十五歳、春

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 不思議な人だ。  怜悧な面立ちに似合わぬくだけた雰囲気や、神出鬼没なところ、温雅なのにどこか凄味のある笑顔など、浮世離れした感が強く漂う青年である。 「でも、嬉しいよ」 「何が、ですか?」 「君が高校生になっても通って来てくれて。進学、おめでとう。最初に言おうと思ってたのに、タイミングを逸したな」  甘めの低音が心地良く通り抜ける。まっすぐに見据える涼やかな瞳は黒目が大きく、濡れたような輝きを湛えていた。 「あ、ありがとうございます。……神主さんが、第一号ですよ。おめでとう、って言ってくれたの」 「へえ。それは光栄だな」  軽く流した神職に小さく頷いて見せる。  エスカレーター式に進む高等部への進学に大した感慨はない。だからこそ、率直な(しゅく)()はこそばゆく、嬉しくもあった。  今朝も父とは顔を合わせていない。式には出ずに、懇談会から顔を出すのだろう。対外的には保護者の役割を完璧にこなす男だ。  疼き始めた心に苛立ち、拝殿から目を背けると黒影が映りこんだ。一瞬だけ、過去と現在が交錯する。  尊と別れて以来、森には足を踏み入れていない。  なぜだかわからないが、足が止まるのだ。強固な結界に締め出されるように、森の手前で体は動かなくなってしまう。  尊が待っているかもしれない――そんな幼稚な幻想はさっさと捨てろ、と森に窘められている気がした。 「伊織くん」  はっ、と我に返った先には、いつもの作り物めいた笑顔があった。 「入学式、遅れるよ。車に気をつけて」 「あ、はい。――ありがとうございます」  頭を下げて参道を歩き始めると、昔、何度も駆け抜けた石畳に硬い靴音が刻まれていった。 (もうすぐ、タイムリミットだ)  自分自身に言い聞かせながら、一歩一歩を踏みしめる。 (ここに通えるのも高校までだ)  大学は恐らく県外だ。あと、三年――。ネクタイの色が変わっただけ、では終われない高校生活が始まる。  通りに出ると、歩行者信号が点滅しているスクランブルの交差点を一気に駆け上がった。  橘学園のある城水町近隣には公私立、多くの学校が林立している。  江戸時代に大御所政治が敷かれた駿府城跡地の公園を中心に、内堀と外堀とでぐるりと囲む形で、学校以外にも県庁に市役所、文化会館等の施設が集中していた。  公園を出ると、外堀沿いの歩道には紺色の集団が幾つも形成されていた。
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