十五歳、春

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 鈍色の水面に落ちた花びらは白い塊となり、行く当てもなくぷかぷかと漂っている。燃えカスのような灰紅色の桜の木々を眺めながら、堀沿いの歩道を進んだ。西門橋を渡り、公園内に足を踏み入れると、ウォーキングや犬の散歩連れの人と多く擦れ違う。  伊織はこの春、高校一年生になった。  中高一貫の男子校のため、二月に形ばかりの試験を済ませて、すんなりと高等部へと進学した。  あやふやなようでいて、きちんと同じ顔で訪れる毎日。受験、進学、就職……目の前に順序良く提示される実現可能な目標たち。表向きは称賛される「自由」を履き違えれば、即、落伍者のレッテルを貼られると誰もが知っている。誰かが統制してくれた世界で分相応に生きる方が楽なのだから、皆で目隠しをして進めばいい。時折、目隠しを外すことを忘れずに。いつの間にか誰もいなくなっていた、なんてことがないように。  もし今日、どこのクラスにも自分の名前がなかったら――。  ありえない妄想を巡らせているうちに通りへと出た。学校側のミスで、名前がない!――さあ、どうする? (すべてを放り出して死にたくなるな)  真新しい制服で淀んだ堀に入水する新一年生……束の間の英雄を気取るには、悲愴感と馬鹿馬鹿しさが欠かせない。  自分に鼻白み、学校とは真逆の方向にずんずん進む。入学式まで、まだ十分な時間があった。  駅の北口から排出された群姓が、それぞれの向かう道へと淀みなく流れて行く。  平日の朝方、常闇神社に寄るのは初めてだ。普段は半日で授業が終わる第二・四土曜の帰宅時と決めている。  呆れるほどの信念で続けられてきた慣習は、中学入学前に遡る。  三年前、ここで尊という少年に出会った。  毎日、塾の帰りに寄り道して、気の置けない友と会うのが楽しみだった。  輝かしき日々は二週間ほどで終幕を迎えたが、今でも色褪せることなく心で蘇る。 (元気に、してるのか?)  黒一色の拝殿を見つめて問いかける。  ぷつりと会えなくなったことが、今でも信じられない。偶然出くわすことは勿論、姿を見かけることすら一度もなかった。 (お前は、きっと成長したよな。未だにここで神にすがっている俺とは違う)  モノトーンの日々に唯一淡い光を灯した思い出をそっと閉まって、手を合わせた。  今、願うことは何もない。  ただ無心に手を合わせて頭を下げる。それだけだ。
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