春闇に二人

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 尊が「デート」について情報を得たのは、四月も残り一日となった金曜の放課後だった。 「一緒に帰ろう」  討ち入り直前の武士のような顔で後ろを向いた伊織を妙に思いつつ頷いた。  教室、そして校門を出ても友人は押し黙っていた。横目で様子を探ったが、彼も同じことをしており、目が合うたびに気まずくなった。 「聞いていると思うんだけどさ」  公園に差し掛かると、伊織はようやく言葉を発した。  顔を向けると、まだ昼の輝きを残す夕陽に照らされた彼の髪は淡香色に輝いて見えた。 「明日、美琴ちゃんと出かけるんだ」  二人で、という言葉がぎこちなく言い添えられた。 「うん」 「やっぱり、聞いていたか」 「いや、初耳。美琴からは何も聞いてないよ」  尊の返事に伊織は狼狽した様子だった。 「で、出かけるって言っても、尊の家からすぐだよ。葵美術館だから……絵画展を観に行くだけだし」 「たぶん、場所の問題じゃない。美琴は伊織のことを気に入っているから喜ぶと思うよ。あいつ、女子校育ちだから面倒かけるかもしれないけど」  感謝の意を込めたつもりだが、友人は決まり悪そうに視線を泳がせた。  夕方の公園は下校時間や散歩の時間帯と重なり多くの人が行き交う。長く伸びた二人の影の上を、部活動で走る中学生の群れが駆けて行った。 「じゃあね」  公園の中央付近で軽く手を上げた。伊織は北へ、尊はそのまま直進して西へと向かう。 「尊」  手を上げたまま振り返ると、進行方向に背を向けて伊織が立っていた。 「ありがとう。尊がマグリットの話を彼女にしてくれたおかげだよ」  彼女、と言うのが姉を指すのだということに、すぐには気づけなかった。 「ありがとう」  硬い声で繰り返す友人は一途とも言うべき表情で、尊は姉に強い羨望を抱いた。  いいな。  こんな風に彼から余裕を奪ってしまうなんて。  直立したままの友に曖昧な笑顔を返して歩き始めた。  美術の時間に、伊織は教科書を嬉しそうに眺めていた。思い出すと、ふっと笑みがこぼれる。らしくない。彼ならもっと正統派の画家を好みそうなのに。ルノワールとか、ピサロとか。
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