春の激震

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       ★ 夜9時を回り。 六本木のクラブより歩いて最寄駅に来た木葉刑事は、目黒に在る警視庁の職員用となる新宿舎に帰ることにした。 電車を乗り継ぎ、“池尻大橋駅”で降りるのだが。 電車からホームへと降り立った時に、軋む様な違和感に包まれた。 (な゙っ、どうして…) 突如として、背筋に走る誰かの視線が感じられた。 自分に対する視線でも、丸で狙われて居るかの様な只ならぬもの…。 そして。 『気をつけて、貴方を誰か・・』 時折に、何故か聴こえて来る誰かの声。 それが、また脳裏の中で響いた。 どうするべきか、どうするべきなのか…。 駅のホームにて思案し、プラスチックみたいな質感の椅子に座った木葉刑事。 対処に困って、不自然さを出さない様にスマホを見れば、10分ほど前に里谷刑事からのメールが入っていた。 - お願い、木葉サマ。 この哀れなヒロインを助けて下せぇ。 駅前とかの牛丼屋で、新春の牛丼祭中なのっ。 そんで、大盛無料まで後ワンポイントまで来てる! 今日の限界まで、一人分を買ったから、誰かに助けて貰いたいのお゙っ。 八橋は、彼女とデートって抜かすし。 鑑識のタマちゃんは夜勤。 六末君は出張。 他に何人も当たったのにっ、みんな用事って云うんだよぉっ!!!! (里谷)- まぁ、下らないメールだが。 “渡りに船”とはこの事か。 - 里谷さん、それに協力しても構いませんよ。 只、自分にも協力して貰えませんかね。 (木葉)- こうメールを送れば、一・二分して。 - 一緒の班の仲間じゃないっ! 協力ぅっ、協力よっ! (里谷)- 協力者を得られた木葉刑事は、自分に向かう視線の方へ向かないまま立ち上がった。 階段を降りて改札に向かえば、ジットリとした視線の気配はしっかりと着いて来た。 - 里谷さん、駅前通りに向かって来て下さい。 実は、池尻大橋駅で降りたら、誰かに尾行されそうなんです。 (木葉)- - はあ? (里谷)- - 細かく説明をし難いんですが、何となく視線を感じました。 牛丼買って宿舎に帰る間に、挟み撃ちしたいんですがね。 (木葉)- - よし、解ったっ。 (里谷)- それは、この時点の木葉刑事と里谷刑事には、小さい小さい事件に思えた。 刑事と云う職業は、記者などからも付き纏われる事が在ったり。 また時には、危険な連中からも目を付けられる事が在るからだ。 駅の高架下のテナントが並ぶ処に向かった木葉刑事は、牛丼屋でそこそこ買い込み。 トイレに入って里谷刑事が来るまでの時間を稼いだ。 彼女が近場まで来たと知るや、トイレを出て無料券を貰い。 店を出て宿舎に向かって歩き始める。 駅より少し離れて、外灯頼みの路上にて。 (駅前通りから離れたのに、やっぱり尾行されてる) 銀行の本社やらその他ビルを抜けて、“目黒川緑道”に出た。 以前に、自殺した遠矢の確保でも通った場所。 処で、里谷刑事から作戦を問う連絡が来た。 (里谷さんが来た) こうして脇道に入った所で物陰へ身を隠せば、尾行して来た人物が木葉刑事を見失う。 「あぁっ、不味いっ」 声を出して慌てるその人物が木葉刑事を探そうとする時に、間近に来ていた里谷刑事が行く手を塞ぐ。 里谷刑事が先に姿を見せて。 「刑事を尾行するって、記者かしら? それとも、悪い人かしら?」 「あっ、刑事っ?」 尾行する者が驚く、その後ろに木葉刑事が現れる。 「はい。 自分は、警視庁の刑事ですよ」 それを聴いた尾行する人物は、 「ひぃっ」 驚きながら木葉刑事の方へ振り返った。 刑事が尾行されるなど、何等かの事件と関係するかも知れない。 軽犯罪法の“人を不安にさせる付き纏い”の疑いで、里谷刑事が現行犯逮捕した。 逮捕されたのは、身長180センチぐらいの小肥りな男性で、年齢は見た目に50歳位。 