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あの頃、祈り続けていた母への想いは、友情の終焉とともに葬った。
(尊のおかげ、かな)
彼のようになりたかった。
常闇の森で出会った友は、どこまでも純粋で、まっさらだった。
時々、苦しくなるくらいに。
親しくなればなるほど、彼には言えない願いを抱えているのが苦しくなった。彼のようにすべてを晒して、傷ついてでも生きる姿が眩しくて、憧れた。
だから、捨てた。
彼にだけは、偽りのない自分を見せたかった。かつて、森で尊に願いは何かと聞かれた時には戦慄した。あの出来事は、大きな後悔となり胸をえぐったままだ。
――今度は俺が会いに行くよ。
今でもはっきりと思い出せる、尊の声。
たとえ、その場しのぎの慰めでも嬉しかった。あの声と笑顔を思い出すだけで、心は澄輝で満たされる。
「おはよ」
頭上から降った声に、びくっと顔を上げた。
「ごめん。ずいぶん長く祈ってるから、待ち切れなくて。神職失格だよね」
朝陽の下、白の着物に浅葱色の袴が目に眩しい。彼が近づいて来た気配はまったく感じなかった。
「おはよう、ございます……」
さほど反省している風でもなく、隣に並んだ神職はにこやかに笑みを浮かべている。学生然とした白皙の顔に、百八十センチはありそうな長身、清痩といった風の優男だ。
中学に入って間もない頃、「神職」は、ちょうど尊と入れ替わるようにして忽然と伊織の前に現れた。
当初、普通の洋服姿で竹箒片手に境内をうろつく彼を見ても、ピンとこなかった。袴姿で社務所に出入りする姿を目にするようになり、ようやく神職なのだと理解した。
会えば気さくに声を掛けてくるので、今ではすっかり顔なじみである。聞かれたので伊織は名乗ったが、彼の名は知らぬままだ。今更問うのも何だし「神主さん」という呼称で用は足りた。
「紺色に変わっただけで、ずいぶん印象が違うね」
伊織の襟元を見つめる神職が何を指摘したのか、数秒かけて咀嚼した。
「あ、そう、ですね。……俺も鏡を見るまではあんまり実感なかったんですけど、臙脂よりかは落ち着いた感じかな……」
「ごめん。主語を省くのは僕の悪い癖だ。ネクタイが、って付けなきゃ通じないよね。うち、家族全員そうなんだよ。頭に浮かんだことを好き勝手に言い合ってても、なんとなく通じてしまう。良くないな。朝から君に謝ることばっかりだ」
いえ、と即座に返答したが、神職はうーん、と腕を組んだ。
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