6人が本棚に入れています
本棚に追加
「あれ?伊織さんだー!」
元気いっぱいに叫ぶ汐里の声に気が付かないはずもなく、伊織はパッと顔を上げて彼女の方を見た。
スーパーの入口付近で同じくスマホを片手に立ち止まっている様子だ。
汐里は、彼の手元に目線を移した。
ライトグリーンのエコバッグの中に野菜や果物、牛乳などがたっぷり入っている。
バッグがはち切れそうだ。
「あれ、汐里ちゃん?元気そうだね」
彼の目元は柔らかく汐里に微笑んでいる。
今日は普段着。
樹と街で偶然会った時もそうだったが、仕事モードではない姿は新鮮に感じる。
Gパンに淡いブルーのセーター。そして黒いジャケット。
紺色のスニーカーが何だか意外だ。
長髪で金髪の伊織のことだ、もう少し派手な服装をしているのかと思っていた汐里は、こういうのもアリだなと心の中で思っていた。
「伊織さんは、食材って買い溜めする方なんだね。男の人ってそんなもんなのかなぁ?」
不思議そうに伊織のエコバッグの中を見つめながら汐里は言った。
伊織はきょとんとした顔つきになったが、その瞬間ふっと笑った。
「僕はこう見えてよく食べる方なんだよね。腹が減っては戦は出来ぬって言うだろ?」
「うん、でもペロペロキャンディーなんて買うんだ?伊織さんのイメージじゃないから驚き!」
微笑ましいなぁという表情で終始、彼は汐里の方を見つめている。
穏やかな笑顔に包まれるようだ。
「たまにはこういうのもいいんだよ」
いたずらっ子のような顔になった伊織は、キャンディーのたくさん入った袋を取り出して口を開け、その中の一本を汐里にぽんと渡した。
そして、じゃあねと手を振ったかと思うとそのままゆったりと歩いて行ってしまった。
後姿を見送った汐里は手元のキャンディーに目をやり、自分も足早にその場を後にした。
(あの頃を思い出すなぁ……)
ふと振り返り、小さくなっていく汐里の姿を見つめながら伊織は考えていた。
『あの頃』。
自分も制服を着て、高校に通っていた頃だ。
最初のコメントを投稿しよう!