額の主張が強く、眼鏡をした人物。 スーツの上にロングコートを羽織る。 「一応、一課長に連絡しますか」 木葉刑事がスマホを取り出すと、確保した男性を歩かせる里谷刑事で。 「第三機動隊のトコで、お世話になりましょうよ」 「確かに、近いッスね」 警視庁の第三機動隊が居る施設が、此処からだと歩いて近い。 其処へ、小路を向かって行く。 「もしもし、一課長ですか?」 木田一課長は、都内を専用車で警視庁に向かっている最中だ。 「木葉。 待機番のお前から電話って云うと、何か事件か?」 「申し訳有りません。 実は、知らない人物から尾行されまして」 「何っ?」 「里谷さんに協力をして貰い、不審者を確保しました」 「そうか、確保したか」 「怪我などは有りませんが、宿舎が近いので。 第三機動隊の方に連れて行って大丈夫でしょうか」 「解った。 俺から連絡する」 その後、大学の医療センター前を行く途中で、警視庁の機動隊の車が迎えに来た。 機動隊とは、災害時や特殊な状況に都内が成った時に、治安維持などを担う特別部隊だ。 近々では、災害時の治安維持などだ。 一旦、第三機動隊の施設に向かった木葉刑事達。 その施設で、連絡を受けた隊長に不審者を取り調べて貰った。 供述から、この確保された男性は、『山崎 正治』《やまざき しょうじ》、52歳。 昨年の春に早期退職を打診されて脱サラした。 遣ることが無いので、小説で憧れる探偵に成ったとか。 中堅探偵事務所、“葉隠(はがくれ)探偵事務所”に勤めている。 「刑事を尾行するなんて、随分と大胆な事をしたものだな」 機動隊の分隊を指揮する隊長から問われ、とても恐縮する山崎。 「刑事だなんて、聴いてないんですよ。 ただ、電話でウチの事務所に依頼が有りまして」 “或る人物を尾行して、居場所を特定して貰いたい。 その人物の写真は、後日に郵送する。 写真で顔を確かめた後は、池尻大橋駅で張り込み。 見掛け次第に尾行をして欲しい” 「と…。 一昨日に連絡を受けまして。 昨日に、この写真が事務所のポストに入っていました…」 山崎が出したのは、防犯カメラの映像からアップされたものをカラープリントした様な、木葉刑事の姿で在る。 聴取室に隣接したマジックミラーの備わる視聴室。 其処に居た木葉刑事は、そのカラープリントされた自分の写真に、身震いを覚える。 (あれは、昨年の…) それは、まだ去年の頃の自分だ。 有賀の一件に関わった後に、クリスマス特別警戒任務に就く前日ぐらい。 警視庁から出た所の映像を拡大したと思えた。 何よりも気に成るのは、その写真の中の自分が過ごした時期と。 “あの人物”に感じた嫌な気配、その残り香の様なものをカラープリントから感じる事実。 (嗚呼っ、これ不味いぞっ。 この一件には、アイツが絡んでる!) 里谷刑事に勘づかれたく無いが。 隣で一緒にカラープリントの写真を見てしまった。 彼女も不穏な空気を感じたらしい。 表情が引き締まり、今からでも仕事が出来そうだ。 その内、事情聴取から20分ほどして。 警視庁より捜査一課第9係に所属する嶋本班が来た。 主任の『嶋本重吉』《しまもと じゅうきち》は、38歳ながら見た目はいぶし銀の様に渋く。 性格は泥臭いぐらいに真面目な人物。 実は、木葉刑事とは警視庁入りが同期で。 警視庁の捜査員に成ってから昨年度の始め、警部補の承認試験を突破した。 その為に、昨年春の人事異動で早々と主任を命じられた。 山崎を警視庁に連れて行く為に、迎えに来た車両へ乗せる嶋本班の刑事。 それを木葉刑事と眺める、だみ声の嶋本主任が。 「木葉。 尾行されたって、あの男か?」 並ぶ木葉刑事は、 「はい。 嶋本さん、御手数を掛けます」 と、自分も車両に向かう。 そして、それに同行する里谷刑事。 彼女の肩に手を伸せた嶋本主任が。 「里ちゃん、一緒じゃなくてイイよ。 