木葉刑事達。 賑やかな店内にて、寿司を摘まむ。
好きなサーモンやネギトロなどばっかり取る如月刑事は、
「なぁ、木葉。 この事件、早く終わらないかな」
と、ボヤく。
「奥さん、体調が悪いンですか?」
「つわりがさぁ」
「ありゃりゃ」
女性の鑑識員が。
「帰らなくていいんですか?」
「それが、向こうのお義母さんが、男は仕事が大切ってね。 事件が大方解決したのに、捜査本部が解散するまでは解決じゃないって…」
顔を渋くした木葉刑事。
「何だか、警察関係者みたいッスね」
「お義母さんの叔父さんと従兄弟が、実は警察関係者なんだよ。 秋田県警と、宮城県警なんだってサ」
「う~わ、年齢からして旧い警察の雰囲気そう」
「一応、今は来てくれて助かるけど。 出産まで何回かに分けて来るってから、良いような、面倒なような…」
さて、向かい合う鴫鑑識員より。
「木葉殿は、来週には青森へ、また出張と相成りましたな。 気をつけて行かれます様に」
「はい」
市村刑事と木葉刑事は、白骨遺体を発見した経緯について、青森県警にて検事に話さないといけないらしい。 下手をすると、裁判にて証言する事も在るからか。 向こうの検察側も、神経を尖らせている。
「まぁ、ボチボチですよ」
頷く木葉刑事だが、その表情に一抹の陰りが見えた。
鴫鑑識員や里谷刑事に、如月刑事まで見逃さない。
「木葉、嫌なのか?」
焼き肉のカルビ軍艦を取る木葉刑事は、マヨネーズを付けて。
「そういう訳じゃないんですがね。 今回みたいに、20年・・30年と経ってしまってから事件を裁判しても、何と言うか…」
「………」
日高昆布の出汁入り醤油をマグロ握りに掛ける里谷刑事は黙った。
今回の事件には、現在進行形の事件と。 高橋という、行き過ぎた形の冤罪が在り。 もう彼は釈放されたが。 確かに捜査していても、普段とあまり変わらなかった。
だが、これが完全に風化したかの様な事件の場合。 80歳、90歳の被疑者を捕まえる事も出で来るのだろう。 何十年も経ってから、殺意も無いとか、情状酌量の在る事件などの被疑者を捕まえた場合。 一体どうなるのか、考えるのも恐い。
この所為で、会話が細くなるも。 若い鑑識員の彼女は、仕事が楽しく成ったらしい。 彼女の話から会話が弾み始め、陰りは消えた。
本日は、何だか酷く疲れた一日だったと。 木葉刑事は、またカルビ軍艦の皿を取った。
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