もう帰りな」 里谷刑事がまだ新人の警察官だった頃。 所轄に1年だけ配属されて居た時に、先輩に当たる警察官だったのが嶋本主任。 だが、浮かない表情の里谷刑事は。 「嶋本さん、一緒に事情を話します。 今回は、何だか嫌な気がします」 「え?」 「木葉さんの顔を示すあのカラープリントは、警視庁前の防犯映像を拡大したものみたい。 問題なのは、それが有賀の関わっていた事件を担当していた時の…」 「“有賀”? 何だ、それは…」 「関係無いって思うけど。 もし関わってるなら、今度は…」 木葉刑事を守って有賀と渡り合った里谷刑事の事は、警視庁でも有名に成っている。 有賀を相手にして生きて居られただけでも大したものだが。 有賀を手負いにしたのは事実で。 警護課の課長が彼女のUターンを考える。 だが、一度は見捨てられた警護課に、里谷刑事は未練が全く無い。 彼女も噂を聴くや、自分の足で人事課に出向き。 “警護課への移動は拒否します” と、キッパリ言った。 嶋本主任は、カラープリントの出元が警視庁前の防犯カメラと聴いて。 「・・解った、一緒に来て貰うか」 仕方なく、里谷刑事も連れて行く。 夜の11時を過ぎて、刑事二人と確保された山崎は、嶋本班の刑事から事情聴取をされた。 “駅を降りた時に、此方を窺う山崎に気付いた” 供述した木葉刑事と、彼を確認した山崎の供述が合致。 また、メールを見せて、応援を買って出た里谷刑事の話も聞いた。 警視庁に戻る木田一課長も、カラープリントの事実に嫌な気配を覚えた。 (これは、白黒をハッキリさせた方がいいな) こう思う。 この日、夜勤となる鑑識班は二班。 内の一班は、“モアイ”の渾名を持つ鈴木鑑識員の班だ。 智親鑑識員も居る班の主任が彼で在る。 一課長からこの不審者の件を調べる様に頼まれた。 「ト~モちゃん。 木葉ッチの一件で、捜査するぞぉ~。 み~んなを集めてくれぇ~」 間延びする物言いが特徴的な鈴木主任。 「はぁ~い」 云われた智親鑑識員は、食堂で夜食休憩する班の鑑識員を呼びに行った。 なんて事なさそうな尾行が、カラープリントの所為で不穏なキナ臭さを醸し出す。 探偵の山崎は、人生初めての警察沙汰で観念し、依頼主の電話番号から何まで警察に提出した。 さて、葉隠探偵事務所にも、確保の連絡が入った。 事務所の所長代行をする男性は、彼の弁護をあの桔梗院弁護士に依頼。 桔梗院弁護士が引き受け、木田一課長に不当逮捕を訴えて釈放を掛け合う真夜中。 山崎の関わりは尾行のみと察した木田一課長は、明日の昼に山崎を釈放すると先手を打つ。 その間に、調べられる物は総て調べようとなる。 カラープリントに使われた紙や電話番号が調べられた。 夜中の12時過ぎ。 紙に指紋等の残留物は無く、印刷したのは市販のプリンターと思われた。 だが、問題は山崎が録音していた電話の声。 その音声は変声機で変えられている。 科捜研の夜勤者に音声の分析が早急に依頼された。 そして、深夜1時半を過ぎて。 警視庁の鑑識課は、劇的に忙しくなった。 先ず、電話は都内ホテルの公衆電話が使用されたと判明する。 何故か警視庁が捜査の許可を取り、鑑識班が騒がずにホテルへ調べを入れた。 真夜中の鑑識作業だが、何故か嶋本班ではない黒スーツの人物達が同行し。 従業員やらへ聴き込みをした。 ホテル内に設置された防犯カメラの映像が確認されて。 朝方に出勤して来た清掃係りの女性の詳言が取れる。 午前、山崎に電話を掛けたと思われる人物は、休憩として入った客とか。 また、清掃係りの女性の証言からすると、体格がかなり立派で、背広にコートを羽織っていた人物と云う。 この頃、朝の8時前。 “明日から2日は、自宅謹慎を命じる” 木田一課長から言い渡された木葉刑事と里谷刑事。 同じ敷地の、少し離れた男子寮と女子寮に送られる二人だが。 車に乗る前からほぼ無言。 有賀の存在は、刑事を変えるらしい。 朝、9時半ば。 寮となるマンションへ送られる最中だ。 車内のラジオから。 「ニュース速報です。 本日、午前9時過ぎ。 衆議院議員の〔三宅〕《みやけ》議員とその秘書が逮捕されました。 また、東京地検の検事、〔樺 瑩子〕《かばね えいこ》も逮捕されました。 警視庁の調べに因りますと、先日に死亡した後嶋多会長の死に関係するとの事です」 放送を聴いた、運転する嶋本班の刑事が。 「木葉。 お前、この事件の現場に臨場したって?」 「あ、はい。 後嶋多会長の逮捕には、自分も幾らか関わってましたから」 「そうか。 だが、何で検事まで逮捕に?」 「三宅議員と、検事が男女の仲でして」 「なっ、何ぃ?」 「後嶋多会長の不正事件を担当する検事が、愛人の三宅議員からの依頼を受けて。 毒物の混入されたワインを…」 「だ、だけどよ。 そんなの、直ぐにバレるだろうが…」 「いえいえ。 そんなバレる遣り方なんかしませんよ」 「って云うと?」 「後嶋多会長って人は、仕事にはクールでも。 家族には甘い人物みたいで。 隠し子や実の娘に、後嶋多会長の被る影響を疑惑として向けると脅した」 「何だよ、子供の事を心配して、自殺に見せたってか」 「らしいですよ。 不正で旨い汁を吸ってた三宅議員ですが。“ 後嶋多会長が裁判で洗いざらいに話す”、と愛人の検事から聞いて知り。 自分の議員生命を守る為に、秘書や検事と相談して遣ったんじゃないッスか?」 「なんつ~野郎だ。 そんな奴に手を貸す検事も検事だ」 「でも、決定的な物証が見つかってます。 捕まった3人は、殺人及び殺人教唆。 もしくは、殺人の共同正犯に問われるかと」 「あったりめぇだ。 議員と検事の地位を使って自殺に追い込むなんて、ンなクズ共を見逃して堪るかっ」 「流石、美田園管理官と山田さんッスよ」 「ん、大したもんだな」 一つの事件は、こうして決着を見る。 後嶋多氏は、遺書を遺していたのだが。 隠された記憶媒体には、検事から強迫を受けていた事。 また、三宅議員から圧力が来ていた事を仄めかしていた。 その遺された書類には、破棄された筈の不正の証拠が在った。 さて、もう木葉刑事に残る不安は、今回の尾行された事件の答え。 その答えが出たのは、それから2日後のこと。 自宅謹慎明けの朝に警視庁へ出勤した木葉刑事は、正面の入り口から庁内へ。 だが、エレベーターの前に来ると、細い眼鏡を掛けた小柄な女性が脇に立った。 「木葉警部補、ちょっといいかしら?」 その人物は、警視庁公安部の部長をする『桜花 晶』《おうか しょう》警視。 その人物が現れた事で、木葉刑事も何が起こったか朧気に解った。 「はい」 エレベーターで上へ上がるや、一般の聴取室とは違う階の聴取室へ。 其処には、公安部の捜査官が警備する聴取室が在る。 その一室に招かれた木葉刑事。 中に入れば、何と刑事部長が居た。 刑事部長に一礼すると、椅子を勧められる。 座るなり木葉刑事が口を開いた。 「刑事部長。 もしかして、相手は有賀ですか?」 重々しく頷く刑事部長。 「音声の分析結果を聴いて、私も腰が抜けた。 指紋、映像からして、君を調べる様に依頼したのは、確かに有賀らしい」 「そうですか…。 去年、こんな頼り無い刑事を仕損じたのは、有賀にしても沽券に係わるんでしょうかね。 こうなると、里谷さんが関わったのは不味かったな」 こと有賀に関しては長年に亘り捜査をして、有賀の事を良く知る桜花部長が。 「あの時、彼女が居なければ貴方は殺されて居た。 命の恩人よ」 諭すつもりだった。 だが、木葉刑事は弱く笑い。 「いいえ。 自分一人が殺害されるならば、それで有賀に罪が増えるだけですから。 寧ろ、これからも有賀の事で里谷さんに迷惑を掛けると成ると、只々面倒でしか無い」
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